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ミルクと紅茶とミルクティー

『森のなかにいながら毎日ミルクが飲める幸せ』

 同居人の朝は早い。女狩人キリィは寝癖のついた長い栗毛を手櫛ですきながら、同居人がすでに活動を始めている階下へ降りようとした。

 森から聞こえる小鳥のさえずりが、寝惚けたままのキリィをゆっくりと心地よく脳を覚醒させていく。同時に階下から漂う朝食の香りが彼女の身体に活力を与えてくる。

 階段を降りきる頃には幾分かしゃっきりした顔で、キリィは厨房に立つ同居人を見上げた。厨房の天井につきそうな巨躯を縮こませ、同居人はちまちまと卵を焼いている。露出している茶褐色の肌はどこをとっても筋骨隆々であった。その背に声をかける。


「おはよう、ライラ」

「おはようございます」


 淡々とした声と共に振り向いたその顔は牛であった。ただ牛と違うのは凶悪なまでに爛々とした赤玉のような目と牙であろうか。

 ライラと呼ばれた同居人ははちきれんばかりの胸を更に張り、キリィを見下ろした。


「朝食の準備はそろそろ終わります」

「いつもありがとね」


 ライラは所謂、雌ミノタウロスであった。初めて会ったときは、その暴力的な体躯に圧倒されたが、慣れれば実に細やかな気配りが出来る良妻のような女性であるとキリィは気付いた。

 パンケーキとキリィが狩った『ぼあぼあビッグボア』の自家製ハムと卵料理。デザートに朝摘みの木の実。それらが見映えよくよそられる。

 キリィはテーブルの準備をした。フォークにナイフ、二人分のカップにソーサー。コップを一つ。


「ライラ、そっちは終わったかしら」

「終わりました。湯を沸かしています」

「ありがとう。そっちいくね」


 そういうとキリィはコップをもってライラに近付いていった。

 ライラは僅かに――ほんの僅かに――躊躇し、胸元を隠している布をゆっくりと取り外した。

 弾けるように飛び出したのは、他の地毛よりもやや赤みがかった、たわわに実った乳房と主張の強い4つの乳首。

 キリィはライラのその胸を軽く揉んだ。そして、一つの乳首の根本を親指と人差し指で押さえ、ぎゅっと握り搾った。

 飛び散る白濁の液体。それを二、三回行い、キリィはようやくライラの乳首にコップを近付けて搾乳した。ほのかにあまみのある香りが厨房にたち、消えた。

 ライラは微動だにしない。胸を揉まれようが乳首を引っ張られようが、ただキリィの行う搾乳の終わりを待っていた。


「はい、ありがとう」


 コップに並々と注がれた生乳に、キリィは満足げだ。これの八割をそのままで飲み、残りの二割はこれから淹れる紅茶に入れるのだ。

 ライラは再び布で胸元を覆った。その布に乳首から溢れた生乳が染みていく。


「ライラは紅茶にミルクいれないよね」

「悪趣味なのでいれませんね」

「ライラからすれば、そうだよねぇ。美味しいんだけどな」


 二人分の紅茶をいれ、配膳する。ライラの席には濃い赤い方が。キリィの席にはミルクで柔らかな茶色になった方と、そして程よい量のミルクが入ったコップが。

 ライラの朝は早い。キリィの朝は早くはない。


「いただきます」

「いただきます」


 朝食は二人で食べる。

 キリィはまずコップに入った搾りたての生乳を飲んだ。甘味とそれに似合わないさらっとした後味がたまらなかった。


「ライラのお乳のおかげで、うちは乳製品に困らなくなったよ。本当に何度も言ってるけど、こんな森深くの山小屋で生乳が飲めるなんて夢みたい」

「……よかったです」


 ライラは変わらず淡々とした様子で朝食を食べる。大きな口に少しずつパンケーキを切り分けて入れる。

 ミルクを飲み終えたキリィは、小さな口を大きくあけて大きめに切ったパンケーキをかぶりついた。蕩けるような満面の笑みをライラに向けた。


「おいしい」

「ありがとうございます」


 対称的な食べ方の二人であったが、不思議と食べるペースは同じく、二人はほぼ同時に完食し、各々の紅茶を手に取っていた。


「これ片付けたら、いつも通り残りのお乳搾るね。まだかなり残っているでしょ」

「……ええ」


 木の実をつまみながら何気なく言うキリィを、ライラはじっと赤い瞳で見つめた。キリィは小首を傾げた。


「なぁに?」

「……最初の頃の気恥ずかしいと言っていましたけれど、それはもう慣れたのですか?」


 感情の読めない平坦な声色でライラが問うと、キリィは一つ頷いた。


「慣れたよ。最初は、牛のおっぱいって思えって言うあなたのアドバイス通りに出来なかったけど。やっぱり形は違えど人のおっぱいにしか見えないし。それを触って搾るのは抵抗あったよね。でも慣れてくものよね」

「そうですか」

「今思うと照れられる方がやりづらいわよね。だから、ね。もう大丈夫でしょ?」


 キリィは得意気に笑い、紅茶を飲み干した。すぐに立ち上がる。


「バケツ持ってくるわ、待っててね。終わったら森に行くわ」


 すでに背を向けて軽やかな足取りでバケツを取りに行ったキリィには見えなかったが、ライラは頷いた。

 頷いて、そのままカップに残った紅茶に映る自身の顔を見た。

 きっと人間種のキリィでは自分の表情を読み解くことは無理であろう。

 ライラは、搾乳の回が増す毎にキリィとは逆に気恥ずかしくなっていることを今日も言えずに、このあとの『その時』を待つのだった。

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