008 砂漠の地下帝国
「シロ様、どんどん暑いほうに行くっすね。 あっしは標高の高い雪山でずっと暮らしてたんで、この暑さ結構堪えるっすよ。」
コイツの耐久力ならマグマだろうがちょっと熱いで済みそうなもんだが辛抱が足りない奴だ。
「俺なんかホッキョクギツネなんだがな。」
「さすがシロ様、どんな環境でも絶対に弱音なんか吐かないっすよね、すんまそん!あっしも見習いやす!」
(ふむ、バカの事は置いておいて、そろそろこの辺りのはずなんだが・・・)
攻撃力20万以上で検索したマップと現在位置が重なった。 俺達は今、砂漠の上を飛んでいるのだが、連なる砂の丘以外は何も見えない。
「ちょうどここだ。 キティみたいに深さ1000mに潜っているとかだったら面倒くさいな。」
「お、着いたっすか? じゃあ、あっしが降りて、ちょっと探してみやすぜ。」
あ~あ~、行っちまった。 まったく、人の話を聞かない事に関してはスカの能力は特筆すべきだな。聞いても理解しないし返事も待たないから三冠王あげてもいいだろう。
「おい!!! 何待たせてるんだ?!!! 俺様スカイスクレーパー様とエターナル・インヴィンシブル・ウルトラ・スーパー・ヒーロー・シロ様をすぐに出迎えないとは何事だ!!!!」
(おい、スカ、人の名前を勝手に捏造するんじゃない。後でキツいおしおきだな))
スカの大声にも何も起こらない。風すら無く、照りつける太陽がただ砂の表面を焼いているだけの時間が過ぎる。
俺はその間ただ空に浮かんで辺りを眺めていたのだが、砂の表面で焼かれているスカは、ついに耐え切れなくなったみたいだ。 その場で地団太を踏み始めるが、足が砂に埋まって上手くいかない為に更にイライラが酷くなっただけのようだ。 今度は身体中の魔力を凝縮させると、それを両足に集め、いっきに地面を踏みしだいた。 砂の山がザーッと音を立てて崩れていく。
砂漠だから分かりにくいけど、これは地属性の最強魔法の一つ『地震』を起こしたと見て間違いなさそうだ。砂などの地表面だけではなくて地下の岩盤から震わせる強力過ぎる魔法だ。
流石にこれは無視出来なかったみたいで、近くの砂がアリジゴクの巣のようにスリ鉢状に凹んで渦を巻く。 なんかこの光景に既視感があるような・・・
「キサマか! 我が帝国に攻撃をかけてきたのは!」
「殲滅あるのみ!」
「目標確認、包囲しろ!」
キティの湖の渦巻きを思い出していたのだが、今出てきたのは鎧に身を包んだ集団だ、ちょっと、いや、だいぶ予想と違った。 またもや竜か…。 今度のは地竜の一種らしい。トカゲを横にも縦にも太くしたような見た目をしている。 しかし、人族や人型の魔物以外で武器や防具を使う生き物が居たとはな。 あの鎧はミスリル製だな。
「貴様らのような雑魚には興味がない。 怪我をさせたくないからとっとと貴様らの親玉を出せ! 俺様は気が長くないぞ。」
「笑止! 敵は降伏の意思なし。 作戦A実行。 総員、かかれ!!!」
スカよ、そこは面倒くさいから即全員殲滅させたほうがいいんじゃないか?まあ、面白いから見物する訳だが。
地竜の兵隊達は連携の取れた動きで展開する。 囲んでいる内の8方向からそれぞれ2頭の兵隊がかなりの勢いで中心のスカに向って突進する。おそらく直接攻撃が得意な個体なんだろう。 残る包囲網の半分が一歩前に出て結界魔法を展開する。という事は、残った半分が魔法攻撃か弓矢などの遠距離物理攻撃という事か。 定番だな。
しかも、その直後スカを中心とした結界内部を砂嵐が吹き荒れる。 これでスカの視界は遮られた訳だな。 まあ、俺の透視スキルの前ではせいぜい『ガラス越しに見る』くらいの違いしかないので無意味なのだが。
8頭の攻地竜兵は、ほぼ同時にスカに襲い掛かった。全くの同時ではないところがポイントで、最初に左斜め後ろが、そしてそっちに気を回した直後に右後ろが、その直後に左斜め前が、真後ろが、右側が、正面が、というように僅かな時間差を付ける事で注意を散らす事が出来る素晴らしい戦略だった。しかもスカの視覚も嗅覚も聴覚も吹き荒れる砂嵐で奪われた状態。
この連携の整った完璧な攻撃を、スカは何もする事なく(まさか反応すら出来なかったとは思いたくない…) 全て棒立ちのままで受け止めた。 地竜兵の牙や爪にもミスリルを嵌めているかミスリルコーティングをしてあるようだ。 筋肉の塊のような地竜のパワーにミスリルの硬さ、まさに絶望的な破壊力である。 が、スカは全てを受けても数枚の鱗が剥がれただけで済んだ様子だ。
「ぐわっはっはっは、そのような小癪な攻撃でいくら大勢来ようと、この俺様にとっては所詮アリンコみたいなもの、痛くも痒くもないわ!!!!!!!」
スカがその場で一回転すると、その足や尻尾に吹き飛ばされた地竜兵達は結界に激突して、ほとんどが気を失った。
ちなみにこの戦闘を見ている間、スカの頭上100mくらいのところに浮かんでいた俺のところには200本を超える岩で出来た巨大な矢と雷属性や火属性の上級魔法が飛んできていた。せっかくスカの勝負を楽しみに見ているのにジャマなので、片手間にちょいちょいとはじき返してやったのだが、結界の地竜兵の外側に居た遠距離攻撃兵達は、それだけで全滅してしまったようだ。 自分の攻撃も受け止められないとは脆弱な奴等だ。 というか、遠距離攻撃兵のターゲットは俺だったのか。 アホだな、全員でスカを攻撃していたら、万が一にも勝てたかもしれんのに。
これらの事がほぼ一瞬で起こったので、残った結界を張り続けている兵達は何が起こっているのかまだ把握しきれない。 前方の結界には身を削られるような強い衝撃が加わったのが分かると同時に、背後から強い衝撃波と弓兵や魔法兵の断末魔の声やうめき声が聞こえてくるのが何を意味するのか考えられなかったし、また考えたくもなかった。 魔法兵だった隊長も倒れ、命令も飛んでこない中で結界を張り続けるのか攻撃に転じるのか撤退なのか判断も出来ないので、ただただ結界を張り続けているしかない。
「いい加減ボスを出て来ねーと、こっちから行く事になるぞ、おらぁぁぁぁ!!!!」
スカも待たされた挙句にいきなり襲い掛かられたので機嫌が悪い。 周りを囲む兵達の一か所に突進して、結界ごと3匹の土竜兵を吹き飛ばした。 スカを囲っていた輪が崩れた事により結界は消え、吹き込む風が砂埃を吹き払うと、やっとあたりの全容が見えてきた。
まだ立つ事が出来る地竜兵は僅かに30名足らず、残りの200名は、ほぼ再起不能になってピクピク痙攣しているのが見える。 残った30の兵はキョロキョロと辺りを見回し、ようやく自分達が置かれた状況が分かると、一斉に砂の中に潜り始めた。 なるほど、撤退の連携も鮮やかだ、この軍はよく訓練されている。
それから待つ事1分、スカは待ちきれずに『オラアアアアア』と地団太を始めているが、撤退兵からの連絡を受け、次の部隊が出てくるまでに10秒とかは、どんなに訓練された優秀な軍でも無理だと思うぞ。 と思っていたら、もう次の攻撃が来た。1分という事は、最初の隊が敗れる想定をして最初から準備をしていたという事、なかなか出来る敵かもしれん、期待が持てる。
スカを囲むように突然に砂の中から風刃の魔法攻撃が四方八方から襲ってくる。 姿を現さない敵からの見えない攻撃、普通だったら一たまりもない。何がおこったか気が付く前に、その肉体は細切れになってサソリの餌になっていた事だろう。
「無駄!無駄!無駄!無駄ぁぁぁぁ!」
しかしスカは、どこかで聞いたようなセリフを吐くと、風の刃を上回る突風を生み出し、大きな竜巻を作ると、全ての風刃を吸収してしてみせる。 風刃魔法とはいえ所詮空気の流れだから大きな竜巻には勝てない。 そして、自分の作った竜巻の中心で
「あばばばばばばばばば。」
とフィギュアスケートのスピンのように回転し始めた。 おいおい真上に浮かんでいる俺が竜巻の中で何ともないのに、作り出したオマエ自身が巻き込まれてどうするよ。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、俺様自身の力が強すぎて、少々目が回ってしまった、ぜぇ、ぜぇ」
まあ、元気そうだからよしとするか。 しかし今の竜巻でだいぶ周囲の砂が吹き飛ばされて、姿が見えて慌てて砂に潜っていく地竜も多いが、深い所に横穴が見えるな、あれが通路か。 よし、入ってみるか。
「スカ、あそこから中に入ってみるか。」
「え? でもシロ様、あっし等だと翼が邪魔になって狭そうですぜ。」
「だったら小さくなればいい。」
俺はそう言うと空中でキツネの姿に戻り、そのままスカが竜巻で掘った穴の中心まで飛び降りた。 落ちていったと言うほうが正確か。
「あ、そう言う事っすね!!」
スカもすぐに人間の戦士の姿になると、穴の底に飛び込んできた。 いやお前、いろんな種族になれるんだから、何も人族じゃなくても獣族とか魔族などもあっただろうに。アレか、きっとバカの一つ覚えって奴なんだな、これが。
俺とスカの姿が突然に消えたので、地竜兵達は混乱している様子だった。 地下道にも伝令達が慌ただしく走っていく様子が伝わる。
「あいつら、シロ様とあっしが消えたって思っているようっすね。 変身も知らないとはアホな奴等ですなあ。」
スカ、それはつい此間までのお前の姿だ。
しかし、中には気配探知が出来る竜もいるようだ。 明確な意思を持った2名がまっすぐこちらに向ってくるのが分かる。
「来るぞ、スカ」
俺が言うよりも僅かに早く猛烈な火炎が奥の方から襲ってきた。 まさかこんな遠距離で魔法を放ってくるとは思わなかったが、狭いトンネルだから遠くても威力が拡散せずに攻撃出来る訳か、また一つ勉強になった。
「うぉ?! あがががが。」
俺の言葉にも魔法攻撃にも対応が遅れたスカが火炎を一瞬浴びてしまった。大丈夫だとは思うが、火が鬱陶しいので、とりあえず氷の礫を500個くらい穴の奥に飛ばして牽制しておいた。 敵も警戒してくれるかもしれないし、焼かれた通路の壁も少しは冷えるだろう。
「うぁあ、ビックリしたっす! すんません、対応出来なくて。 でも大丈夫っす! 人間の身体だと熱く感じるので声が出たっすが、火傷もしてないみたいだし、問題ないっす!」
振り向いたスカは、顔などの皮膚は全く問題無さそうなのだが、髪の毛の前半分が焼けて無くなっているので、耳から後ろがロン毛、前半分がまだら模様の5分刈りという凄まじい見た目になっていた。 おい、それ面白過ぎだろ。
「ん? シロ様、あっしの顔に何かついてるっすか? え? 髪の毛が焼けた? ぐわっぁっぁ、髪の毛などただの飾り、何の問題もねーっすよ! しかし、このあっしに少しでも傷を付けたとあれば、これはお仕置きをしてやらねばならねーっす!」
スカは面白い髪型のまま、通路の奥に駆け出していった。腰のエクスカリバーをいつの間にか抜いているあたり、なんか人間にも慣れてきたようだなあ。 アレか? 本格活動は今が初めてだけど、20年寝ているうちに人間の姿に知らないうちに慣れていたとかか?
「どああああ、あっしが殺る前に、もう息をしていないっす!」
通路を200mほど進んでみると、身体中が穴だらけになった地竜の兵隊が2頭転がっていた。 我ながら凄いな、まさかたかが氷の粒でミスリルの鎧や竜の身体を貫けるとは思ってもいなかった。 しかし、スカの言う通り、こいつら早くボスを出さないと下手すりゃ全滅しちまうんじゃないか?
「ぐああああ、また雑魚ばっかりっす!!!!」
これはアレだ、たぶん攻城戦という奴だ、スカ。 敵は王を守る為に、全戦力を投入してくるだろう。自分の城に侵入者が入って来ているなら、どんな弱い兵隊でも逃げる訳にはいかないからな。
「何でこいつらは弱いのに次から次へと向かって来るっすかね?!!!」
「それならばスカ、通路なんか使わずに、こっちから一番強い奴の所に一直線に行ってやればいい。」
そう言うと、俺はきつねの姿のまま、通路の壁をぶち抜いて、そのまま直線に一番強い奴のオーラがする方向へ穴を掘り始めた。 少し大きめに掘ってやったので人間のスカも通れる事は通れるが、瓦礫が散らばっている上に四つん這いにならなければいけないので、かなり苦戦しているようだ。
「シロ様、弱い敵が追ってこれないのはナイスアイデアっすけど人間の身体ってのは弱くて不便なものっすねえ、岩を殴っただけで血が出るし、角が膝に当たっただけで少し痛いですし。」
俺は生後4か月のきつねの姿だぞ? お前の鍛え方が足りないだけじゃないか? あれ? 俺って本当は生後20年だよな? なんで成長していないんだ? というかきつねの寿命を遥かに超えてないか? まあ、それは後でじっくり考えるか。
「スカ、人間以外に変身したらいいんじゃないか?」
「シロ様さすがっすね!!! そりゃそうっす! 早速変身するっす!!! うがあああああ、ハマった!! 全く動けねーっす!!!!」
後ろで巨大なライオンに変身したスカが通路ぴったりに挟まっているが、まあ何とかするだろうから放っておいた。 しかし、そこで元の竜の姿にならなかったのはスカにしては上出来だと褒めてやる。
「うぉぉぉぉーーー、これは快適っす!!!!」
しばらくしたら、後ろから猛烈な勢いで紫色の禍々しい煙が追いかけてきた。ほう、レイス系にも変身出来るのか。スペクターか? ナズグルか? よく分からんが、見ただけで祟られそうなオーラは、さすがは腐っても上位の竜ってところか。
「もうすぐ出るぞ、結界張っとけ。」
俺が奥に広がる空間への最後の壁をぶち破ったと同時に、開けた穴からとてつもないエネルギーの塊が襲ってきた。これはスカの七色光線に匹敵する破壊力だな。 わざわざ受けてやる事もないので、俺は反射スキルを使ってエネルギーの塊を四方八方に飛び散らせた。 きつねに合わせた小さい丸い結界だから反射は後方にも向かう。 あ、スカの事を忘れてた。
「ぐわっふぁっふぁっふぁぁ、剣も魔法も効かない霊体もいいもんじゃのおぉぉ、竜には負けるが、なかなか快適じゃああああ。」
結界に当たってから分かったが、今の攻撃はスカの七色光線と同じで聖属性の成分も混じっている やばい、霊体のスカにはマズかったんじゃないのか? と心配になって見てみたら、ちゃっかり耐聖属性の結界だけ張っていたのか。 意外に適用性が高い奴だなあ。
俺達は穴から広い広い空間に降り立った。 王の部屋というよりは軍の総司令室なんだろうな、敵の侵入を示すらしい地下通路の大きな地図みたいなものが魔道スクリーンとも呼ぶべき大きな壁のパネルに表示され、緑や黄色や青や白の点があちこちに点滅している。きっと、味方の兵隊を何らかの分け方で色分け表示しているのだろう。 人数か、第〇部隊とか、魔法や戦闘などの兵種か、怪我などの状態か。 そして最奥の大きな部屋には輝く星の印と真っ赤な二つの点が表示してあった。 王と俺達か。
「やっと強そうなのが居たか、まったく雑魚ばかり寄こしやがって! 早く俺様と戦え!!」
レイスの姿のスカが奥の偉そうな竜に向って叫ぶ。 こいつは一際大きな竜だ。 この地の竜にしては珍しくミスリルの鎧も付けていないが、俺には分かる、こいつは鎧が要らないんじゃない、あるいは奥に隠れているから鎧を付けないのでもない、おそらくその皮膚も牙も爪もミスリルよりも強いから、鎧が必要ないんだ。
「ふむ、この地で100年帝国を構え徐々に大きくしてきたが、この最奥まで迷い込んだ者はそなた等が初めてである。 我はいづれ世界を統治する者、バジリスク帝国の初代皇帝カスリン・メヘーラ・バジリスクなり。」
また残念っぽい奴が現れたな。カスでメンヘラか、扱いにくそうな奴だ。
「ぐうぇっふぇっふぇふぇぇ、誰も認めてないのに自から皇帝を名乗るとは不憫な奴、俺様が身の程を教えてやろう。 ここはあっしに譲っておくんなせい。」
そう言うと、スカは霊体から人間の姿になり、すっと俺の前に出て皇帝と対峙した。
スカにしては、なかなかのツッコミで褒めてやりたいが、しかしこんなに部屋が広いのに、何故元の竜の姿ではなく人間になったんだ???
「シロ様、軍隊がいるなんて、あっし聞いてないっすよ!!!!!!!!」
「攻撃力20万超えが一体いるとしか表示されていないし伝えてない。だから当然だな。」
「さすがにビックリしたっスよ! 死ぬかと思ったっすよ!!!!!!」
「死んでいないではないか。ま、問題ナシ。」
「シロ様ぁぁぁああああ!!!!!!!」