007 寝過ごすにも程がある
「じゃ、ちょっと待ってて、変身クラゲ取ってくるから。」
そう言うが早いか湖の主はあっという間に洞窟を飛び出して飛び出して、一瞬のうちに戻ってきた。口には超不味そうな紫色のクラゲを咥えている。
「はい、変身クラゲ。淡水の深い所に住む珍しいクラゲだから、世界にもここくらいしか居ないんじゃないかな。」
スカの前にクラゲを放り投げてから湖の主は軽く言い放った。
スカは気持ち悪いっていう風に顔を顰めたが、仕方なく前脚でクラゲを叩き潰した。
「ああー! そいつの体液って毒だし染みになったら落ちにくいんだよ! ただ弱い電撃でも即死魔法でも何でも良かったのに何で叩き潰すかなあ。」
「そんなの知らねーよ!!!!俺が叩く前に教えといてくれよ!!!!」
「普通は面倒くさいから散らからない魔法使うでしょ!特に他人の家なんだから! スカさんって本当脳筋ですね。」
「NO金って何だああああ??!!!意味が分からねーぞ!!!!」
「いや、もういいですよ。」
「あはははは、さて、それはそうと、スカ、せっかくだからへんしんしてみたらどうだ?」
「おおおお!そうでした。 何に変身してみるっすかね、、、おお、最後に見た順番に選べるみたいっすね! 何じゃこりゃ、人間の兵隊ばっかりじゃ。」
そりゃさっき岸辺に兵士が集まっているのを見たからな。
「並び替えとか無いのか? 種族ごととか分類毎とか強い奴限定の検索とか?」
「時間順にしか選べないみたいっす。 あ、それとは別にただ『人族』とか『魔族』とか『竜族』とかって欄がありました。 試しに竜になってみるっす。」
その間も湖の主はせっせと床を拭いている。なかなか健気だな。 自分の家だから当然か。 そしてスカは変身してみると言ったきり何も変わらない。
「竜が竜に変身しても何も変わらないんじゃないか?」
「そういうモンっすかね? シロ様が飛竜になったり海竜になったりしたから、何か別のものになるかって期待したんスが。」
「それはスカさん、アレだよ、見た者になる変身じゃなくて、『もしこの種族だったらあなたはどうなる?』っていう変身だよ。人間だったらスカさんっぽい人間になるし、魚だったらスカさんっぽい魚に、たぶんサメかなんかになる、みたいなの。」
「おお、なるほど! じゃあ、さっき見たところだし、一つ人間になってみるか。」
そう言うとスカの姿が一瞬でかき消えた。 足元を見ると、弁慶かゴリアテかというくらいの2m超えの筋骨隆々の大男が立っていた。
「おお、これが人間のあっしっすか、人間の事はよく分からねーっすが、人間としては強そうっすよね、流石あっしと言ったところっすかね?」
能力遮断してないから攻撃力25万がダダ漏れだぞ、人間としては強そうなんてレベルじゃないのを少しは自覚しろ。
「ああ、やっぱり素っ裸になっちゃいますよねー、そうなりますよねー。」
いつの間にか湖の主も人間に戻って、しかも今度はしっかり服を着ていた。 早着替えという奴か? 変身したのも服を着たのも全く気付かなかったぞ。 侮れない奴だ。
髪型は両サイドにお団子、ほどくとかなり長そうな黒のストレート、目は一重だけどぱっちりと大きい。鼻筋も通っていて、女優みたいな顔だ。 服は白地に花柄のチャイナ服と言うのかな?で、下は7分丈のズボンのような、あ、そうだクンフー服とかいう奴だ、きっと。 胸がボリューミーで腰が折れそうなくらい細い、足腰は鍛えている感じでしっかりとしているが、女性らしく丸い柔らかさは失っていない。というか、主は女だったんだな。
「よし、俺も本来の姿に戻るか。」
俺もきつねの姿に戻った。 湖の主の脛くらい、人間スカのくるぶしよりちょっと高い位の小ささだ。こうして見るときつねって小さいんだなあ。
「うわっ、かわいい~~!! 抱っこしていいっすか? もふもふしていいっすか?!!」
すぐに湖の主が駆け寄ってきて俺を抱き上げて頬ずりしてくる。少し鬱陶しいのには違いないんだが、意外に嫌な気持ちはしないもんだな。 いつもなら『シロ様に何をするんだ!』とか騒ぎそうなスカが静かなのは、まだきつねの俺=シロって実感が無いのに違いない。
「うわぁ、本当にそのちみっこがシロ様なんすか? いやあ、まだ半分信じられないような感じっす。」
「ああ、スカさん、人間の時は服着なよ。 人間ってのは服を着なきゃいけない生き物なんだよ。」
「うっせー! 俺は生まれてこの方500年、服を着た事が無いのが自慢なのだ! 何故そんな面倒くさいものを着なきゃいかんのだ?!」
「まあ、スカよ、別の生き物の風習を実践してみるのも勉強になるかもしれん、試してみるのも悪くないかもしれんぞ。」
「はいっ! あっしもそう言おうと思ってたっす! 今丁度そんな風に考えていたっす! というわけで服を着るっす! 湖主殿、あっしに服をよこせっす!。」
毎度毎度チョロいもんだ。
「主さんって、ああ、そっか、我としたことが、まだ名前名乗ってなかったんすよね。 我はキティ・チャンだよ。 名前がキティで我が一族の姓がチャンね。」
スカとキチか。なかなかな名前に囲まれたな。 チャンって事はやっぱり中国系なのかな?
「キティか! 生意気にもこの中で一番長い名前ではないか! シロ様、こいつ『キ」にしましょう!」
「いや、俺が覚えやすくて呼びやすければ何でもいい。むしろキのほうが呼びにくい。」
「あ、それで服なんすけど、我は自分の服しか持っていないからなあ、奥の部屋に我が寝る前だから200年くらい前のお宝ヨロイとかお宝カブトなんかが転がっているけど、あれは直に着るもんじゃないんだよなあ。」
「スカが着れそうな服も確かあったと思うぞ。 俺はストレージから、人間の服(特大、身長2.3m、胸囲1.5m)あたりで検索して取り出してみる。
「ほれ、こんだけあった。 50年くらい前の戦闘服らしいが下着は幸い新品だな。」
「すっごーい! こんな異常サイズの服が山盛りあるなんて、いったいストレージにどんだけ服入ってんの?!!」
「ああ、10万着くらいらしいぞ。 あと鎧や兜や盾が2万くらい、槍や剣が3万くらい。 矢に至っては30万本あるらしいぞ。」
「ふわぁ、すごいっすねえ、シロさんは収集が趣味なんすか?」
「いや、これは前の持ち主から全て受け継いだものだ。 今システムに聞いてみたら、貴重な剣や装備を選別するのが面倒くさいから全て収納して放ったらかしだったのだそうだ。 矢なんかは自分に向って飛んできたのをそのまま亜空間に送り込んだりとか。」
「あはは、それいいなあ、私も次からやってみよう。」
「あっしはストレージ持ってないっすよ、みんな持ってるモンなんすか?」
「お前少しは便利なスキルを持っておくようにしたほうがいいぞ。 また今度ストレージ持ってる奴を教えてやるから、そいつを殺して奪え。」
まったく俺も生まれての世間知らずだが、スカはその何倍も上を行くな。希少価値の珍獣なのかもしれん。
「よし、スカも服を着たし、これで一段落だな、俺は寝る。」
俺は、そう宣言すると、そこにあった人間用のフカフカのベッドの真ん中に飛び乗って横になった。
「我も~!」
「あっしも~!」
両側に細いのとデカイのが飛び乗ってきて、俺は3mくらい高く飛び上がるはめになったが、そのまま無事に真ん中に着陸して、そのまま眠った。 両脇も無事に寝たらしい。 キティのベッドはかなり大きめに作ってあって、身長2m超えの大男が乗っても何ともない。
クンフー服の美女とモフモフきつねと大男が川の字になって寝ているというのも異様な光景だったはずだが、まあ誰も目撃していないのでヨシとしてもらおう。
目が覚めたら、そこら中に埃が積もっている。 床の木が腐ったりとかはしていないので、部屋自体にはなんらかの保存魔法がかけられているのだと思うが、それでも埃は積もるのだ。 3人とも20年ほど寝ていたらしい。
「ふああああああ、よく寝たなあ。 おい、スカ、起きろ」
俺は、横で大の字になって寝ている大男を揺すった。軽く揺すったつもりだったが、寝起きで加減が出来なかったのか、大男は首や手足がもげてしまうんじゃないか位の勢いで激しく揺れた挙句に洞窟の壁まで飛んで行って激突して床にべちゃっと落ちた。
すまん、悪気はなかった。まあお前ならあの程度じゃ怪我もしていないだろう。
「う~ん、何ぃ?」
今の物音でキティも起きたらしい。 胸が見えそうなギリギリまでたくしあがったパジャマを直しながらこちらに向って寝返りを打つ。 仄かに花の香りがした。 これがシャンプーの香りという奴か。 同時に寝たと思っていたのだが、いつの間に髪を洗ってパジャマに着替えたのやら。
「うがあああ、何じゃ?! この俺様を孤高の最強竜スカイスクレーパー様と知っての仕打ちか?!!!!」
何やらスカが叫んでいるな。 ちょっと謝りがてら怪我の様子でも見てやるか。
俺はベッドから飛び降り、短い四つ足でちょこちょことスカに駆け寄った。
「貴様か! この最強の俺様に喧嘩を売った阿呆は?!!!!!!!!!!!!」
後ろではキティがあちゃーって顔をしている。 この先の展開が見えてしまったんだろう。
「ほう、最強とな…。」
俺はそう言うと、口の中に魔力を集結させ、例の七色の光線を作り出した。
スカはあれっ?っというような表情をして、その目は考え事をするように右に左に宙を彷徨い、そして突然思い出したようにカッと口と目を見開いた。
「あああああああああああああああ!!!!!!!!!シロ様!!!!!!!!!!!!」
やっと思い出したか、あと数秒遅かったら途轍もなく痛い思いをしていたな。 まあ、俺もキティの家を破壊したい訳でもないんで撃たなかったとは思うがな。 寝心地良かったし。
「すびばせん、すびばせん、この詫びは!!!!!」
「いや、分かればいい。 俺こそ変な起こし方しちまってすまなかった。 痛い所はないか?」
「そんな!!! シロ様がそんなに気を使って下さるなんて勿体ない!!! あっしはこの通り頑丈な身体ですからピンピン絶好調です!!」
「それなら良かった。 さて、目が覚めたし、メシでも食ったら出かけるか。 キティ、世話になったな、また気が向いたら寄るかもしれん、元気でな。」
「あれ? キティはあっし等と一緒に来ねーんですか?」
「我は遠慮しておくよ。 水がたくさん無い所でも健康には問題ないけど心理的に落ち着かないんだよねえ。」
「という事だそうだ。 俺は本当は一人で行きたいんだが、どうせお前は無理にでも付いてきそうだから誘ったまでだ。」
「そりゃもちろんでっせ! あっしはシロ様にずーっと着いていくって決めたんでさぁ!! 分かった、キティ殿、一晩世話になった。」
一晩って言っても7000日くらいだけどな。
「うん、我はこの辺で適当に暮らしてるから、いつでも遊びに来てね。 あ、ここに居なかったら、たぶん人間に変身して近くの村や町にいると思う。」
「ここにもう一回潜るのは勘弁じゃ~、あっしは外で待っているからシロ様だけ来てやってくれっす~。」
「え? もう一回来たんだから、次からは転移魔法が使えるでしょ?」
「転移魔法って何すか?」
もういい、スカよ、お前がスキルにとことん疎いのは分かった。 今度、転移出来る奴とストレージ出来る奴を教えるから、殺して奪うが良い。
「まあ、外に出たら教えるわ。 という事は、今日はあの湖を通って外へ出なきゃならんって事だな。」
「ですね。 久しぶりに外の日差しを浴びたいんで我も見送りするっす。 帰りは浮く方向だから来る時よりもだいぶ楽っすよ。」
「ついでに魚とかを食いながら浮かんでいくか、朝飯兼ねて。」
「ぐぉおおおおおお、それいいっすね!!!! よっしゃ!あっしはやる気が出てきました! さあ、行きやしょう!!!!」
スカは言うが早いか出口に向かって駆け出した。
「おい、スカ、出る前に竜の姿に戻ったほうがいいと思うぞ。」
スカはピタっと足を止め、それから自分の身体を両手でパンパンと触り、その両手のひらを暫し眺め、
「おおおおおおおお! 忘れてやした! 教えてくれなきゃ気付かないところでしたよ! ありがとうごぜぇやす!!!!!!!!!!」
と叫んで、すぐ元のスカの姿に戻って、洞窟の出口から飛び出していった。帰りは浮かび上がるだけだから案内も要らないしな。
しかし、人間の姿のキティやきつねの俺を見て自分の事は疑問に思わなかったんだろうか? 身体の動きなんかも違和感を持たなかったみたいだし、案外スカという奴は順応性はあるのかもな。
キティも竜の姿に戻り、出口に向かおうとするが、竜に変身しようとしない俺のほうを振り返って(視線的には見降ろして)聞いてきた。
「そう言うシロさんは、そのままの姿で行くの?」
「浮くだけなら、これで十分だろ。 あ、でも思い付いた。 来るときに、石やゴーレムみたいな重い奴に変身すれば良かったと後で思って後悔してたんだが、帰りは軽い奴になればいいんだよな。」
そう言うと、俺はモンスターの一種のバルーンスライムの姿になった。 こいつはスライムの一種なのだが、体内に水素ガスを発生させて空を飛ぶとても軽いモンスターなのだ。 もちろん火気厳禁だ。
「あー、それは思いつかなかったなあ。 前にボールスライム(中に空気が入っているボールみたいなスライム)でやったら凄い事になったんだよー、きっとそれ以上なんだろうなあ。」
なるほど、似たような事をした事があるのか。 まあ、どんな凄い事になるのかは楽しみのために聞かないでおくか。 そして俺も洞窟の外に出た。
男A「うわぁ、何だぁ!!!!!」
男B「家くらい大きいゼリーが湖から出てきたぞ!」
男C「家くらいのゼリーって・・・アホか、いくらお前が食いしん坊だからって。」
黙って空を指刺すB
男A 男B 男C 「・・・・・・・・・・・・・・」
男A 男B 男C 「うわあああああ、今度は何だぁああああ!!」
男A 男B 男C 「長い竜が出てきただと!!! ああああ、ゼリーが消えて白銀の竜が!!!! まさか、まさか・・・・・」
男A 男B 男C 「うわああああ、黒い竜まで出てきた!!!!! 20年前に竜が三匹現れたって嘘じゃなかったのかよ!!!!!!!!」
男A「