005 湖の主現る
空高く舞い上がった俺は、早速マップを開いて再び攻撃力20万以上の存在を検索してみる。
どうやら、ここから1000kmほど南にそいつはいるらしい。湖の中らしいから水棲の生き物か。どんな奴が少し楽しみだな。
「アニキ~、何処へ向かってるんすか? アニキの家は、こっちの方角なんすかぁ?」
強いのは間違いないんだろうが、本当に残念な生き物だなあ、こいつは。次の奴がマトモな事を祈ろう。
「もうアニキはヤメだ。 俺の名前はさっき決まったから、それで呼べ。」
「もう決まったって・・・ああああああっっっ!!! アニキすみません!!!! ごめんなさい!!!!! 名前考えろって言われてたのに、アニキが急に消えちゃったりしたもんで、すっかりぽっかり忘れてましたぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「ああ、それはもう済んだ事だから忘れていい。」
「ホントすみませんんん~アニキぃ。」
「だからアニキはもうヤメだ。 今度アニキって呼んだら真っ二つに裂くぞ。」
「はいっっっ、もう二度と呼ばない事をスカはここに誓います! アニk・・・・おーっと危ねえ。」
もちろん本当に真っ二つに裂く気があれば会った瞬間にやっているから そんな気はないのだが、このままずっとウザければいつか本当に真っ二つにしてしまうかもしれん。 程々にしとけよ。
「それで、その、名前は何とおっしゃるのか教えて頂けねーもんですか?」
「ああ、そうだった、教えなきゃ呼べないからな。 俺の名は『シロちゃん』だ。 心して覚えるがいい。」
「シロちゃん・・・シロちゃん・・・・えええええええええええええええええええええ!!!!!!!」
「何だ? どうした?」
「アニキ、それはダメっすよ!! あまりに弱そうだし、元服前の幼名だってもっと威厳がある名前にしますよ!!!! それに『ちゃん』はあり得ね~~~~~~~!!!!!!!!!!!!」
「スカ、今俺にダメだ、あり得ないって言ったな?」
「え? あ、 いや、 その・・・・・・」
「俺に向って言ったんだよな。」
「いや・・・・ そ、 それは・・・・・」
「分かった、もう一回、感想を聞いてやる。 俺は『シロちゃん』だ。」
スカは真っ赤になって、器用にも空中でのたうち回り、半径1kmの範囲を上空に向かったり右に左に前に後ろにグルグルと駆け回ってから、真顔になって戻ってきた。 もし笑いたいんだったらここで笑えばいいのに可笑しな奴だ。 笑うのは健康にいいんだぞ。
「シロちゃん様、一つだけ進言が御座います。 もし許して頂けるのならば、お聞き入れ願いたく存じます。。 『ちゃん』の部分は親しみを込めた敬称で御座います故、シロちゃん様の正式な名前は『シロ』の部分だけに御座います。 さすれば、ご自分の名前を示される時は『ちゃん』を除いて『シロ』のみを名乗られるのがよろしいかと思いまする。」
誰だコイツは? いきなり口調が変わっているぞ。
「その変な喋り方をやめろ。板に付いていない喋り方は東京人がやるエセ関西弁のように気持ち悪いぞ。 まあ、しかし、言いたい事は伝わった。 敬称を抜いて名乗るのは当たり前の事だったな。まあ『ちゃん』まで含めて俺の名前って事にしても問題ないが、若い頃のアグネス・チャンもアグネス・チャンちゃんとか紛らわしかったらしいし、お前の言いたい事も分かる。」
「シロ様ぁ、今度はあっしがシロ様の言う事がよく分かりません。」
「問題ない、むしろ今は会話のピンポンが成り立っているだけ奇跡みたいなもんだ。あまり多くは望まないほうがいい。」
「では、これからはシロ様とお呼びさせて頂きます!」
「シロでもいいんだがな。 短いし。」
「いやいやいやいや、それはあまりに恐れ多過ぎて、あっしには無理です! せめて様だけは!!!!!」
「ま、そのくらいならいいか。 許す。」
「ありがとうごぜーやす!!!! アニk・・・げふんげふん・・・シロ様!」
そうこうしているうちに、俺たちは問題の湖の上に着いた。
「着いたぞ」
「ここがシロ様のお屋敷ですか? まさか湖の中とは、考えましたな。」
「いや、俺の家じゃない。 他の誰かの家だ。」
「誰か? アニ・・・シロ様も知らない竜の家でっか?」
「いや竜かどうかも分からん。 ただスカと同じくらい強い奴がここに住んでいるはずだ。」
スカはちょっと難しい顔をして、俺の言葉を反芻しているようだった。 そして、ようやく俺の言っている意味が分かったのか、ぱっと顔を上げると、目を潤ませ始めた。 え?泣いてる? 何だコイツ気持ち悪い。
「シロ様・・・出会ったばかりなのに、あっしがちょっと愚痴ったのを覚えてくれてて、ここに連れてきてくれたんスね!!!!! あっしが強い奴もいなくて詰まらないってやる気を無くして山に引き籠っていたのを助けてくれた上に、生きる気力も与えてくれようとしてるんすね?!!!! あっしは本当にシロ様に会えて幸せ者です!!!!! ぅおおおおおおおおおお!!!!」
最後は大声を張り上げての号泣だった。 いや、甲子園で優勝や決勝敗退の男泣きだったら感動もするが、完全な誤解による500歳の竜が泣くのなんて恥ずかしくて見てらんないぞ。 無駄に声が大きいし。 山は割れそうだし湖の波も10m超えるくらいになってるぞ、おい。
「あ゛り゛が ど う゛ ご ざ び ば ず ~~~~~~」
いや、もう誤解を解くとかもどうでもいいから、まずは落ち着いて静かにしてくれ。
そうしたら、下の湖の真ん中あたりに大きな大きな渦が出来て、そこから細長い竜がまっすぐこっちに上ってきた。
今の俺は白く流線型の飛竜の姿。 スカはずんぐりむっくりの三角形の身体に、背中から羽が生えている西洋型の竜、 そして今昇ってきたのは、ヘビみたいな身体にシカのような角を生やし、短いけれど鋭いツメを持った手足がある中国型の竜だった。 龍の字のほうが似合いそう。
「我の家の上で騒ぐ奴はどいつじゃあああああ! せっかくゆっくりと寝ておったのに、お主らが騒ぐせいで、たった100年ほどで目を覚ましてしまったではないかぁあ!!」
「そりゃ悪かった。 騒いだのはコイツだが、まあ、俺も謝っとく。 気にするな、もう寝てもいいぞ。」
「何だその言い草はあああああ! 目が覚めてしまったら、なかなか寝付けぬものではないか!!! ムカムカする!! 久しぶりに暴れたくなってきたぞぉぉぉぉ!!!!」
「貴様、シロ様に何て口のきき方を!!!! 貴様は俺様の退屈しのぎの為に、わざわざシロ様が用意して下さった咬ませ犬に過ぎぬのだ、大人しく俺様に咬まれよ!!!!!」
いや、スカよ、もうツッコミ所があり過ぎて何も言えんが、全部間違ってるぞ。
「何を訳の分からん事をほざいておる! とにかく我は眠いのじゃああああ!」
湖から出てきた龍は、湖の水を吸い上げ大きな竜巻を作っていく。この龍を見る前なら『これが湖の主か』と思うような巨大なナマズみたいな魚も吸い上げられて回っている。 あ~あ~、勿体ない、傷つけられて食えなくなってしまうかもしれない。
「ほう、やる気になったか、それじゃあ俺様が相手をしてやってもいいだろう、シロ様はそこで見ていてくだせい。」
あれ? おかしいな? 俺はただ世の中を知りたいと思って来てみただけなのに、何でいつの間にかこいつ等で戦う事になってんの?
ま、見るのも経験だし暇つぶしになるからいいか。
スカは凍てつく吹雪を竜巻にぶつけ瞬く間に凍らせるが、次々と湖から新しい水が吸い上げられては加わっていくので、竜巻全体が凍ってストップするという事はない。 むしろ、氷の礫入りのとっても危険な竜巻にランクアップしてしまったようだ。
しかしスカという奴はチキンなのか紳士なのか、第一撃は相手を狙わずにその周囲に向って撃つんだな。あれは悪い癖だ。 一発で相手の息の根を止める事の大事さを教えてやらねばならん。
「うわぁっはっはっは、そんな吹雪で我が竜巻が止められると思うとは笑止千万、それでは、この竜巻をその身体でとくと味わってみるがよい!」
しかし竜ってのは喋りながらじゃないと戦いも出来ない生き物なのか? 俺の母もクマも無言で戦っていたと思ったのだが。
湖の龍の竜巻は凶悪な破壊力だった。 スカも割と丈夫なほうだと思うのだが、というか世界で見れば10位くらいには入る丈夫さだと思うんだが、そいつが竜巻に巻き込まれてもみくちゃになっている。 何で逃げなかったんだ? ひょっとして七色光線をわざと浴びてみた俺の真似か?
「ぐぉぉぉぉ!!!! 何のこれしき!!!! こんなクソ竜巻、シロ様の鼻パンチに較べればハナクソみたいなもんじゃあああああああ!!!」
いや、アレはパンチじゃなくて尻尾で軽く叩いてやっただけだぞ
「ぬぁにぃいいい??? 我の竜巻の中でまだそれだけ粋がる元気があるとは!!!!!」
スカは、もみくちゃになりながらも、徐々に体勢を取り戻し、ついには竜巻を破って、その上部から抜け出してきた。
「はあっ、はあっ、はあっ 目が回るぅぅぅぅ・・・」
そこで決めポーズでも見せればスカ好みの俺様感が出せただろうに、つくづく残念な奴だ。
「よくぞ我の竜巻攻撃を破った! それは褒めてやる。 じゃが、まだまだアレはほんの序の口、まだまだ序二段攻撃や小結攻撃も出していないのじゃからな!!」
いやいっきに横綱攻撃を見せろよ、もしあるのならば。
「なっ! 今度は自ら回り始めるとは、貴殿の必殺技なのか?!!!!」
今度はスカが上空でコマになったようにクルクルと凄い勢いで回り始めた。 さすがに湖の龍は警戒した様子で身構える。
「ぶわっぁっはっはっは、やはり俺様は天才だな! 逆回りしたおかげで、目が回るフラフラから一瞬で立ち直れたぜ!!! これで貴様にはもう勝ち目がない!!!!!!」
逆回りしても普通はグルグルは治らないって聞いたのだが、こいつは特殊体質なんだろうか? 凄い事なのかもしれないが、ちっとも格好良くないのが残念でならない。
「ふっ、必殺技でもなかったのか、そもそもそんな技など持っておらぬのかもしれんな。 残念だ、これで大人しく敗れよ! くらえ! 序二段攻撃、氷のカケラ入り竜巻!!!!」
いや、それさっきスカの吹雪のブレスで偶然出来てたアレと同じじゃねーの? ひょっとしてこいつも残念な生き物なのか????
今度はスカも竜巻をあっさり避け、七色の光線を龍に向って放つ。 龍は当然避けようとするが、それ無理だから。 光の速さだから、見えた時は攻撃が当たった時だから。
「うがぁあぁああぁああぁあああ!!!!!! 痛い熱い苦しい冷たい熱い眩しい冷たい!!!!!」
龍は身もだえながら湖に真っ逆さまに墜落し、高さ100mはあるんじゃないかっていう水しぶきを上げて沈んでいった。
「ふっ、口ほどの物もない。 ああいう中途半端に強い奴ほど無駄に口数だけ多いんですよ、あっしの足元にも及ばなかったくせに。」
いや、スカよ、その台詞、そっくりそのままお前に返してやるぞ