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収穫前夜

「僕を強くしてください!」


 ルーワの放った一言は、シグネに大きな衝撃を与えたようだ。目も口も、大きく開かれたまま、閉じない。


「どうしてシグネなんだ? 私でも良いだろう?」


 私は率直な疑問を口にした。私に頼んでこないのが寂しいわけではない。見かけはそこそこだが、品性に欠け、口も悪く、今回の件に関して全く非協力的な彼女にそのようなことを頼むことが、素直に疑問だったのだ。


「それは……僕と同じくらいの背のシグネさんがあそこまで戦えるなら、少しでもその戦い方を教わって、みんなと一緒に魔族を倒したいと思ったんです」


 なるほど。確かに私はこの金属の体を活かして戦うし、アニエスも強力無比な魔法がある。だが、シグネは魔法も使うものの、身軽さを活かした格闘を武器としている。


「なるほどな……」

「いいのではないですか? シグネさん。こうしていろいろな人たちを強くしていけば、あなたの言う弱い人に苛立つことも減るでしょう」


 そう言って、アニエスが柔らかな笑みをシグネに向けた。言っていることはわかるが、彼女にはそんな言葉は効かないだろう。きっと、不機嫌な猫のように鼻を鳴らして終わりだ。


「ふ、ふん……!」


 やはり、シグネは部屋に籠もっていってしまった。


「シグネさん……」


 ルーワが肩を落とす。


「とは言った者の、あなたは村の大人達と共に戦わなくても、他の方法で役に立てるでしょう? ヴィリエ伯の説明した作戦通りなら……」

「違うんです! 僕、両親があいつらの最初の“収穫”で逃げ遅れて……どうしても仇討ちがしたくて……」


 ルーワは、目を潤ませながら言った。


「最初は、みなさんに倒してもらおうと思いました。でも、シグネさんの言葉で気付いたんです。自分で倒さなきゃ駄目だって」


 私はこんな真剣な少年の願いを聞かないシグネと、民にこのような仕打ちを許している貴族への怒りが湧いた。


「まあ、そう落ち込むな。私だって多少は武術の心得が……」

「いや、大丈夫だと思いますよ」


 アニエスはそう言って、笑顔を崩さない。


「ただのガキがたったの3日でアタシ並に強くなれるわけねーだろ! やつらに食われるのがオチだ! ……話が聞きたかったら、用意するもん用意しな!」


 扉の向こうから声が聞こえた。


「ほらね? それじゃあ、明日の朝一番に来てください。ちょっと厳しいかもしれませんが……なんでも教えてくれるはずです」


 ルーワが再び笑顔を見せる。


「はい! お二人とも、ありがとうございます! シグネさん、明日はよろしくお願いします!」


 そう言って一礼すると、ルーワは家を出て行く。それを見送って、私は胸の中に秘めていた疑問を口にした。


「よくシグネがああするとわかったな?」

「あの人は根っからの悪党ではありませんよ。人に何かを教えたり、褒められたりするのに慣れてないだけです」

「そ、そういうものか……」

 翌朝。窓から朝日が差し込む中、我々は目覚めた。私は眠くなることはないのだが、一応寝ている感覚が欲しいため、布を被って横になり、じっとしていた。

少しすると、昨夜の約束通りルーワは木の棒と、全員分のパンが入った袋を抱えてやってくる。


「おはようございま……いたっ!」


 ルーワが家に足を踏み入れた瞬間のことである。檄を飛ばしながら、シグネが天井から飛び降り、ルーワの頭をはたいた。


「どんな時も油断すんじゃねーぞ! まずはそっからだ!」

「は、はい! すみません!」

「あと、身近にあるものはなんでも使え。その袋に入ってるパンだって、とっさに投げれば襲ってきたやつが斬りかかってくるまで、ほんの少しの時間を稼げる。そのほんの少しの時間が、アタシたちみたいな小さいやつらには大事なんだ」


 意外にも、シグネはとても真面目にルーワと向き合っている。いつも私に向かって悪態をつく姿からは、想像もつかない。目を覚まして顔を洗うと、すぐに天井へ張り付いて彼を待ち構えていたことを話してやりたいが、火球を撃ち込まれては損だ。黙っておこう。


「二人のほうが良さそうですし、早く我々も行きましょう、ヴィーリエ伯」

「そうだな」


 アニエスと共に、私は村の通りに向かう。既に、村人達は作業に取り掛かっていた。


「おい機械人形(オートマタ)! このまま、村の周りに柵を敷いてけばいいんだな?」


 昨日村人達を仕切っていたロウが我々を見つけ、叫んでいる。


「そうだ! 北端と南端に“入り口”を作るのを忘れるな!」


 戦いに向けての準備は順調に進んでいる。私は、村の周囲に柵を設置する作業に参加することにした。以前ならば部下に任せているところだが、人手が足りない以上は仕方がない。

それに、いくら動いても疲労することのない私には、適任だ。


「デューさん! 村の杖はこれで全部です」


 作業をする私の元に、ルーワが来た。古ぼけて変色した杖を抱えて持ってきたのだ。私は一つ一つ、杖の先端にはめ込まれた石を確認していく。


「炎に氷……悪くない。ん? これは……」


 私は緑色の石がはまった杖を手に取った。


「これは別だ。女子どもの誰かに持たせておいてくれ」

「わかりました!」


 元気よく走り去っていくルーワを見送って、私は作業へと戻る。


「貴族様はいいけどよ、あんた見たときはびっくりしたぜ。機械人形(オートマタ)なんて、たまに来る冒険家の話でしか知らなかった。人の言うことを聞くなんてよ……」


 廃屋から作り出した木の柵を地面に刺している私に、村人が言った。


「まあ、私は今も昔も特別でな……。我々も全力を尽くすが、君たちの頑張りにも掛かっている。頼むぞ?」

「もちろんさ! こちとら、あいつらをぶっ飛ばしたくてうずうずしてんだ! でもなあ……」

「でも、なんだ?」


 作戦の不安要素を指摘されるのではないかと思い、私は反論を考えていた。


「あいつらを倒しても、兵隊共が魔族の軍隊を遠くまで追い返さない限り、どうせまた来るだろ? いつまで戦えばいいんだろうなあ……ってな。何も考えずに畑を耕してえよ」


いつか、人に、民を救う貴族の私に、戻れるのだろうか……。


「きっと……私がなんとかしてやる」

機械人形(オートマタ)が!? そりゃ面白いや。ま、期待しないで待ってるぜ」


 気付くと私は、そんなことを口走っていた。

 私が最も恐れていたのは、ヤツらが“収穫”の日を早めることだ。

 だが、幸いにもそれは起きなかった。準備は滞りなく進んでいき、シグネもルーワへの指導に精力的なようだ。

 ここまでは全てが私の作戦通りに進んでいる。しかし、実戦は何が起きるかわからない。

 “収穫”の前夜、我々は村人達と共に、村の中央の広場で夕食を摂ることにした。

 我々も含め、村人たちに干し肉が配られる。肉は貴重な物資だが、村人達の協議の結果、今夜に限り食べることにしたようだ。


「みなさん、ここまでよくやってくれました」


 集まった村人達の前で、アニエスは語り始める。


「気を引き締めるのはここからです。“収穫”は明日……。この中で、命を落とす方もいるかもしれません……」


 村人達の顔が強ばるのがわかった。


「ですが、それは、我々の結束が弱かった場合の話。全力を持って迎え撃てば、耳を首飾りにされ、串刺しにされた胴を村に飾られるのはヤツらの方です! 私たちがついています!」

「おおおっ!」


 なかなか過激な挨拶をし、木で出来たコップを掲げるアニエス。村人達も呼応して、コップを掲げていく。

 食事が始まると、食欲のない私は特にやることもない。そこで、隅に座っているシグネの様子を見に行くことにした。

 

「シグネ……」

「なんだよ」

「君は明日も協力してくれるのか?」

「シグネさん! パンを貰ってきましたよ!」


 口を開き掛けたシグネの元に、ルーワが駆け寄ってくる。


「おう、でかした!」

「ルーワ、君は彼女の子分になったのか? 彼女では盗賊の親玉が関の山だぞ? 悪いことは言わない。私の元に仕えたほうが……」

「そんなのじゃありませんよ。いろいろ教えてもらったので、ほんのお礼です」


 ルーワの表情は、サンパレスで会ったときよりも格段に明るくなっている。私の知る限り、初めてシグネが成した善行だな。


「おい、デュー。さっきの質問だけどよ……」

「なんだ?」

「アタシは大将首を狙う。捕まえて突き出しゃあ、ミーリアから金が出る。マンティコアだって、皮から爪まで高級品。金の塊みたいなやつだ……」

「ふっ……」

「な、なんだよ。機械人形(オートマタ)のクセに笑ってんじゃねーよ!」


 素直な少年に教えを請われ、然しものシグネも村を守ることへすっかり乗り気になってしまったわけだ。アニエスでなくてもわかる。


「私は見張りの者に声を掛けたら、家に戻る。お前も早く寝ろ」

「お、おい! あくまでアタシは金目当てだからな! 村やガキのためじゃねーからな!」

「わかったわかった……」


 その場から離れ、アニエスにも声を掛けに行く。


「シグネは協力してくれるそうだ」

「それはよかったです……! 想像以上にチョロ……いや、やっぱり悪い人ではないですね、シグネさんは」


 アニエスの笑顔を見ることができ、とても良い気分だ。

 その後、村の見張りに声を掛けて回っていたが、村の周囲には何の変化もなく、偵察に行った村人からも、ゴブリン一匹見つけることはなかったとの報告を受けた。

反撃の気配を察知し、逃げた……もちろん、何事もなく終われば、それにこしたことはないが……。

そんな私の望みは、翌朝、轟音と共に打ち砕かれた。


翌朝。


「あ、あの化け物だ! 北から入ってくるぞ!!」


 外から村人達の悲鳴が聞こえてくる。最近は送り込まれたことがないと聞いて、私たちは油断していた。来るとしても、兵士たちを倒した後だ、と。

しかし、現実は違う。

 村中を、マンティコアのおぞましい雄叫びが駆け抜けた。


つづく

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