民を守るは貴族の役目!
ルーワの集落の荒れぶりは、予想以上であった。
木で出来た家々の壁は手入れを怠っているのか腐敗が進み、黒ずんでいる。中央を流れる川に沿って作られた道には人っ子一人いない。先ほどの我々の戦闘の音を聞き、籠もってしまったのだろうか。
「ルーワです! サンパレスから魔族を倒してくれる、強い人たちをお呼びしました!」
川のせせらぎだけが聞こえる集落に、ルーワの声が響き渡った。
すると、集落のあちこちから木の軋む音が聞こえ出す。建物に籠もっていた村人たちが、扉や窓から僅かに顔を出し、こちらを覗いているのだ。
「待て待て! そ、そいつは機械人形じゃないか!」
家の中から現れた中年の男性が、私に向かって叫び出す。その手には、斧が握られていた。
他の家からも、クワや棍棒など、思い思いの武装をした男達が出てくる。
「見てわからぬか! 私は……」
横で私に向かって首を横に振っているアニエスの姿が見える。しかし、後からあれこれと追求されるよりも、今の内に全てを話してしまったほうがいいだろう。実際、嘘は言っていないのだ……。
「デュードネ・フォン・ヴィリエ伯爵だ!」
そのとき、集落が水を打ったように静まりかえった。そして村人達は口を開き、私の威光を称えて……。
「どこの世界に機械人形の貴族がいる! 名を騙るにしても、人を間違えたな」
「デュードネ・フォン・ヴィリエなんてのは、領民から搾取するだけして死んだ、最低の貴族じゃないか!」
とはならなかった。まあ、信じろというのも難しいだろう……しかし、最低の貴族とは心外だ。
「な、な、なんだと……!?」
魔族との戦争、そしてそれに伴う増税により、民に多少の負担を強いたのは確かだ。だが、私はミーリア中で評判になるほどの暗愚な領主であったか……!?
「ははっ、来て良かったって気持ちにちょっとなってきたぜ」
横からシグネが私を冷やかしている。まったくこの少女は……。
「この人たちはさっき、僕を魔族から助けてくれたんですよ!? きっとこの村を救ってくれます!」
男に向かって、ルーワが叫んだ。
「頭の回るやつらのことだ。気を許したところで俺たちを奴隷にするつもりだろう!」
そのとき、アニエスのよく通る美声が、響き渡った。
「待って下さい! 私はアニエス・フォン・ファルラッハと言います。ミーリア王国を代表して、みなさまの力になりたいと思い、ここまでやってきました」
今はサンパレスで購入した質素な服を身に纏っているが、アニエスは私に限らず、貴族も民も、その美しさと品性を称える貴族の娘だ。
「ファルラッハ家だってよ……うそか?」
「いや、首都に牛を売りに行ったときに見たことがある! ……あの声、あのお美しい姿は忘れない……」
「ああ、あの泥まみれの機械人形とは大違いだ……」
少し釈然としないが、場の空気が和らいだ。アニエスが魔法を使用したわけではない。彼女の美声には人を安心させ、従いたい気持ちにさせる力があるのだ(私も以前はそういった美声の持ち主であったことは、言うまでもない)
「き、貴族様が、なぜ機械人形と一緒に!? あんた、魔族に操られちまってるんですかい?」
村人の問いに、アニエスは柔らかな笑みを浮かべた。
「我が一族では、古代の遺跡を守る機械人形を執事にできないかと、常々考えていました。これは、かつて私が執事代わりに使用していたもの。長い間整備もしていないため、しばしば世迷い言を口走るようになってしまいましたが、戦いでは大いに役立ちます。みなさんに危害は加えません」
「ぷぷっ……世迷い言だってよ」
シグネがニヤニヤと笑っている。
「ええい……この場が収まるならば、今は我慢しよう」
「そして、この銀髪の少女はシグネ。私の護衛役です」
アニエスがシグネを見ると、少女は鼻をフンと鳴らした。
「まあ……そういうことにしとくか」
村人たちが顔を見合わせ、武器を降ろしていく。最初に家から飛び出してきた男が、我々の前にやってきて、膝を地面につき、礼をする。
「申し訳ありませんでした! とんでもない失礼を……」
「いえそんな……頭を上げてください」
男は立ち上がり、周囲に向かって叫びだす。
「みんな! 出てきていいぞ!」
男達がそう叫ぶと、女性や小さい子どもなども建物から現れる。みな、私を見て一度はギョッとした顔をするが、周囲の男たちから事情を聞き、ひとまず安心したようだ。
「私はロウと申します。ルーワが世話になりました。ご迷惑を掛けていなければいいのですが」
「いえいえ。彼は立派にここまでの案内の任を果たしてくれました。……で、魔族たちのことですが、いつ頃この村に来るかはわかりますか?」
「おそらく、次のヤツらの“収穫”は3日後です。我々も抵抗はしているのですが、なすすべもなく……」
よく見れば、ロウという男の顔や手は傷だらけだ。よく村人を守り切れたものだ。
「今回の作戦、このデュー……いや、機械人形が指揮を行います」
「え、機械人形などに任せて大丈夫なのでしょうか!?」
「はい。先ほどの魔族の襲撃を防げたのも、彼がいたからこそ、です」
ふふ……いつも私に皮肉を言うが、彼女は私の素晴らしさを誰よりも知っているのだ。
「任せてくれ」
・
・
・
我々は、ロウに案内された一軒家の居間にて、村人達と作戦会議を行っている。
まず第一に必要なのは、味方と敵の戦力差の把握だ。
「いつも“収穫”に来るのは、ゴブリンの兵士が20人……」
ロウが村の地図をテーブルの上に広げている。
「さきほどの襲撃で2人は倒しました。あとは、18人ですね。村の中で戦える人たちは……?」
アニエスの質問に、ロウが答える。ロウは男の村人の方を向いた。ちょうど10人いるが……。
「俺を入れて……11人。これだけだ。いつも、ヤツらの“収穫”が終わるまで家に籠もっているのが精一杯でな……」
「杖や“石”はないのか?」
「いくつかはあるが……じいさんばあさんの代のやつだ。使いこなせるやつはいない」
彼らの武装は、斧やクワ、そして手製の弓……我々のような強力な魔法を行使する鍛錬を積んでいない以上、先祖から伝わる杖を使うよりも、肉弾戦のほうがマシということのようだ。
「この際、女性や子どもたちにも戦ってもらう。そうすれば、やつらと同数の兵力になるぞ?」
私の提案に、若い村人が顔を紅潮させながら反論する。
「貴族様ってのは俺たちの命をなんとも思ってないのか!? 女子どもを数に入れるなんてよ……」
「そうだ。それによ、最初にヤツらが来たときに、デカいのもいたぜ。あれが暴れ始めたら、何人いても全滅だ……」
「落ち着いてください! そんなことにはなりませんから。ヴィリエ……ああいえ、機械人形よ、勿体ぶらずにとっとと話すのです……」
他の村人も同調をしだすのをアニエスが止め、私を見る。
「その前に……今言っていた“デカいの”とは魔物か? 特徴を覚えていれば、教えてくれ」
「仕切っているやつが乗っている魔物だ。獅子の頭に、蝙蝠の翼、尻尾はサソリみてえで……」
少し厄介な話になってきた。“マンティコア”――戦場で捕まえた我々の土地の生物を、邪悪な魔法によって融合させた魔物だ。獅子の爪の一振りは鎧をも引き裂き、サソリの尾は致死性の毒を持っている。その上、多少の知能も持ち合わせているのだ。捕食と自己防衛しか能のないサンドワームのほうが、まだ楽かもしれんな……。
「それを聞いたら、なおさら女性や子どもたちの協力が必要だ」
「俺たち全員を殺す気かよ!」
「彼女たちの仕事は、直接戦うだけじゃない。これから話すことをよく聞いて、他の村人たちに話すんだ」
私は説明を始めていく……作戦は――
「なるほどな……確かに、いけるかもしれん」
「そうだろうそうだろう?」
称賛するロウに対し、私は胸を張る。
「では、今日はここで解散としましょう。明日から、ヤツらに目に物を言わせるための準備で、忙しくなりますよ」
アニエスの声に従い、村人達は家を出て行く。
・
・
・
「んん……終わったか?」
村人達が出て行ってしばらくすると、部屋の隅で椅子に座ってうたた寝していたシグネが、あくびと共に目を覚ました。
「ああ。全てが上手くいけば……なんとかなるかもしれん」
「意外と気弱なんだな」
「茶化さないでくださいよ! シグネさんも協力してくれませんか?」
「こんなとこで戦っても、魔力と体力の無駄だろ。アタシはほっといてくれ」
アニエスがため息をつく。と同時に、ノックの音が聞こえた。
「ルーワです! お食事をお持ちしました」
「ああ君か。入ってくれ……」
扉を開けたルーワは、鍋を抱えている。ルーワは一礼して家の中に入ると、鍋をテーブルの上に乗せる。
「物がないので、ほとんど具のないスープですが……」
「いえいえ。おかげで元気が出ますよ!」
ルーワに、アニエスが笑顔を向ける
「村のみんなの様子はどうだ?」
「ロウさんの指示で、早速作業の準備を始めました。明日から本格的に取り掛かれるのではないかと……」
「うむ。我々も協力しよう。で……ロウから伝えてもらったことと思うが、例のものは?」
ルーワが、腰につけていた袋を私に手渡す。
「一応……でも、本当にこれが役に立つんですか?」
「ああ。今の“私”にはな」
袋の中に入っているのは、5匹の蝙蝠の死体だ。これを、ゴブリンから奪った杖にくくりつけて、強く念じれば……。
「はっ!」
小さな火球が飛び出し、暖炉に火を着けた。杖を見ると、くくりつけたコウモリの死体が灰になり、崩れ落ちている。
「ふむ。計算通りだ。完璧ではないが、今は十分だな……助かったぞ、ルーワ」
「はい! 」
「自身では魔力をコントロールできないから、他の生物を使用する、ということですね……それ、一匹いただいてもいいですか?」
私が魔法を使用する模様を見たアニエスが、頷きながら語る。
「そういうことだ。ちゃんと火を通すのだぞ……」
私はコウモリを一匹、アニエスに手渡す。そんな中、ルーワは我々の顔色を伺いながら、何かを言おうとしているようだ。
「ああ、礼がまだだったな。といっても、渡せるものなどもあまりないのだが……」
「その……シグネさん!
「あ、アタシか?」
行儀悪く机に足を乗せながら、自身の杖を磨いていたシグネが、その瞳をルーワに向ける。
「襲われるのは弱いから、と言っていましたよね……」
頷くシグネ。
「アタシはお前に怒られたからって、考えを改めたりはしないからな。この二人は、相当なお人好しだけどよ……」
「じゃあ、僕を強くして下さい!」
少年の声が室内に響く。その内容に驚いたシグネが、思わず椅子からずり落ちた。
つづく