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魔族軍のゴブリンたち


「奪われるのは、そいつらが弱いからだろ?」


 村を野盗化した魔族から救う戦士を求めていた少年。その思いに応えようとした私の返事を、シグネの一言が断ち切った。


「……何を言う! 外敵によって脅かされる者を守るのは、貴族の務めだろう!」

「いや、アタシは貴族じゃねーし。それに、お前らが自由になるのはポール山脈で用事を済ませてからだ。今はアタシに従ってもらう」

「助けていただいた以上、シグネさんの師匠のところに行くことは約束します。でも、こんな子を、一人で何も持たさずに帰すのは……」


 クルーアの背でシグネの後ろに座っているアニエスが、口を開いた。


「い、いえ、いいんです! 酒場で助けてもらっただけで十分ですし、他の町でまた強い人を探して……」


 口ではそう言いながらも、徐々にうつむいていく少年の姿に、その落胆の大きさが表れている。ええい、こんな姿を見て、助けずにいられるか。


「よし、決めたぞ! 私は彼の村を助けるまではどこにも行かん! 」

「おい……本気で言っているのか?」

「私はいつも本気だ。文句があるなら、引きずって連れて行くんだな。ま、君には無理だろうが……」


 シグネが、長いため息をついた。一方、アニエスは笑顔をこちらに向けている。ふむ、これは、私の高貴な精神に心を動かされた表情だろう。まあ、ここで貴族として振る舞い、民の支持を集め、お家の再興に繋げる……という下心が全くなかったかというと、嘘になるが。


「そのうぬぼれるところがなければ、もう少しマシなんですけれど……」


 なぜか、アニエスも長いため息をつき始めた。何も口には出していないはずだが……。


「はあ……じゃあ、勝手にしろよ。言っとくけど、アタシは協力しないし、村ごとお前らがやられそうになったらすぐに引き上げる。それが条件な。わかったか?」


 私とアニエスは目を合わせた後、シグネに頷いた。


「ルーワと言ったかな? では、君の住む村へ連れて行ってくれたまえ」

「はい……!」


 曇っていた少年の表情が、光を取り戻した。うむ。子どもはこうでなくてはな。

私はこの金属の体と生来の知恵で、サンドワームさえ倒したのだ。統制のとれていない魔族の群れなど、一網打尽にしてくれる。

「みなさん、もうすぐです!」

 

野宿をしつつ、丸一日を掛けて、我々はルーワの住む集落の近くまで辿り着いた。

今歩いているのは、周囲を木々に囲まれた山道だ。雑草と、僅かに残る雪にまみれた道を、もう少し歩けば到着……らしい。

私はいくら歩いても走っても疲れはしないが、


「ぶおっ……ぶおっ」

「もう一息だ。辛抱しな」


 シグネとアニエスに加え、荷物まで乗せているクルーアが不満げに鼻を鳴らした。そんな大トカゲの鱗に覆われた首を、シグネがなでる。


「あれ、ポール山脈ですよ」


 アニエスがシグネの肩越しに、我々の進行方向に向けて指を差す。木々の向こうに、確かに雲に包まれた山々が見えるではないか。


「ふむ。彼らを助けたら、すぐに向かうとしよう」

「ほっときゃ、あと2日もあれば着くんだけどな……」

「なにか言ったか?」

「ふん……なんでもねえよ」


 鼻を鳴らして、シグネがそっぽを向く。


「まったく、君もこれを機会に我々の高貴な精神を見習ってだな……」

「うるっせーなー!」

「ふ、た、り、と、も!」


 大声を出して、アニエスが私とシグネのやり取りを止めた。


「昨日から何回そのやりとりをしてるんですか? 実は仲良しさんなんですか!?」

「んなわけねーだろ! って、そんなこと言ってるお前も、こいつに賛成なんだろ?」

「困っている人を放ってはおけませんから。それに、私の領地を襲った魔族を手ずから血祭りにあげる良い機会です」

「え、ええと……そこの坂を降りたらもう集落に着きますので…」


 気付けば先導していたルーワが馬の足を止め、不安そうにこちらを振り返っている。


「すまないな、うるさいのが一人いて」

「お前も大概だっつーの」

「ハハハ、冗談は……」


 そのとき、私の頭の中を、矢が空を切り、飛翔する音が響いた。


「アニエス、シグネ! 道の脇に伏せろ!」


 そう叫びつつ、私はルーワを馬から引きずり下ろし、伏せた。

 さきほどまで我々が立っていた場所に、数本ほどの矢がささり、直後に小さな爆発を起こす。


「あ、あいつらです!」


 魔力を込めた矢による掃射……魔族軍の得意とする戦法だ。


「カカレ! テキハスクナイ!」


 土埃が舞う中、木々の間から雄叫びを上げる5つの人影がこちらに走ってくるのが見え

た。いや、明らかに人ではない。灰色の体表のあちこちに、岩のように隆起したデコボコの器官が突き出している。魔族の下級兵士に多い“ゴブリン”だ。

 道の向かいに退避したシグネとアニエスに目をやると、先日の酒場のゴロツキから拝借した短い杖と、長い杖をそれぞれが構えている。クルーアも難を逃れたようだ。木の根元に身を伏せている。


「君はここに座っていたまえ」

「で、でも!」


 ナイフを腰から抜いた少年に言葉を掛け、私は向かってくる一体のゴブリンと対峙した。

 ヤツは、持ち主同様禍々しい外見の杖から、3発の火球を一度に撃つ。後ろにルーワがいる以上、避けるわけにはいかない。生身の人間なら良くて大やけど、悪くて命を落とす威力。だが、私は生身ではない。身に纏っているローブが燃えているのを感じつつ、私はゴブリンに右の拳を叩き込んだ。

 ゴブリンは、あっさりと白目を剥き、地面に倒れ込む。筋骨隆々の体から、全ての骨が抜けてしまったかのようだ。

 

「もう少し優雅に戦いたいものだ……」

「デュードネさん、その姿……あ、いや! お二人が!」

「なにっ!」


 振り返ると、アニエスとシグネは二体のゴブリンと魔法を撃ち合っている。その二人の後ろに、忍び寄るゴブリンがいるではないか。私はとっさに、足下で倒れるゴブリンが握っていた杖を構えた。

 だが、それは賢い行動とはいえない。この場で正解なのは、すぐにゴブリンに駆け寄り、同じように鉄拳を一発お見舞いすることだ。だが、つい人であった頃の癖で魔法を撃とうとしてしまったのである。

 意外にも、杖は私の意志に反応し、先端の石から3発の火球が放たれる。驚いた私が杖に目をやると、ゴブリンの硬直した手が、杖の一部を握りしめたままであった。……そういうことか。

狙いはそれたが、近くに命中したことで、シグネが背後から近付くゴブリンに気付いてくれたようだ。彼女は足下に落ちている石をゴブリンの顔面に投げつけ、怯んだ隙を突いて足下に回し蹴り一閃。転倒したところに火球を撃ち込む。


「す、すごい……」


 私の隣で、ルーワが感嘆の声を漏らす。残りのゴブリンも、同じ心境だったようで、森の中に退散してしまった。私は、アニエス(とシグネ)に駆け寄っていく。


「アニエス、怪我はないか!?」

「ええ、私は大丈夫です。その子も無事だったようですね。って、その姿……」

「んん?」


 アニエスが私の体を見ている。そうだ、先の攻撃でローブが燃えてしまったのだ。今の私は、金属の骨格が露わになり、丸裸状態である。


「ああ、ルーワよ。隠していてすまない……私が望んだわけではないのだが、故あってこのような姿になってしまって……」

「い、いえ……」


 少し後ずさりをするルーワ。貴族として畏怖と尊敬を向けられるならばともかく、このような形で人に警戒をされるのは、やはり慣れんな……。


「しかし、君たちを助けたいという気持ちは本物だ。村の者たちに口利きをしてくれれば、ありがたいのだが……」

「は、はい。驚いてごめんなさい。機械人形(オートマタ)も人も関係ありません。今の僕たちには、助けてくれる方が必要ですから。村のみんなもきっと……」


 驚きを押し殺している顔だ。納得してもらえればいいが……。


「では、村まで連れて行ってもらおうか」

「はい!」


 道の先を進み、眼下に広がる景色をルーワが指指した。


「あそこです!」


 我々が追いつくと、ルーワが指指す先の谷底に、小さな家々が密集しているのが見えた。

 中央には川が流れ、周囲は畑で囲まれている。


「よし。では、民を救いに行くとしようか。このデュードネ・フォン・ヴィリエに任せておけ」


 ゴブリンたちを撃退した我々は、いよいよ守るべき民の暮らす村へと入っていく。


 つづく

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