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酒場で出会った少年

 今、私たちはサンパレスの酒場で、優雅……とは言いがたいひとときを過ごしている。

 荒くれ者達の騒ぎ声が常に酒場中を満たしており、木の床は油と酒でベタついて……とにかく私にはふさわしくない場だ。だが、贅沢も言ってはいられないだろう。この体で目覚めてから、シグネに火球をぶつけられるわ、サンドワームの襲撃に遭うわ、売り飛ばされるわ、散々な目に遭ってきた。こうして一息つけるだけでも、良しとせばな……。

 テーブルに視線をやると、そこに並べられているのは、シグネが愛馬、ならぬ愛トカゲとして乗っている“クルーア”と同じ種類の大トカゲのステーキに、サバクドリの唐揚げ。ゴクラク草のソテー。やけに肉が多いが、これは全てシグネの頼んだものだ。まったく、食卓の調和というものを考えないのか? この少女は。

我が婚約者・アニエスはというと……相変わらず、美しい。口の端からムカデの尻尾がはみ出ているのは、見なかったことにしよう。


「はー、久々のまともな飯は染みるなぁ~! 遺跡帰りの飯のときが一番幸せだ!」


 大量の肉にかぶりつきながら、シグネはこれまでにない笑顔を見せている。


「おいおいデューさんよ、なんだそのシケたツラは。ああ、わりいわりい。いつもそういうツラなんだったな!」


 一仕事終えた後の肉というのは、ここまで人を変えるものか。


「おいシグネ、それは君が乗っているクルーアと同じ種類のトカゲだろう? いいのか?」

 

 私の質問に対し、シグネは水を一杯飲み干してから答えた。


「食用は食用だ。気にしてもしょうがないだろ? つーか、気にするならお前の婚約者の方なんじゃねえのか? ほんとゲテモノ好きだよな…」


 アニエスの方を見ると、


「ドルネイムカデ、炒めると甘みが出るんですね! 牢の中は“普通”の食事で、とても耐えられませんでした……」

 

 と、女神のような慈愛に満ちた笑顔で、批評を行っていた。

 人間、魔族、魔物を問わず、生物は魔法の使用と引き換えに、体内の魔力を消費する。

魔力が枯渇した体は、空気中の魔力を取り込むために代謝を高めるのだ。そのため、魔法を用いた戦いの後は普段より多くの栄養を摂取する必要があり、アニエスは貴族時代から、このような個性的な食事を好んでいる。我々のような高位の者は、魔力を帯びた高価な薬草を料理に混ぜるなどして、強烈な飢餓感から逃れていたのだが、彼女は魔力を多く含んだ魔物や虫などを食すことを好んでいた。


「これなら明日から、前みたいな威力の魔法が使えそうです!」


 と、拳を軽く握りしめながら言うアニエス。

 二人が食事を楽しんでいる一方、機械人形の体を持つ私は……腹も減らなければ、疲れもない。これはこれで便利なのだが、空腹という最高の調味料を得た夕食を楽しめないことに、寂しさも感じるのであった。この薄汚れたローブ姿でないと人前に出られない状況も、なんとかしたいものだ。

 料理を完食したシグネに、私はこの先について質問をした。


「しかし、ポール山脈の麓と言っていたな。急いでも一週間は掛かるが……あのあたりは今も平和なのか?」


 シグネが首を横に振る。


「いや、ポール山脈の少し先では、砂漠の縁を通ってやってきた魔族と人間がやりあってる。その影響で近隣の集落の食料が徴収されて、食うに困った奴らが盗賊になってるんだ」

「ミーリアが優勢な頃は、あのあたりも山々が美しい平和な土地でしたよね……」


 アニエスが目を閉じながら、悲しそうに呟く。平和だった頃を思い出しているのだろうか。


「なに!? 我が軍はそれほど押されているのか? この私が前線に出ていればそんなことには……」

「いや、ヴィーリエ伯がいたところで、どうなるものでもないと思いますが……あ、危ない!」


 私の背中に衝撃が走った。振り返ると、子どもが私の座っていた椅子の下に倒れ込んでいるではないか。


「バカにしやがって! 5000ディールで俺たちをこき使おうっていうのか!?」


 巨漢の男が、倒れ込んでいる少年に怒鳴り散らした。男の後ろには、腰に長い杖を差した男女、そして短く切り詰めた杖を指先でクルクルと回している細身の男がテーブルを囲んで座っている。巨漢の男越しに、それぞれ笑みを浮かべながら少年を眺めているのが見えた。


「お金だけじゃありません! 村にあるものを何でも持っていって構いません! だから、僕たちの助けに……」


 その言葉は、長い杖を腰に差した男にで遮られた。


「いい加減しつこいぞ。その程度のはした金じゃ、命は張れない」


女はそういった男の腕に自身の手を絡ませながら……。


「うんうん。そうだ! この子売っちゃわない? 15000ディールにはなるよ!」

「そりゃあいい!」


 短い杖を持った男が、女の醜悪な提案に賛成する。

 

「なるほどな……悪く思うなよ、小僧」


 巨漢の男が少年に歩み寄っていく。

 ……見てはいられん。私は、巨漢の男を制止しようと立ち上がる――はずだったが、テーブルの上に置いていた手をシグネに捕まれる。


「ほっとけよ」


 首を横に振りながら、シグネは私に不可解な台詞を吐いた。全く不可解だ。私は貴族だ……どんな立場の者だろうと――


「民を救うのが私の役目だ」

「そんなの、お家再興でもなんでもしてからでいいだろ。この先あんなガキを一人ずつ助けていったら、100年経ってもポール山脈にはいけねえ」


 ふと、アニエスの方を見ると、彼女はシグネの発言に対して、しきりに首を横に振っている。さすがは私の婚約者。そうでなくてはな。これ以上の議論は無駄だ。私はシグネの手を振り払い、立ち上がった。


「子どもに手を出すとは見下げ果てたやつらだ! ここで成敗されるか、立ち去るか、選べ!」


 少し気合いを入れすぎたか……身につけていたローブのフードが取れてしまった。

 巨漢の男が私の顔に顔を近づけてくる。


「なんだぁ? 変な面着けやがって……文句があんなら相手してやるよ」


 男は私の肩に左手を置いた。恐らく、この後は右腕の拳が私の顔面に飛んでくるのだろう。今の体に当たっても、男の拳が砕けるだけだ。とはいえ、わざわざ殴られてやるのも気に入らない。

 私は男の厚い胸板を軽く押し、突き飛ばす――その瞬間、男は間達が囲んでいたテーブルに突っ込んでいった。重さに耐えきれず、哀れなテーブルは木片に成り果て、彼らが飲んでいた酒が床に広がっていく……。


「うーむ、我ながら素晴らしい力だ。このまま外見だけが元の美男子に戻れば完璧なのだが……」


 私は自身の手のひらを眺めながらそう呟いた。


「て、てめえ!」


 背後にいた男の罵声と同時に、テーブルを囲んでいた3人が杖を向けてくる――が、私の足に痺れが走ったかと思うと、すぐに3人は気絶していた。

 振り返ると、アニエスが床から手を離し、少年の無事を確認している。床に広がった酒を通して、弱い雷魔法をこのゴロツキどもに食らわせたのだ。私の足は痺れたが、素晴らしい判断である。


「チッ、こうなったら後がめんどくせえ。早く出るぞ!」


 やや気に入らないが、シグネの言に従い、我々は少年を連れて、酒場を出ることにした。

 今我々はサンパレスを抜け、星空の下で街道を歩んでいる。周囲の景色は既に砂漠ではない。緑に覆われた平原を、虫の鳴き声と風に揺られた木々のざわめきが支配している。

 もっとも、歩んでいるのは私だけだ。シグネとアニエスはクルーアに乗っているし、件の少年は馬に乗っている。私だけが歩いて彼らについて行っているのだ。私は疲労も空腹もないからそれは良い。……だが、嘘でもいいから、シグネには貴族に愛トカゲを譲る素振りだけでも見せてほしかった。

 で、酒場で助けた少年についてだが、名をルーワと言うらしい。北方の集落からここまで、よほど急いで駆け抜けてきたのだろう。服も肌も髪も、埃まみれだ。

 首を180度回して後方を確認する……よし、後ろには誰もいない。そろそろ彼に事情を聞くとしようか。


「私はデュードネ・フォン・ヴィリエだ」

「私はアニエス・フォン・ファルラッハと言います」

「……シグネだ」

「その名前……貴族なんですか?」


 自己紹介をする私たちを、不思議そうに少年が見る。


「彼女は正真正銘の貴族だ。私も体はともかく、心は貴族。故あって今は公の場には出られない身だが……」

「体は……?」

「うむ、それがな……」

「ちょっと!」


 アニエスの美しい瞳が私の金属の体を射貫き、たしなめた。確かに、今の私の体のことを明かしても、話をややこしくするだけか……。


「……で、君はゴロツキどもに何を頼もうとしていたのだ?」

「魔族軍の兵隊が盗賊として暴れ回っているんです。週に一度僕らの村に来るのですが、もう差し出す家畜もほとんどいません……次は、きっと僕たちが食べられてしまいます。だから……」

「私の記憶が正しければ、北の土地はイクバール公爵が収めていたはず。彼に助けは求めなかったのか?」

「それが……村の大人たちが行ったところ、僕らの村に送れる兵隊はいないと」


 私は頷いた。今のミーリア軍、及び貴族達の統治が精彩を欠き、民を苦しめているのだ。それはすなわち、私に責任があるも同じ。……どれ、貴族として、人肌脱ぐとしようか。


「よし、それならばこの私が……」

「駄目だ。奪われるのは、そいつらが弱いからだろ? ほっとけよ」

 決意に満ちた私の返事を、シグネの冷たい声が遮った。


つづく


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