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婚約者との再会

 砂漠の遺跡目覚めて以来、初めて私は興奮していた。美しい婚約者と再会できたのだから、無理もない。

 

「アニエス、君はどうしてここに? こんなゴミ溜めは、君には似合わない……」


 壁越しに、私はアニエスへと話しかける。


「どうしてって、あなたが死んだからですよ! いや、生きていますけれど……」

「いや、私も少し前まで眠っていたというかなんというか……説明が難しいな……」

「本当に何も覚えてないんですか? ……この2年の間で、跡継ぎのいなくなったヴィリエ家はお取り潰し。財産と領地は王国の所有物になりました」


 衝撃的な事実と共に、アニエスの大きなため息が聞こえてくる。私は、思わず壁に向かって叫んでいた。


「に、にねん!? 取り潰し!? どういうことだ!」

「どうもこうも、今お話しした通りですよ! そのせいで私は……」

「君は?」

「領地に戻った後の私は、しばらくはいつも通りの日常を過ごしていました。ですが、先日我が領地から首都へ向かう途中、魔族の襲撃を受けたのです。なんとか逃げ延びたものの、途中で盗賊に捕まり……こうして売られようとしています」

「信じられん……最後に覚えているのは……パーティ会場でシャンデリアが落ちてきたときのことだ」

「はい。あなたは私を庇って……その、亡くなったとお聞きしましたが……生きていますね」


 そのとき、薄暗い廊下に足音が響いた。

 このまま溶かされ、ごろつき共の使う剣に生まれ変わるのが私の人生(機生)なのか……?

 などと考えていると、鉄の扉が開き――


「おい、出ろ。行くぞ」


 声の主は、シグネだ。心なしか、これまでよりも焦っているように見える。


「お前が私を解体するのか?」

「そうしたいのは山々だけどよ……お前を連れてこいって言われたんだ。アタシの師匠にな。そのあとは自由だ」

「師匠? またそんなウソをついて、もっと高値で売れる場所が見つかっただけだろう? まあいい! どうせ私は家名も領地も財産も失った元貴族。価値がつくだけでも……」

「あーもー、うるせえなあ! バラバラにされたいのか、外に出たいのか、どっちだ!」


 どうせ行く当てもないのだ。解体されるよりは、僅かな自由に賭けてみるほうがよっぽど良い。私はシグネについていこうと思った。が……。


「ちょっと待った。この部屋にいる女性もだ」

「こんなとこに知り合いでもいたのか?」

「ああ。昔の婚約者だ」

「へえー。不思議なこともあるもんだな」

「彼女はこんなところにいていい人間ではないし、ここにいるのは私の責任でもある。」

「……ま、それは今後お前が稼いでなんとかしてくれ」

「いいや! 彼女を出さないなら、私もここを動かん! それがお前に付いていく条件だ!」


 そのとき、ポンという音が暗い廊下に響いた。

突然空中から筒が現れ、シグネの頭の上に落ちたのだ。

シグネが思わずうめき声を上げた。筒が頭に落ちたことに対してではない。おそらく、この筒の送り主が、彼女の恐れる“師匠”なのだろう。

シグネは筒を開け、中に入っていた羊皮紙を広げると、しばらく目を見開き……ため息をつく。


「はぁー……おいおっさん、この部屋のやつもだ! 言い値でいいぞ」

「礼儀と品があり、魔法も使いこなせる上玉だ。高いぞ?」


 受付の方から、男の声が聞こえてくる。


「もったいぶるな。早く言えって」

「100万……だな」


 男は受付に座ったまま、法外(私にとってはそうでもない)な値段を言い放つ。だが、シグネは表情を変えない。


「わかった。ここまで計算通りかよ……」


 シグネが筒を逆さに振ると、中からずっしりと金貨の入った袋が現れる。どうやって収納していたんだ……?


「ああ、ウチの師匠の得意技なんだ」


 表情のわからない機械人形の顔でも、驚きと疑問が伝わっていたらしい。なるほど。この手の魔法使いは見たことがなかったな……。


 そうしてシグネは100万ディールを出し、受付の男の持つ鍵と交換した。私は彼女から渡された扉を開け、いよいよ婚約者との対面を果たす。


「アニエス、待たせたな! ここを出るぞ!」

「デュードネ様……って、機械人形!?」

「ま、待て……!」


 瞬間、アニエスがかざした手の平が輝き、閃光が放たれる。全身に電撃を流された私は、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちた。


「わ、私は……デュードネ・フォン・ヴィリエ……だ……愛する婚約者のために……このように下賎な盗賊に頼み込み……私の器の大きさ……」

「本当にヴィリエ伯爵……? す、すみません……」

「いやー、大したもんだな、本物の貴族様は。杖なしでこの威力が出せるなんて」


「めふぁめふぁらふぃふぁいふぃんふょうふぃ……ふぃふぁふぁふぃふぁふぃんふぃふぁたいふぁふぁしふぇす(目覚めたら機械人形に……にわかには信じがたい話です……)」


 “宿”を出た私たちは、町中を歩いている。

 市場で買った魔物の干物を頬張りながら、アニエスは眉間にしわを寄せる。

 シグネは、そんな彼女を魔物でも見るような目で凝視している。


「ほんとに食うやついたのか」

「んっ……」


 魔物の干物を呑み込み、アニエスが答える。


「魔力を大気中から取り込むために、代謝が加速しますからね。どんなものでも食べなければいけません。あなたは食べないんです?」


 頷くシグネ。ああそうだ。アニエスはとびきりの悪食でもあったな。だが、久々に見る君は、そんな姿も美しい……。


「私もだ。この薄汚い盗賊の少女が、私を発見して売り飛ばそうとしなければ、どうなっていたか……下賎な者に助けられるのは本来貴族の仕事ではないが……このような状況ともなればやむを得なかった」


 アニエスが咳払いをし、シグネの方を向いた。


「ええと、“助かった。ありがとう”と言っています」

「よくわかるな……流石婚約者だ」


 思わず私もうなずいた。


「最初は驚いていたようだが、この身に宿る美しい魂を感じ取るとは、流石にファルラッハ家の令嬢だ。私への想いの強さもわかるな」

「いや、私は私はこの動乱の時代、お家と安寧な生活のために婚約を承知しただけです。あなたへの想いなんてものは、そもそもなくてですね……」

「ははは、面白い冗談だ」

「おめでたいやつだな、まったく……」


 ため息をつくシグネに私は疑問を投げかけた。


「ところで、ここからどこへ向かうんだ?」

「ここから内陸部に移動するんだ。北にしばらく行って、魔族領の近くにあるポール山脈を目指す。婚約者のアンタも、そこまではついてきてくれ。師匠が会いたがっててな」

「私はいいが、彼女は故郷に帰してやってはくれないか? 家族も心配しているだろう……」


 シグネの提案を私は却下する。


「いえ。このまま帰っては、私を襲撃した魔族に手ずから裁きをくだすことはできません。今の領主は兄ですから、手紙を送っておけば大丈夫でしょう」

「そ、そうか……彼も苦労をするな」

「しばらく付き合ってもらうぜ」


 アニエスは、意外にも乗り気であった。そういえば、10年ほど前に亡くなった彼女の父は、戦場では好戦的な将として有名であったな……。


「君の“師匠”とやらは、我々をどうするつもりなんだ?」

「うーん、いろいろ試したいんじゃないか? カタコトで喋る機械人形はいるが……お前みたいにはっきりとした感情を持ってるってのは、見ないからな」

「ふーむ……」

「師匠のことだ。興味を持ったんなら、ぶっ壊しはしないだろ。一回バラバラにして組み立て直す……くらいはあるかもな。で、自由になった後はどうするんだ?」


 私はシグネの不穏な一言を聞かなかったことにしつつ、夢を語った。


「こうして婚約者も見つかったことだ。各地で魔物に怯えている者を助けながら名声を取り戻し、礼の品を貰い、財産を築いて貴族に返り咲く! これ以外にない!」

「私を襲った魔族を始末した後は、また故郷で静かに暮らしたいですね……」

「ふうーん。ま、頑張れよ」


 夜空を見上げると、砂漠の月明かりが我々を祝福するように照らしている。それを見て、私は世界が自分の味方となっている気がした。



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