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砂漠の町で私の価値は?

 人と魔族が覇権を争うマタワルド大陸。自然に溢れたこの大陸だが、唯一の例外が、中心にあるドルネイ砂漠だ。荒れ果てた砂漠の中には僅かな古代遺跡と、危険な魔物が闊歩しており、土地としてのうまみはない。そのため、魔族との争いは常に南北の土地の奪い合いが主になっている。

 そんなドルネイ砂漠と、ミーリア王国領の境界線にある町が「サンパレス」だ。

 サンパレスは、砂漠を通って密輸された魔族にまつわる物品を扱った闇市の収益で巨大化した町であり、賞金稼ぎや盗賊など、あらゆる裏稼業の者が集まる土地……らしい。というのも、実際に訪れるのは私も初めてなのだ。以前はもっぱら緑溢れる我がヴィリエ家の領地と、戦場を往復する日々だったのだから。


 今、私はシグネと共にサンパレスの市場を歩いている。市場の人間が売っているのは、明らかに盗品と思われる王国軍の鎧や、大量に羽虫がたかっている魔物の干物など、首都や我が領地で売れば、即座に縛り首になるようなものばかり。


「うーん……シグネ、君たちはあんなものを食べるのか?」

「んなわけねーだろ。魔物を食う趣味はないぞ」


 だが、砂漠の魔物を狩る密輸業者が存在することで、砂漠から王国領への魔物の流入を防いでいるという側面もある。そのため、少しでも戦場に兵を投入したいミーリアは、明らかに領地に害を及ぼさない限り、この薄汚い町の所業に目を瞑っているのだ。

サンドワームの口内に入った時に続いて、またしても私はこの機械仕掛けの身体に感謝をした。汗と垢と、腐った魔物の肉の刺激臭が充満したこの空間に入るなど、生身ではとても耐えられない。


「……で、なぜ私はこんなぼろ布を身に纏わなくてはならんのだ?」

「いくらこの町でも、機械人形がうろついてたら大騒ぎだ。でも、ぼろ布を着た怪しいやつならいくらでもいる」

「不服だが……やむを得んか。しかし、いくら私の名前が王国全土に響き渡っていると言っても、こんな地区に私の素性がわかるものはいるのだろうか」

「いや、気が変わった。今日はここで一休みして、明日町を出よう。あんたの領地まで連れてけば、杖代もなんとかしてくれるんだろ?」

 

 私は頷く。


 シグネに導かれるまま、私は市場を抜け、裏通りへと入っていく。

 裏通りは、地面に寝ている者や、殴り合いの喧嘩をしている者など様々だ。


「おい嬢ちゃん、どっちが勝つか賭けねえか」


 殴り合いをしている男たちの前で、通行人達から賭け金を募っている男が、シグネに話しかけた。それを無視して彼女は歩を進める。普段の乱暴な口調が示す通り、この少女はこういった空間が慣れっこなようだ。

 裏通りの角にある、薄汚れた建物の前でシグネが止まった。


「着いたぞ」

「これが……宿か」

「嫌なら、ここで野宿するか?」


 シグネは路地裏で呻きながら倒れている人に目をやる。私は首を横に振った。

 “宿”の中は、外観同様薄汚れている。ひどいものだが……今日一晩我慢すれば、明日には領地に帰れるのだ。


「頼むぜ」


 シグネがそう言うと、受付に座っていた男が無言で頷く。


「おい、それ、ここでは脱いでいいぞ」

「ん? そうなのか……」


 私はボロ布を脱ぎ、機械人形の骨格を露わにする。


「ほう……」


 男が感嘆の声を上げる。こんなところでも、こんな姿になっても、私の威光は伝わってしまうわけだ。


「突き当たりの部屋だ」

「着いてきな」


 シグネに手招きされ、金属製の扉が並ぶ薄暗い廊下の奥を進んでいく。治安の乱れた場所だ。宿の扉もこのくらいでないと不安なのだろう。哀れなことだ。


「ここが私の部屋か……」


 鉄の扉を開けると、部屋の中は、シミだらけのベッド、ヒビの入った壁、そして、隅にはおそらく排泄に使うであろうバケツ……もはや不潔という言葉では足りない。本当に機械人形の身体で助かった。あのバケツで粗相をするなど耐えられん。

 などと考える内に、後ろで扉の閉まる音がした。


「んじゃ、これでお別れだ。せいぜいいいパーツになってくれ」

「ああ……ああ?」

「傷みの少ない機械人形は高く売れるんだ。溶かすといい金属がとれる。じゃ」


 シグネが廊下を去って行く音が聞こえる。ま、まさか私は……売られたのか?


「おい! ちょっと待て! 杖をやると言っただろ!」

「大丈夫だ! お前のお陰でいいのが3本は買えるからな」

 

 受付の方から声が聞こえる。


「信じた私がバカだったか。くそっ!」


私は思いきり扉に体当たりをしたが、びくともしない。


「この部屋、硬質化の魔法が掛けられているようです。魔法を使っても破れませんよ」


 隣から、女性の透き通った声が聞こえる。


「あいにく……普通の身体とは違うのでな!」


もう1度体当たりをするが、扉はびくともしない。仕方がないので、扉の覗き窓から叫ぶことにした……。


「おい! 出せ! 出さんか! 我がヴィリエ家の屋敷から一つ……いや二つ、好きな家宝を持っていってもいい」



「今、ヴィリエ家と言いましたか!?」

「そうだ! 我が一族に伝わる秘剣、指輪、売れば孫の代まで遊んで暮らせる代物だ! ……何?」


 隣の牢から、聞き覚えのある声が……いや、まさか。そんなことは……。


「ああ、いかにも私はヴィリエ家の当主デュードネだが、その声……」


「やけにダミ声になっているけれど……その鼻につく喋り方……やっぱりそうですね! 私です! アニエス・フォン・ファルラッハです!」


 私は……麦畑のように輝く金髪、彫像のような端正な顔立ち、そして、豊麗に成熟した身体。この、山の清流のように澄んだ声の持ち主こそ、アニエス・フォン・フォンラッハ……彼女は我が一族と同様にミーリア王国内で強い権力を持つ貴族・ファルラッハ家の令嬢にして……私の婚約者だ。


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