寝起きの機械人形VS砂の王
機械人形として目覚めた私は、墓荒らしの少女・シグネと共に、サンドワームと対峙している。
この大きさは……魔族の手にも負えない個体だ。ここで我々はサンドワームの餌食になってしまうのか……? いや、そんなことがあってはならない!。
「おい、なんとかならぬのか!?」
「逃げるしかねーよ!クルーア! 来い!」
シグネがそう叫ぶと、四足歩行のオオトカゲが我々の元に駆け寄ってくる。軽やかにオオトカゲの背に飛び乗るシグネに、私も続いた。
「……なんでお前も乗ってんだよ!」
「当たり前だろう!命の危険が迫っているのだ!早く出せ!」
「命ったってお前、機械人形だろ? ああくそ!」
シグネが手綱を振るうと、クルーアは凄まじい勢いで砂漠を駆け始める。しかし、サンドワームも久々の餌を腹に入れようと必死なのだろう。巨体に似合わぬ速度で魚のように砂中を泳ぎ、我々に迫ってくる。
「このままでは食われるぞ! どうするつもりだ!」
「耳元で怒鳴るな! うわっ!」
サンドワームが、口から緑色の閃光を放った。幸い閃光は我々には命中せず、砂漠の表面を溶かして……いや、これは閃光ではない。おそらくはヤツの体液だ……。
「調子に……乗るな!」
そう叫びながら、シグネは袖から杖を取り出し、背後に迫るサンドワームに火球を放った。だが、分厚い皮膚に当たった火球は霧散し、砂漠の王の動きを止めるには至らない。
「チッ、やっぱり駄目か……。おい、お前なんかできないのか? 機械人形なんだろ?」
確かに私の肉体は多少の魔法では傷一つつかない丈夫なものとなり、以前とは比較にならない身軽さも手に入れた。だが、あの大きさの魔物相手となると……。
「どんな魔法でもあいつの分厚い皮に弾かれちまう!」
丈夫な皮……そうか。いや、しかしこれは……まあ、仕方ない、な。
「少し借りるぞ」
私は、シグネから杖を拝借する。
「おい、返せよ! 返せったら! この〇×△! ※☆!」
シグネがここには記せないような罵詈雑言を吐きながら私の背中を叩いている。だが、彼女に私の策を説明する暇はない。そもそも、庶民の物は、いつの日か貴族に献上するためにあるのだから、文句を言うのは筋違いというものだろう……まあ、無事に領地に帰れたときに返してやろう。
「あまり騒ぐな! この程度の石、3倍にして返してやるわ!」
そう叫んでいる私に、大量の砂が降りかかってきた。いよいよサンドワームは我々を腹に収めようと迫ってきたのである。
「では、また後でな!」
私はクルーアの背に立ち……サンドワームの口へと飛び込んだ。
「なっ! いくら機械人形だからって……」
サンドワームの口内は先ほど我々に放った体液まみれだ。金属で出来た体から煙が上がり出しているが、これは表面の砂が溶けているだけだ。
そもそも私が栄養になるとは思えないのだが、反射的な動きだろう。続いて口内が収縮しだし、壁面にびっしりと生えた歯が、私を砕こうと迫り来る。
その最中、私はシグネの杖をサンドワームの喉(サンドワームの生態には詳しくないが、おそらくは喉だ)に投げ込んだ。数瞬後に喉の奥から爆発音が轟き、体内を覆い尽くす。
「グオオオオオ!!」
直後に、私の体は口内から吐き出され、砂漠の地面に叩きつけられた。いくらあの巨体でも、食道に大やけどを負ってはたまらないだろう。
「お、おい! 大丈夫か!?」
顔を上げると、砂中に潜り込んでいくサンドワームの巨大な胴体……そして、クルーアを降りて私に駆け寄るシグネの顔が見えた。
「ああ……なんとかなったようだ」
「ほれ、これお前のだろ?」
シグネが差し出してきたのは、機械人形の左腕だ。よく見れば、私の左腕もないではないか。落下の衝撃で取れていたのか……無茶をしすぎたな。
「よくあんなことする気になったな……」
私は左腕を肩にはめながら、優雅に答える。
「いや何……賤民共から税金の徴収を行うのと同様、命を脅かす外敵から守るのも貴族の役目。それは君のような下賎な者であっても例外ではないさ」
シグネがため息をついた。
「なんか腹立つな…」
「それよりも、だ。助けてやったからには、遺跡の外だけでなく、近くの町まで連れて行ってくれてもいいだろう?」
「まあ、しょうがねえな。……杖はぜってー弁償しろよ!?」
私は頷いて答える。それを見て、シグネは軽やかに跳ね、クルーアに飛び乗る。
「ここから一番近いのはサンパレスだ。とっとと乗れよ!」
シグネと共にクルーアに乗り、私は一路砂漠の町へと向かった。
つづく