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棺で目覚めた日(後編)

 信じられないことだが、貴族であった私……デュードネ・フォン・ヴィリエは、目を覚ましたとき、機械人形(オートマタ)になっていた。


 今は、私を起こした少女と、一面砂だらけの砂漠に立っている。

 一瞬、その身体能力に浮かれてしまったものの、古代遺跡を守る感情のない機械人形(オートマタ)の体では、民の支持も望めまい。さて、どうしたものか……。


「ほ、本当にドルネイ砂漠か?」


 遺跡を荒らしていた少女……シグネが私の方を見る。


「さっきも言っただろ? 故障か?」

「自分の目で見るまではわからんだろう! ついさっきまで、私は領地にいたのだから……」

「ま、どーでもいいけどよ……」


「……おい、そこの二人、手を上げろ!」


 そのとき、野太い声が砂漠に響き渡った。

 振り返ると、大男と小男の二人組が、杖をこちらに向けて近付いてくる。


「……戦利品とその機械人形(オートマタ)を置いてってもらおうか!」


 察するに、野盗だろうか。


「……悪いけど、大したもん入ってないぞ? 機械人形(オートマタ)は好きにしてくれ」

「なんだと!? 連れて行くと行ったではないか」


 杖とズタ袋を砂漠に投げ出しながら、シグネは首を横に振る。


「別に金が貰えるわけでもないしな」

「礼は弾むと言ったろうに!」


 大男は、杖を構えたまま、首を素早く動かし、小男に指示を出した。


「ウェール。さっさと杖と荷物を奪え」

「へ、へい! キースの兄貴」


 ウェールと呼ばれた小男が、杖を持ったまま我々に近付いてくる。


「へえー、こんな大人しい機械人形(オートマタ)初めて見たぜ」


 ウェールは、ニヤニヤと笑みを浮かべて、私の身体を舐め回すように眺めている。この身体になっても、私に秘められた本質的な価値はわかってしまうものか……。


「どうもおかしいと思った! 兄貴、やっぱりコイツ、人並みに口を聞いてますよ! 売り飛ばすより見世物にしたほうが……」

「ウェール!」

「へいへい……」


 大男(キースと呼ばれていた……)にたしなめられたウェールはシグネの杖を拾い、目を見開き、次に口を開いた。


「兄貴、このガキ……ガラクタはたくさん持ってますけど、杖もガラクタだ! “石”が嵌まってませんよ!」


 いや、それはおかしい。私はさっき、火球を食らったはず……。


「なに……?」

「こいつ、いかにも貧乏臭いから売っちまったんですかねえ……」

「なわけねーだろ、バカ」


 ウェールが大男の方を向いた瞬間、シグネが蹴りを放った。彼女の足先が側頭部に命中した瞬間、糸の切れた人形のように倒れるウェール。その素早い身のこなしは、まるで猛獣のようだ。


「ウェール!」


 キースが叫ぶ間に、シグネの懐から火球が飛び出す。

彼女が握っているのは、羽根ペンほどのサイズまで切り詰められた杖。その先端には、橙色に輝く“石”がはめ込まれている。

 木や魔物の骨など、我々の体内に込められた魔力を増幅する素材で作られている杖は、長ければ長いほど、杖の先端にはめられている魔法の記憶が刻まれた“石”から放たれる魔法の威力が高まっていく。

 しかし、長い杖を持ち歩くということは、戦いの際の動きを制限されることでもある。

 そのため、町中や酒場など、狭い場所での不意打ちで勝負を決めるゴロツキたちは、極端に短い杖を使用することが多い。

 確かに合理的ではある。……が、私に言わせてもらえば、とても品のある戦い方とは言えない。私の杖は先祖が打ち倒したというドラゴンの骨を削り出して作られたそれはそれは美しいもので……いや、この話はまたにしよう。

 

 シグネが素早く放った火球を、キースは杖で弾いていた。ん? よく見ればあの杖は……。


「……アンタ、こいつを連れてとっとと帰りな」


 シグネが杖を向ける。キースも、杖を握る手に力を込めている。


「そうはいかん……生憎、こちらも食い詰めていてな……」

「やっぱりな……」


 大男の握る杖を指さして、シグネがにやりと笑う。


「アンタ、脱走兵だろ?」

「ば、馬鹿な。そんなわけがあるか!」

「綺麗に手入れされたミーリア軍のイ式戦杖だ。そんなもん持ってると、逆に襲われるぞ?」


 やはりそうか! ということは、この男は私の顔も知っている……!


「お、おい! 私はミーリアのヴィリエ家当主・デュードネだ! 本来なら死罪だが、この際だ、脱走の罪は赦す。私を領地まで連れ帰ってはくれないか!? 礼は弾む。この少女も好きにしろ!」

「勝手なこと言ってんじゃねえよ」

「デュードネ……だと?」


 男の目つきが変わった。これは……


「デュードネ家の連中の搾取のせいで、俺は妻子に逃げられたんだ! ……なぜ機械人形(オートマタ)風情ががそこまで知っているかは知らんが、叩き壊してやる!」

「馬鹿な、私は人間だ!」

「どう見ても機械仕掛けだろうが!」


 やはり、心は大貴族でも、この体では信用を得られないか……。とにかく、交渉は大失敗だ。私と大男“キース”の間に挟まれる形となったシグネが、私の方を振り向き、睨んでいる。


「怒らせてどうすんだよ!」

「いや、こんなはずでは……ん? ま、待て、なんだこの音は!」


そのとき、砂漠の地面が割れ、衝撃と共に巨大な影が飛び出した!


「まずい! 起きろウェール!」

 

 キースがウェールを抱えて走り出す。

 私も、反射的にシグネを脇に抱え、飛び退いていた。やはり、凄まじい跳躍力だ。


「外まで案内してもらった借りは返したぞ」


 だが、シグネは私の言葉など聞いていない。その目は、地面から飛び出した“影”に向けられている。


「チッ、長居しすぎたな……迂闊だった」

「……あれはなんだ?」


 地面から天まで伸びた巨大な影が、私とシグネの方を向く。

 巻き上がった土煙が落ち、次第に影の正体が露わとなっていった。

 手足のない長大な胴体……その顔に目はなく、円形の巨大な口が我々を覗き込んでいる。


「ありゃあ……サンドワームだ」



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