棺で目覚めた日(前編)
私の名前はデュードネ・フォン・ヴィリエ伯爵。ミーリア王国の名門中の名門一族に生まれた、大貴族だ。
この家に生まれた私は、幼少時から立派な貴族になるための修練に励み、成人後は若き当主として奮闘してきた。
ヴィリエ家は、ミーリアの王家と共に現在まで続く魔族との戦いに挑み、数多くの英雄を輩出してきた名門中の名門である。その末裔である私も、当然文武両道。才気に満ちあふれ、英雄としての資質を兼ね備えていた。
これまで私は、戦争での活躍はもちろん、領地に住む賤民共からの税金の徴収や、不穏分子の鎮圧など、あらゆる仕事で成果を挙げてきた。
が、そんな幸せな日々も先日までのこと。婚約者を招いての舞踏会のさなか、不幸な私の頭上に、シャンデリアが落下してきたのである。その程度の飛来物、普段はなんなくかわせる私であったが、酒の影響で数瞬反応が遅れたことで、哀れにも下敷きとなってしまった。
……気を失った私が目を覚ますと、そこは暗闇の中。空腹にも眠気にも襲われないが、動くことも出来ない。
私の視界に広がる闇、闇、闇……退屈で仕方ない。ああ、早くこんな暗いところから出て、シャトー・ヴィリエの128年物ワインを飲み、睡魔の訪れと共にハーピィの羽で作られたベッドで眠りに就きたい。貴族の平穏な休日とは、闇の中でじっと過ごすことではないはずだ。
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そんなことを考えていると、外で物音がした。誰かの遺体を運び入れに来たのだろうか。出してもらうなら、今だ。
「おい、出してくれ! こんなところに私がいるなど、何かの間違いだ!」
私は叫び声を上げた。老人のような、低くしゃがれた声が空気を震わせる。昔は宮廷内ですれ違う者たちに美声と褒め称えられたものだが――しばらく声を出さないと、こんなにも人の声とは劣化するものか? 嘆かわしい……。
「誰だ……?」
女の声が聞こえた。
「私はミーリアのヴィリエ家当主デュードネ伯爵だ! 名前くらいは知っているだろう! 開けてくれ!」
何かを叩きつける音が聞こえた後、視界が開け、薄汚れた石作りの天井が入った。どうも、私は棺に入れられていたらしい。ああ、久しぶりの外の空気……。
次に視界に入ったのは、少女だ。
銀色の髪に、鋭い目、その中でキラキラと輝く瞳、整った鼻筋、小柄で細身の身体は、ネコ科動物を彷彿とさせる。宮廷にいても、貴族の女たちに決して見劣りはしないだろう。
「ああ? なんだお前……」
今のは訂正する。いくら美女の資質があっても、このような口汚い物言いでは台無しだ。それに、よく見れば纏っているローブも、顔も、無造作に一つ結びにした髪の毛も汚れている。背中には魔法の杖とガラクタが詰まったズタ袋。
しばらく棺の中にいたことで、私の目が曇っていたのであろうな。察するに、墓荒らしだ。
このような下賎な者と関わるのは抵抗があるが……助けて貰ったのだから、礼くらいは言うのが道理であろう。私は棺から出ることにした。
「すまない。助けられたな。私の名は……」
立ち上がり、少女に近付いた瞬間……私の頭部に衝撃が走り、視界に煙が上がった。
少女が火球を放ってきたのである。
本来ならば、私の顔は黒焦げになっていてもおかしくはない。だが、このときの私は、痛みも熱さも感じなかった。
「んん? やけに丈夫だな…」
「な、なにをする!?」
私もとっさに彼女に手のひらを向けた。貴族の私は、杖なしでも魔法を放つことができる。棺に閉じ込められ、体力は落ちているだろうが、彼女を撃退するくらいは……!
私の動きを見て少女は身構える。……しかし、私の手からは火球も、稲妻も、氷柱も放たれない。
「……?」
少女は首をかしげる。
「やけに流暢に喋る機械人形だなー。やたら頑丈だしよ……」
「機械人形だと!? 私のどこがそう見える!」
「眠りすぎてぶっ壊れたのか? 自分の顔、見てみろよ」
機械人形とは、機械仕掛けの人形だ。
この大陸の各地にある遺跡を徘徊しており、入ってきた物を容赦なく攻撃する。学者たちが言うには、かつてこの大陸に住んでいた人々の命令を、主が滅んだ今でも忠実に実行し続けている……らしい。
少女指指した水たまりを覗き込むと、そんな機械人形の顔があった。
本来ならば、狼にも例えられる精悍な顔が映るはずなのだが……。
人の頭蓋骨を模して作られた金属製の顔の表面が、遺跡内部の僅かな光を反射している。目玉の代わりに収まっているのは、ぼんやりと青く光る透明の球体……どう解釈しても、私の本来の顔とは違う。
先ほど少女に向けてかざした手のひらも、よくよく見れば金属製の骨格になっているではないか。指の動きに連動して、いくつもの小さな歯車が回っている。
「ッ! 私を誰だと思っている! 惑わせおって、ただでは済まんぞ! 魔法ならば早く解け!」
「アタシはそんな器用じゃないよ! なんなんだお前……」
「ん? いや待て!」
“体”を動かしていて気付いたことがある。元々運動には自信があったが、今の私は前にも増して身体が軽い。試しに金属で作られた膝の関節を曲げ、思い切り飛び跳ねてみよう……。
「おおっ!?」
軽く力を込めただけで、自分の身長分は飛ぶことができるではないか。
「こ、これが本当に私の力か!? すごい、すごいぞ! 英雄と謳われた我が先祖も、ここまでの身体能力は持っていなかったはず!」
「機械人形ならそんなもんだろ」
私は、棺に腰掛け、あくびをしている少女に疑問を投げかける。
「はしゃぎすぎてしまったな……で、一体ここは何処の遺跡だ?」
「ドルネイ砂漠のど真ん中にある遺跡だ。お前の方が詳しいんじゃないのか?」
「いや、だから私はミーリアの貴族で……」
「ヴィリエ家の名前くらいはアタシも知ってるけど……機械人形の領主なんて見たことないぞ」
彼女のような下賎な者は、貴族の価値を理解できない。それは私にもわかっている。だが、どうやら私の身にとんでもないことが起きているのだ。普段のように下々の者の無知を受け流す余裕はない。
「私は間違いなくデュードネ・フォン・ヴィリエ伯爵だ! ただ、領地に帰りたいだけなのだ。場所を教えてくれれば礼はする!」
私は思わず頭をかきむしろうとしたが、指はむなしく頭部の表面をつるつるとすべるだけ。
「はしゃいだり怒ったり忙しいやつだな……アタシを襲う気がないってんなら、この遺跡の外まで連れてってやるよ。そこからは好きにしな」
「おお、流石は……名をなんと言ったかな?」
「シグネだ。早く来いよ」
手招きするシグネに導かれ、私は遺跡の廊下へと出て行く。
薄暗い遺跡を抜け、門をくぐると、目の前には地平線まで広がる砂漠が現れた。
つづく