3.頼りになる鶏さん
それからどれだけ待っても、家の持ち主は現れなかった。陽は落ち、辺りが暗くなると更に不安は増してくる。目に見えないものが増えていく恐怖と空腹での体力減少。あり得ない出来事に遭遇している精神的疲労はピークに達し、意識が朦朧としてきた。
折角助かったと思った命は、やはりここで尽きるのだろうか。
山で遭難した人はこんな気持ちなのだろうか。
ただ、逃げ込める場所がるだけマシなのだろうか。
勝手に家を漁って食べ物食べて、泥棒と間違えて殺されたりしないかな?
・・・どの道殺されるか、餓死するか、結末が大して変わらないのなら、今をどうにかしたい。
家に入って、何かないか探そう。
そう思って顔を上げた時、鶏と目が合った。
ん?
コケッ。
うん。
コケッ。
うう~ん。何が言いたいのか、わからない。
ただついて来いと首を振った気がしたので、付いて行ってみることにする。卵があるなら、ラッキーだ。
促される様に付いていくと、鈴なりに成っている果物を発見した。
「これを食べていいの?」
コッコ。
見た目は林檎ぽい。一つ熟してそうな物を取ってみる。
匂いを嗅ぐと間違いなく林檎。紅くないから、黄色い林檎の種類なのかもしれない。
一応毒見もかねて、ほんの少し前歯で齧る。7人の小人がいる物語じゃないのだから大丈夫と思いながら、それでもここに居た時のことを考えると、体質が合わないとかあってはいけない。
慎重に慎重を有するぐらいがいい。
10秒ほど噛むこともせず、口の中に入れているが、問題ない気がする。
次の段階として、口の中の欠片を噛んでみた。
甘い!
角砂糖より小さく噛み切っただけの、欠片に過ぎないなのだが、それだけで存在をありありと主張していた。
無我夢中で齧り付いた。
こんな食べ方、子供の時でもしたことがない。だけどナイフで切って食べようにも、普段からそんな物騒なものは持っていないし、それよりもなりより、今!食べたかった。
芯だけを残して食べきった後、もう一つ手に取って食べる。
今度は先ほどよりは味わって、一口一口食べてみた。
幸せの味だ。
先ほどまで死ぬまでの道筋しか考えられなかったのに、今はこれからどうやって過ごしていこうかなんて、生きることを考えている。この林檎が凄いのか、空腹がダメだったのかはわからないけれど、これでいいのだと思えたから、今日はこれでいいとしよう。
「鶏さん、ありがとうね」
コッコ。
取り合えず満腹とまではいかないが、気持ちの上で落ち着いたのでこれからのことを考える。目下の悩みは寝る場所だ。
「ねえ、鶏さん。この家の主さんはいつ帰ってくるの?」
コッ。
短い鳴き声の中に、何やら哀愁を感じる。鶏から哀愁を感じるとか、なんだろう。
「わからない、ってこと?」
コッコ。
首を振りながらの返事ということは、わかるけど、違うっていう意味?
「今日は帰ってこない?」
コッコ。
「そうなんだ。じゃあ、明日は帰ってくる?」
コッ。
「帰ってこない?じゃあ、あれ?でも、誰もいない?」
コッコ。
鶏さんが言うには、誰もいないという。
ただこんな摩訶不思議な状況で、話せるというか会話するというか、果たしてこの解釈があっているのかさえ全くわかっていない。というか、会話になっている風だけど、独り言と変わらない気もする。
でもまあ、いいように考えよう。食べる物も教えてくれたし、返事もしてくれる素敵な鶏さんがここには誰にもいないと言っているのだ。有難く今日は泊まらせてもらおう。
正直、今日はもう何も考えたくない。
きっとこの家は状態維持の魔法か魔術が掛かっているために、ずっと綺麗な状態に違いない。
明日起きてから周りの状況を観察して行こう。
正直真っ赤な月らしきもので照らされているこの状況が、落ち付かない。
その月らしきものは、今にもそこから何者かが這い出て来て、襲ってきそうなぐらい大きく見えるのだ。
魔の時間、ストベリーナイト。
そんな言葉だけが浮かぶ。
星の位置がどうかとか、全くわからないから確認しようがないけれど、大きさだけで考えても地球ではあり得ないのだ。
「鶏さん、とりあえず家で休ませてもらうわね。鶏さんも一緒にどう?」
コー・・・。
コッコ。
これは了承でいいのだろうか。
仕方なさそうにあたしを見て、付いてきなさいとばかりにドアの方向に向かった。
「ありがとう!」
怖いから鶏さんに委ねるのもどうかと思うのだが、一人でいるよりも絶対に安心する。
ドアを開け中に入ると、ぽわんと温かな灯が自動で点いた。
それだけでホッとする。
鶏さんは勝手知ったる家のようで、トコトコと奥に進んだ。
鶏さんの後を、恐る恐る進む。
鶏さんがここに座れとばかりにソファに飛び乗り、羽でポンポンと叩く。
「ここに座ったらいい?」
コッコ。
とても柔らかな感触で、一度座ったら立ち上がりたくなくなる。これは人をダメにするクッションと同じ系統かも。
ぼんやりと感触を楽しんでいるうちに、鶏さんは黄色い毛玉、ひよこたちを連れてきた。
「か、可愛い!」
コッコ!
でしょ!とばかりに少し胸を張った鶏さんが、凄くかわいい。
黄色い毛玉ことひよこさんは、あたしが珍しいのか足元をチョロチョロと動き回っている。
コッコ。
「ううんと、この子たちと一緒に居てもいいってこと?」
コッコ。
「ありがとう!」
ひよこさん2匹の前に両手を重ねて差し出せば、その上にひょこひょこと乗ってきた。
おおっ!確かな歩みに、揺れる黄色い毛玉、つぶらな瞳。スリスリしちゃう。
あ、鶏さん。ごめん。
コー。
呆れた声を出されたけれど、怖い夢を見ないで寝れそうなので、これでいいのだ。
ぴぃ、ぴぃ。
ひよこちゃんたちが可愛く鳴いたところまでは記憶があるが、気が付けば鶏さんの朝鳴きで目が覚めた。
コケッコー―――――――!
ひよこの鳴き声には、睡眠を促す効果があるに違いない。
きっとそうだ。
昨日死にそうになったというのに、
あたしの警戒心どこ行った・・・。
異世界らしい場所で、二日目の朝が始まった。
読んで頂き、ありがとうございました。
ブックマークで、やる気が上がっています!
嬉しい。