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乞食王国の姫君  作者: Sana
1章
18/20

第一部「3歳の誕生日」 17

「ほんとうの側近って…?」


 ローゼリアはマリウスの言葉が理解できなかった。

 夢の光景と、目の前に広がる光景、マリウスの言葉が、頭の中でわんわんと反響して、立ち眩みをおこしそうになる。

 背後から体を支えてくれたマリウスが、子ども達に顔を上げるよう命じた。


「……誰、なの?」

其方そなたが生まれた時、宿り木から光の柱が立った。光の柱は、とりどりの光の矢となって散り、---------------ちょうどその頃、上級貴族の家の子どもの頭上に光の花が降り注いだという。それが、この子らだ」

「光の花…」


 ローゼリアは、不安な気持ちで子ども達を見つめた。

 年齢はローゼリアと同じか、少し上なのだろう。

 みな一様に額に一色の花をいただいている。


「でも………それと側近とは…」

其方そなたはシエルに行く事を定められて生まれてきた。宿り木が子らを祝福したのには、何らかの理由があるに違いあるまい。故に、選ばれた子らは、其方そなたと運命を共にする真の側近として育てられたのだ」

「でも…わたしにはマリアンヌやキャロル、ダニエルがいます!」

「彼らは、そなたが運命を選び取る前の仮初かりそめの側近だ。-----------幼い其方そなたに、無理矢理使命を負わせるのは忍びないとエレンディーネが与えた。其方そなたがシエルに行く運命を選ばない場合は、そのまま側近として仕えることもできたが、シエルに行くならば連れて行くことはできぬ」

「……ひとりで行くのではないの?」


 二度と帰ってこられないかもしれないのだ。

 ローゼリアは側近と一緒に行けるなどとは思っていなかった。

 そもそも、第一王位継承者のフルールリアンでさえ、たった一人で留学している。


「……姫さま、わたし達は姫さまと運命を共にする覚悟で育ってきました。みな、二度とこの国に帰れぬこともわかっております」


 ふいに掛けられた声に視線を向けると、薄金の髪に湖の眸をした男の子が穏やかに微笑んでいた。

 一番背が高いようなので、年齢も一番上なのかもしれない。


「でも…!」

「もしも姫さまが使命を放棄されれば、仕えることが叶いませんでした。姫さまの使命は重いものですが、今、わたし達は姫さまにお会いできて嬉しいのです。主と運命を共にする栄誉をどうぞお与えください」


 ローゼリアを安心させるように、穏やかに、ゆっくりと紡がれる言葉には不思議な説得力があった。

 視線を上げると、どの子ども達も視線を逸らさず、ローゼリアを見つめている。


「……名前をおしえて…」


 ローゼリアは、ようやく乾いた声で尋ねた。


 湖の眸の男の子がにっこりと微笑んで、優雅に臣下の礼を取った。


「わたくしは上級貴族ガリアトス家が長子、テュルカルム・ヴィ・ミスルト・ガリアトスでございます。フルールリアンさまと同じ7歳になります。この中では一番年上になりますゆえ、姫さまのご相談役も兼ねたいと思っています」

「にいさまと同じ年ならば、にいさまの側近になるのではないの?」


 振り返るように見上げると、マリウスは首を横に振った。


「その辺りの事情は、また別の機会に話す。隣にいるのはマーガレットの姪だ」


 鬼のマナー教師であるマーガレットの姪と聞いて、ローゼリアはテュルカルムの隣の女の子を興味深く見つめた。

 赤みがかった金髪にトパーズ色の眸をした女の子は、きつめの顔立ちの美人だ。


「わたくしは上級貴族ヴァッハトール家の息女、エレクトラ・ヴィ・ミスルト・ヴァッハトールと申します。6歳になります。王妃さまにお仕えしておりますマーガレットはわたくしの母の姉にあたります」


 女騎士志望なのか、ワンピースではなくズボンをはいている。

 マーガレットは鬼教師だが、優雅な淑女といった風情でエレクトラとは全く似ていない。

 迷いのない強い視線にローゼリアは戸惑ったように頷いた。

 続いてテュルカルムの斜め後ろにいた少年が声を上げた。


「わたくしは上級貴族ポウラリューン家が一子、グラノス・ヴィ・ミスルト・ポウラリューンです。姫君をお守りするため、幼い頃より剣の腕を磨いて参りました。剣を捧げる騎士としてお側に仕えることをお許しください」


 銀に近い金髪に薄いアイスブルーの眸をしたグラノスは、氷の彫像のような美貌の少年だった。表情のない落ち着いた様子にローゼリアは、眸を瞬かせた。


「グラノスはいくつなの?」

「エレクトラと同じ6歳になります。もっともわたくしの方がひと月早い生まれですが」

「そ、そう…」


 負けん気は強いらしい。

 表情は動かないままだが、強い口調で答えられてドギマギしながら頷き返す。


「わたくちはアミィドゥです。よろちくお願いします」

「上級貴族アネモス家の末っ子だ。其方そなたと同じ3歳になる」


 マリウスが情報を付け加える。

 舌ったらずなアミィドゥは、垂れた丸く大きな緑の眸とふわふわとした金桃色の猫毛の可愛らしい女の子だった。眼元のほくろがチャームポイントのひとつになっている。

 同じ年の子を見るのは初めてだけれど、とても仲良くなれそうだ。


 ローゼリアは肩の力を抜いた。

 ホッとすると同時に頭の奥がクラクラと揺れるのを感じる。


「…ローゼリア・ヴィ・レーヴ・ルミエールです。よろしく…お願いいたします」


 マリウスに縋っていた体を起こして、なんとか姫君らしい所作で挨拶を返したローゼリアの体がグラリと傾く。


「ローゼリア!?」

「姫さま!??」


 だいじょうぶです…と答えるつもりで手を上げかけて、そのままローゼリアの意識は暗転した。






 **********









 目が覚めるとベッドの中だった。

 ごわごわとした固い感触のシーツの上で寝返りを打つ。



 ---------おかしな夢を見ちゃった。



 夢見宴レーヴレゼで、天が割けて光の柱が立ったり、自分の額から虹光が迸って光の花が舞い落ちたり。ありえないことばかり。

 最後には額に花を咲かせた子ども達が、ローゼリアの側近として現れたり。



 -----------額にお花が咲くなんて。そんなこと、あるわけ、ありません。



 変な夢を見たせいか、体の節々が痛くて、泥のように重い。

 うつらうつらと考えながら、ローゼリアの意識はまた夢の中に沈もうとした。


「姫さま、お疲れのようですけれど、もう昼餉の時間ですわ。学友となられる予定のアミィドゥさまがお誘いに来られていますけれど、どうなさいますか?」

「えっ、アミィドゥ?」


 キャロルの言葉に、ローゼリアの意識は急浮上した。

 慌てて飛び起きる。

 見ると、窓際に昨日の夢に現れたアミィドゥが立っていた。


「おはようごじゃいます。ようねんいんはまだずっと先だから、姫さまにあいたくて、おにいちゃまに連れてきてもらいまちた」


 舌ったらずなところも夢の通りだ。


「夢じゃない…?」

「はい。夢じゃありまちぇん」


 お人形のように可愛らしくにっこりと笑う顔の額には花がない。

 額を凝視するローゼリアに気づいて、アミィドゥは自分の額を小さな手で覆った。


「お花、すぐに消えちゃいました。姫ちゃまのお花も、消えちゃいましたね」

「えっ…?」

「姫ちゃま、とってもキレイな虹色のお花でした」

「ええっ…!?」


 慌ててベッドから飛び降りて、鏡台を覗き込む。

 白い額には何もない。

 ほおっと安堵のため息をつく。


「どうなさったのですか?」

「…なんでもないの。---------------昨夜はどうやって帰ってきたの?」


 驚いて追いかけてきたキャロルに首を振って答える。

 どうやって説明すればいいかわからない。

 キャロルはアミィドゥが迎えに来ているので支度を急いでいて、それ以上何も聞かなかった。

 ローゼリアは鏡台の前の椅子に座らされて、陽の光のような髪を梳かれていく。


「また、お倒れになって、レイモンドさまに抱えられてお帰りになったのですわ。寝ずの晩をしていたわたくしもマリアンヌさまもそれは驚きました。儀式がかなり長引いたので、疲れてしまわれたのだろうということでしたので…安心しましたけれど。あまり、心配させないでくださいませ」

「そうなの…ごめんなさい」

「アミィドゥさまは、先日の誕生日パーティでローゼリアさまに学友としてお目通りされたとか。昨夜倒れられた話を聞かれて、お見舞いに来られたのです」


 中庭を眺めていたアミィドゥがにこっと笑った。

 どうやらそういう話になっているらしい。

 昨日は『本当の側近』と言われて驚いたけれど、すぐにキャロル達を辞めさせるわけではないと知って安堵する。



 -----------でも、詳しい話をととさまに聞かなくちゃ。



「ととさまは、食堂でごはんを食べるの?」

「いえ、本日は執務室で召し上がられるようです」

「では、後で、ととさまにお会いしたいの。お約束をとりつけてくれる?」

「わかりました。ローゼリアさまが昼餉から戻られるまでにお伺いしておきますわ」


 キャロルに身だしなみを整えてもらうと、ローゼリアはアミィドゥと手を繋いで食堂へ向かった。

 後ろからキャロルとダニエルが微笑ましそうに付いてくる。

 今まで同年代の友人がいなかったので、知らず頬が緩む。

 時々視線が合うとアミィドゥはにこぉっと笑ってくれ、ローゼリアも嬉しくてにっこり笑い返す。

 よくわからないことがいっぱいだけれど、アミィドゥと友達になれたことは、とても嬉しい。



 食堂には、エレンディーネも、ジュリアーノもいなかった。

 昨日の儀式の後なので、エレンディーネぐらいはいるかもしれないと思ったが、どうやら心配が講じて熱を出したらしい。

 エレンディーネが熱を出すのはよくあることだが、無理をすると長引くので、今日は一日床に入っているとのことだった。

 たぶん心配の原因はローゼリアなので、会って動揺するよりも、一日ゆっくり休んだ方が良いというマリウスの判断だろう。


 ローゼリアも儀式で疲れただろうということで、今日はマナーもお勉強もお休みだ。


「では、にいさまにお会いしに行きましょう!」


 思えば宴で突然寝てしまった後、会っていなかった。

 良い事を思いついたとばかりに、ぱんと両手を合わせたローゼリアに、アミィドゥは小首を傾げた。


「姫ちゃまのにいちゃまって…ふりゅりゅさま?」

「はい!アミィドゥも会ったこと、ありますか?とってもすてきなにいさまなのですよ~」


 フルールリアンに会ったら、初めての友達を自慢しようと思ったローゼリアに、アミィドゥはふるふると首を横に振った。


「ふりゅりゅさま、かえりました。けさ、にいさま、かなしそうだったの」

「え???」


 わけがわからなくて戸惑っているローゼリアに、キャロルが申し訳なさそうに声を挟んだ。


「フルールリアンさまは、朝早くに出立なされたのですわ。ローゼリアさまのところにも来られたのですが、まだ眠っておられたので、寝顔をご覧になって行かれました」

「えええええ!?な、なぜ、起こしてくれなかったのです!?」


 半泣きでキャロルに詰め寄ると、ダニエルが慌てて仲裁に入った。


「フルールリアンさまから『疲れているローゼリアを起こしてはいけないよ』と釘をさされて、誰も反論できなかったのですよ。キャロルを責めないであげてください」

「ううう…。にいさまヒドイです~。疲れていてもお会いしたかったです~」


 3歳の誕生日は特別だから帰って来てくれたのであって、来年も帰って来られるとは限らない。

 場合によってはローゼリアが留学する時まで会えないかもしれないのだ。


「だ、大丈夫ですわ!ローゼリアさまの6歳のお誕生日には帰省されると仰っしゃっていましたもの!」

「それでも3年後です!」



 -------------------たくさん相談したり、教えてほしいことがあったのに。



 ローゼリアは、ガクッと肩を落した。

 なぜ寝てしまったのかと、自分が悔しくて涙がこぼれる。


「……ん?アミィドゥ?」


 ぎゅっと握り締めた手をアミィドゥのぷにぷにとした手に包み込まれて、ローゼリアは顔をあげた。


 目の前にアミィドゥの顔があると思う間もなく、可愛い舌にぺろっ涙を舐められる。


「ア、ア、ア、アミィドゥっ?!」


 ローゼリアは驚きのあまり涙を引っ込めて、小さく叫んだ。


「姫ちゃまの、涙、ちょっとからいの。たくさんなくなると、お塩がたりなくなっちゃう」


 アミィドゥはにこっと笑うと、包み込んだローゼリアの手を離した。

 はくはくはくと口を開け閉めして、ローゼリアはむむっと眉根を寄せた。


「お塩は…貴重だから…泣かないです」


 ローゼリアがきゅっと唇を噛むと、キャロルが膝を折って視線を合わせてくれる。


「あとで手紙をしたためましょう。シエルとの手紙の遣り取りには時間がかかりますけれど、フルールリアンさまのことですもの、近いうちに必ずお返事をくださいますわ」

「はい。キャロルのせいではないのに、泣いたりしてごめんなさい……アミィドゥ、ありがとう」


 ローゼリアは恥ずかしそうに頬を赤らめて、アミィドゥに手を差し出した。

 アミィドゥと手をつないで部屋に戻る。


 マリウスは夕方まで手があかないとのことだったので、アミィドゥの兄が迎えに来るまでふたりで遊んで過ごすことにした。

  アミィドゥは家からリッキの駒を持って来ていた。

  リッキはお互いが持ち寄った駒を盤の上に並べて挟んで取り合うゲームだ。

 シエルでは宝石でできた駒もあるようだが、ルミエールではそれぞれの家に伝わるものを使って遊び、ゲームの後で返す。とはいえ、どちらの駒かわかればいいだけなので、拾った石と木でもできるし、盤は土に書いてもいい。ルミエールでは平民にも人気の遊びだ。


 ローゼリアはマナーや勉強から離れての久しぶりのリッキが思いの外楽しくて、あっという間に時間が過ぎた。



 ---------------お友だち、ってステキ。



 すっかりアミィドゥとも打ち解け、幼年院に行く日が待ち遠しくなった頃、アミィドゥの兄が迎えに来た。



「えっ……?」


 ローゼリアは迎えに来た人物に目を丸くした。驚きすぎて、しばらく声が出ない。


「姫ちゃま、ありがとうございました」


 アミィドゥは兄に掛け寄るとまた遊びに来ると行って帰って行った。

 その背をただただ呆然と見送る。


「レイモンドがアミィドゥのお兄さまだったなんて…」

「あまり似ておられませんものね」


 ぽつんと呟いたローゼリアに、キャロルがクスクスと笑った。


「レイモンドさまが、あのように鼻の下を伸ばしておられる姿を始めて拝見した…」


 ダニエルはローゼリアよりも衝撃を受けている。


 真面目を絵に描いたような堅物のレイモンドが、アミィドゥ相手だととろけるような顔をして、肩に担ぎ上げて帰って行ったのだ。


 兄ではなく、父親のよう。

 淑女への作法として、肩車はどうなのか。


 いろいろな疑問を残して、ローゼリアの初めての学友訪問は終わった。





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