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乞食王国の姫君  作者: Sana
1章
12/20

第一部「3歳の誕生日」 11


「本日の晩餐はマルクス王の執務室で、とのことです」


ぐったりと自室の長椅子に座り込んだローゼリアは、キャロルから告げられた予想外の言葉に目をパチパチと瞬かせた。


「え?かかさまが終わったら、ととさまと?またドレスを着て、試験なの?」

「いいえ、ドレスに着替えて•••とは伺っておりません。昼食をエレンディーネさまと召し上がられたので、晩餐は王とおふたりでと思っておられるのではないでしょうか?明日のお誕生日は来客があって、ゆっくりお言葉も交わせませんから」

「••••だったら、ととさまもお昼を一緒に召し上がられればよかったのに」


唇が尖る。キャロルから渡されたグラスを膨れっ面で受けとると、一気に水を飲み干した。ふぅぅ~と長いため息をつく。


「あら、お嫌なのですか?」

「違います。•••••違うけど、お誕生日前にいろいろな事がいっぱいで、頭がぐるぐるしてきたのだもの。いつもと違うことが、なんだか怖いの•••••」

「まぁ、姫さまったら」


キャロルはくすくすと笑った。

空のグラスを受けとると、長椅子の前で腰を屈め、励ますようにローゼリアに視線を合わせてくれる。


「何も怖いことなどありませんわ。お父さまに甘えて来られればよいのです••••お水をお代わりされまして?」

「もう、いいの•••」


ローゼリアはぷるぷると首を横に振った。

エレンディーネのところでスープとハーブティーを飲んだ後だ。

お腹がたぽたぽする。

もっとも、水だけは豊富なルミエール王国では、水を沢山飲んでお腹を膨らませるのはいつもの事だけれど。


「さぁ、早くドレスを脱いでお支度をしましょう。晩餐の前に湯浴みを済ませておかないと、明日風邪をひいてしまいますわ」


キャロルは元気よく腕まくりをして、ローゼリアを立ち上がらせると、ドレスを脱がせにかかった。


「腕まくりなんて、マリアンヌが見たら怒るわね」

「うふふ、内緒ですよ?」

「もうキャロルったら」


可笑しくなって笑いが零れた。

キャロルは優雅ではないけれど、元気で、明るくて、ローゼリアの気持ちをぽっと暖かくしてくれる。

いつものワンピースに着替えさせてもらう頃には、少し元気が出てきた。


「風邪といえば••••にいさまの連れてこられた騎士さまは?」


ハーフアップを下ろすため、ローゼリアは鏡台の前に座らされる。

大理石を削り出して作った鏡台は、しっかりした造りで年代を感じさせない。ただ、椅子も大理石なので、お尻が痛い。

鏡の中ではキャロルがローゼリアの金の髪を梳り始めた。

緑の髪に金の眸のキャロルと、金の髪に若葉色の眸のローゼリア。微妙な色彩や濃淡の違いはあるけれど、鏡の中では金と緑がキラキラと輝いている。



------------------まるで、色を反対にしたみたい。



平民はみんな、ローゼリアと反対の色彩、緑の髪に金の眸をしている。

もっとも、ダニエルだけは、茶色の眸をしていて、何故なのか尋ねたら「昔、貴族と結婚した者がいた」と教えてくれた。貴族と平民との結婚は、平民との垣根が低いルミエール王国でも禁忌なので、とても驚いたのを覚えている。


「ロッテさまは、厨房で大活躍されているようですけれど。騎士さまは、ずっと寝込んでおられましたから••••あまりお噂を聞きませんね」

「キャロル、ロッテさまのお名前は覚えているのに、騎士さまのお名前は覚えていないのね••••」

「姫さまは覚えておられるのですか?」

「うっ•••••」


鏡の中のローゼリアがうろたえたように目を泳がせた。

ヴァンドールだか、ヴァンゴルフだか、そんな名前だったような気がするけれど、自信はない。

晩餐を一度共にしただけで、客間のベッドから一度も出て来ていないのだ。仕方がないというものだろう。


「フルールリアンさまは、なぜあの騎士を連れて来られたのでしょう。あまり役に立っておられませんよねぇ••••••」

「キャロル、それ、外で言ってはダメ………」


感情を顔に出してはいけない王族の側仕えが、迂闊に本音を話していいはずがない。

若干3歳の主に「メッ」と言われてキャロルは「まぁ、姫さまったら」と笑う。

マリアンヌがいないので、腕まくりをしたまま使い終わった櫛を片付け、パタパタパタと軽い足音を立ててドレスを片付けていく。

キャロルは1人で色々な事を取り仕切らなくてならなくて忙しいのだ。でも、優雅さがなさすぎる。



----------キャロル、明日の宴でわたしの支度をしたり、給仕をしたり、できるのかなぁ••••。



いや、たぶん、明日にはマリアンヌが部屋に戻って来て、全てを取り仕切ってくれるだろう。


「眉間にシワ寄せて、どうなさったのですか?」

「湯殿、少しはあったかいといいなぁと思っただけ」

「そうですねぇ、早く参りましょう」


キャロルは温風を出せないのだ。

早く、湯殿に行かないと髪を洗うのが辛い。

ローゼリアはダニエルとキャロルと共に、湯殿へと急いだ。









*************








「昼食は楽しかったか?」


本棟1階。

広々とした執務室は、レイアウトが変えられ、晩餐のためのテーブルが運ばれていた。

食卓の上には、いつものスープとパンが並べられている。

先に席についていたマリウスに青い眸で穏やかに見つめられ、ローゼリアはにっこりと頷いた。


「はい。久しぶりにかかさまとお話しました。ジュリアーノも、もうラヴィヴィではなく、普通のご飯が食べられるのです。もうすぐ一緒に食堂でご飯を食べられますね」


騒動には触れず、表情にも出さない。

ここ数日、マーガレットにみっちりと鍛えられた成果である。

王付きの側仕えフレイに椅子を引いてもらって、子供用椅子に腰かける。

キャロルとダニエルはこの場にいない。

湯殿から戻ると、フレイとフルールリアン付きの近衛騎士レイモンドが迎えに来ていたのだ。お陰でローゼリアの髪は、フレイの温風で乾かしてもらえた。「側仕えとはいえ、男性に髪を触らせるなど!」と咎めるマリアンヌがいなかったせいで、実に快適に身支度が進んで、ローゼリアはご機嫌だった。

だって、本当に湯殿は寒く、濡れた髪は冷たいのだ。


「でもかかさまは••••••少し元気がなかったように思います」

「そうか」

「かかさまは大丈夫だって•••ほんとうに?」


スープを掬うスプーンをとめて、マリウスの表情を伺う。

マリウスは安心させるように頷いた。


「エレンディーネは大丈夫だ。宴を前に心労が募っているようだが、ローゼリアが心配するほどのことはない」

「わたしが失敗しないか、心配なのかしら••••••でも、わたし、たくさん練習したのです。今日、かかさまにも見てもらったのですよ!では、きっと、心配がなくなって、元気になりますね!」

其方そなたも急に元気になったな。喋りながら口に入れては、マーガレットに叱られるのではないか?」

「••••いまは、ととさまだけですもの」


執務室は、ローゼリアが席についてすぐ人払いされていた。

2人の近衛騎士も扉の外で警護をしている。

食事が一段落したところで、マリウスは呼び鈴を鳴らした。


「ハーブティーを。そののちはまた下がっているように」

「かしこまりました」


ローゼリア、人生2度目の美味しいハーブティーである。

フレイが細い銀のトングで葉を1枚カップに入れ、何事か唱えるとカップの底からみるみる間に湯が沸き出てくる。葉の量が少ないため色も味も薄いが、ルミエール王国ではめったに飲めない貴重品である。



---------1日に2回も!夢みたい!



ローゼリアは自分の前に置かれたハーブティーに幸せを噛み締める。

側仕えが下がったのを確認して、マリウスが口を開いた。


「明日には其方そなたも3つになる。3つになった子どもが宿り木の前で宣誓を行い、精霊の祝福を得て翌年幼年院に入学するのは知っているか?」

「はい。ええと、次の春から幼年院に入学する子どもが、年の終わりの夢見宴(レーヴレゼ)で祝福を得るのですよね?」

「そうだ。しかし王家の第一王子と第一王女は、3歳の誕生日に夢見宴(レーヴレゼ)を行う」

「??ええと……、夢見宴(レーヴレゼ)は、年の終わりのお祭りですよね?」


今は、冬の始まりだ。

あれっ?あれっ?と、混乱して、首を傾げる。


夢見宴(レーヴレゼ)とは、本来は3つになったものが行う宣誓の儀式のことだ。夢見宴(レーヴレゼ)の日が決まっているわけではない」

「そ、そうだったのですか~」


教師も教えてくれなかった、ビックリの事実だ。

では、兄のフルールリアンも3つの誕生日に夢見宴(レーヴレゼ)を行ったのだろうか。

ティーカップを両手で包んで、ほやほやと頷く。


「そのため、そなたに言っておかねばならないことがある」

「はい?」


兄のフルールリアンも同じ道を通ったのだ、王族の心構えとか、一人で儀式を受ける手順とかだろうか?

ローゼリアは、暢気な顔でコクリとお茶を飲んだ。

やっぱり、温かくて、香りがあると、とても美味しい。


「帝国シエルからルミエール王国に、定期的に物資が送られているのは知っているか?」


あれ?とローゼリアは首を傾げた。

想像していなかった話題だ。



------------------------夢見宴(レーヴレゼ)と何の関係があるのかな?う~ん…。



カップをソーサーに置いて、教師に学んだことを一生懸命思い出す。


「う~んと、塩パンを作る小麦や乾燥豆、石けんや油などをシエルから取り寄せているのですよね?」

「そうだ。ルミエール王国は雪に閉ざされた不毛な国だ。自国で食物や生活物資を賄うことができない。宿り木がある浮島と湖は別として、領地では少しばかりの根菜が取れる程度だからな。とても国民を食べさせることも、不自由なく暮らさせることもできない」


ちょっと3歳児には難しい言葉が多い。

むーんと眉根を寄せる。


「ととさま、もう少し簡単でないと、わかりません」

「そ、そうか。フルールリアンの時には通じたのだが••••」


天才肌の兄と比べられても困る。

不機嫌になったローゼリアの視線を受けて、マリウスはコホンと咳払いした。


「つまり、この国には食べられる物があまりない。油も取れない故、灯りも石けんも自国では作れない。服をつくる布もない」

「でも、…シエルから取り寄せているから…量は少ないけど、みんな大丈夫ですよね?」


最近、届く量が少なくなったとダンが言っていたけど。でも、みんな食べられている。

朝のパンはなくなって、スープだけになってしまったけれど、大丈夫、我慢できている。


「大丈夫••••か」


マリウスは思案顔で顎を撫でた。

まだ若いからか、体質からか、マリウスの顎に顎鬚はなく、肌理の細かい皮膚を指先で摘んでは離すを繰り返す。


「では、ローゼリアは、なぜ帝国シエルから物資を輸入できると思う?ああ、これでは分からないか--------例えば、ローゼリアに欲しい物がある。それをもらうためには、どうする?」

「……もらえないか尋ねて、お礼に何かをしてあげたり、相手のほしいものと、交換したりします。たぶん」


何しろルミエール王国には、交換できるだけの物がないので想像が難しい。「して欲しいこと」のために「何かしてあげる」、と考えてようやく答えを返す。


「では、わたし達は帝国シエルから食べ物をもらっている。何を帝国シエルにあげられると思う?」

「ルミエール王国がシエルにあげられるもの•••••」



-------------そんなものがあるの?



返事につまる様子に、マリウスは想定内だと言うように頷いた。テーブルの上で手を組み、ローゼリアをじっと見つめる。


「思いつかないか。そうだろうな。--------では、話を変えよう。ローゼリアはこの国が好きか?」

「はい。大好きです!」


これには即答できた。

輝くような満面の笑顔をマリウスに向ける。


「スープに味がついていなくとも?毎日、野菜が何切れか入っているだけのスープの食事でも、ローゼリアはこの国が好きか?」

「それは••••••たくさん食べられたら嬉しいけれど、みんなも我慢しているのだから仕方ないです」

「もし、ローゼリアだけ、他国に行けるとしたらどうだ?他国で美味しいご飯がたくさん食べられて、キレイなドレスも着られるとしたら?」

「わたしだけ?」

「そうだ。堅苦しい作法もなく、楽しく暮らせるかもしれないぞ?」


想像してみる。作法もお勉強もローゼリアはあまり好きではない。かけっこしたり、野菜の皮を剥いたりする方が楽しい。

美味しいものだって、お腹いっぱい食べたい。

でも。


「ととさまも、かかさまも、ジュリアーノもにいさまもいないのなんて、イヤ。ローゼリアはひとりで、よその国になんて行きたくないです」


考えただけでも悲しくて、眸が潤んでくる。


「では、王族がみんな他国に移り住めるとしたらどうだ?貴族も一緒に行けるかもしれないぞ?」

「平民は?」

「平民は行けないな」

「では、やっぱりイヤです。マリアンヌやキャロルやダニエル、それにダンも平民だもの」


みんなを置いて、自分達だけ着飾って楽しく過ごす…そんなのはちっとも楽しくない。

マリアンヌやキャロル、ダニエルだって、家族のようなものなのだ。


「なるほど……しかし、平民は貴族や王族とは違う。貴族や王族がお腹いっぱい食べるためには、平民が多少お腹をすかせるのは仕方ない事ではないか?」

「ととさまひどい!」


抗議しようとして、テーブルに手がぶつかった。

信じられない言葉を聞いて、大きく見開いた目でマリウスを睨む。


「そうか?平民などどうなろうとかまわないではないか。貴族や王族がお腹いっぱい食べられることが一番大切であろう?」

「そんなことない!」


バン!と室内に大きな音が響いた。

テーブルの上のティーカップが悲鳴のような高い音を立てる。


「どうして………ルミエールでは、みんな、ご飯はわけあって食べているのに。どうして?どうして、そんなこと言うの…?」


思い切りテーブルを叩いた手が痛い。

大好きな父がそんな酷い事を言うなんて信じられなくて、俯いて唇をキュッと噛む。

ぽたり、とテーブルに涙が落ちた。



「マリウスさま…何か…!?」


様子を伺う側使えの足音を聞いて、マリウスは片手を上げた。


「無用だ。奥に控えていよ」


マリウスは立ち上がり、俯いたまま小さく嗚咽を上げるローゼリアにゆっくりと近づいた。


「……お腹がすくのは、とってもつらいのに。貴族も王族も関係ないのに。……やだ、やだ、やなの………」


濡れた眸でマリウスを見上げる。

ルミエール王国では、誰だって、いつでもお腹がすいている。

今、ご飯を食べたばかりのローゼリアだって、お腹がすいている。

例え話だとしても父であるマリウスから『平民は食べられなくても仕方がない』などと聞くのは悲しかった。


マリウスの手が伸びて、ローゼリアは力強く抱き締められた。

うう~と泣きながら、ローゼリアもぎゅっとマリウスの服を握り締める。


「試すような事を言ってすまなかった」

「うそよね?ととさまは、そんな風に思ってないのでしょ?」

「ああ、わたしもエレンディーネも貴族達も………そして、わたし達の先祖も其方そなたと同じ思いだった。なればこそ、------------------------------わたしはひとつ頼み事をしなければならない」


マリウスは喜ぶような、哀しむような、複雑な表情で、ローゼリアの顔を覗きこんだ。


「ととさま?」


まだあどけない顔を、赤く染まった鼻をすんすんと鳴らして、ローゼリアは首を傾げる。

マリウスは腕に力を込めた。


「帝国シエルの王--------カイザス王の16番目の妾になってくれ」


読んでいただいて、ありがとうございます。


やっと近づいてきたかな····。まだ、もう少し第一部続きます。


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