プロローグ
7月4日。
激しい喉の渇きで目が覚めた。
覚醒しきれていない、呆けた頭で起き上がり、水を飲みに部屋を出る。
夜も深い街は静まりかえっていて、人一人としていなかった。
家の灯りは消え、闇が落ちる道には街灯の心許ない光が一定の間隔を空けて続いている。少しは誰かしら通りそうなものだと思うが、そうゆうものなのかもしれない。
空を見上げると今日は満月だった。
星のない黒の中に、一つだけ浮かんでいる。生暖かい空気とは相反して、冷たさを感じるほど冴々と輝いていた。
見知った景色が、まるで全く別の異空間であるかのような錯覚すら感じる。
少しすると、ようやく人影を見つけた。
少女の形をしたその影は、逆光で表情がわからない。にもかかわらず、それは顔のない顔で"笑った"。
―あラ、呼ばれタのかシら。ソれとも、まヨいこんでしまったのかしラ。―
―マぁ、どチらでもいいワ。今夜はウタゲ。魑魅魍魎、形アらぬモノも、人も、関係なく。―
―呑み、うタい、踊り、クルい、楽しみマしょう?―
少女はそう詠うと、霧のように消えていった。すると、景色は一瞬で見知らぬ場所に変わる。
紫色に淡く光る森の中にいた。なんの木かわからないようなモノが、覆い被さるように群生している。どうやら獣道のようなところの真ん中に立っているらしい。
音を消し去ったかのような静けさが包む。
道の先に灯りが見えた。まるで蛍光灯に引き寄せられる虫のように、足は自然とそちらの方へ向かう。
身体が熱い。渇ききった喉はかすれた音をたて、とても耳障りだ。
引きずるように歩いていると、森の中にあったらしい広い空間にでる。
そこには、森の光よりも強く光る大きな桜があり、真上には紅い月が輝いていた。
思わず、見いってしまう。
あまりにも、異常で、怪奇で、危険で、奇妙で、非日常で、異質で、浮世離れしていて、妖しげで、有り得なくて、無数に浮かぶ否定の中にただ一つ確固たる肯定。
そう、ただ、美しかった。
前に一歩進む。また一歩、また一歩と、少しずつ近付いていく。
「おや、客人とは珍しい。」
ふいに落ちてきた声に足を止める。
声の方へ目を向けると、桜の太い枝にさっきとは違う少女が腰掛けていた。
歳は恐らく十代の半ば。和服に身を包み、夜の闇より深い黒髪に端正な顔立ち。桜の淡い光が照らし出し、より神秘的な美しさが際立っている。
少年のような話し方で、言葉を紡ぐ。
「ふむ、どうやら迷子みたいだね。早く戻った方がいいよ。」
未だに覚醒しない頭で、よく言っていることがわからなかった。
ただ、心地よい音が俺の意識を溶かす。
「じゃないと……」
とたん、暗転する景色。
なにかが倒れる重く、鈍い音。身体に走る痛みと衝撃で、それが自分だとやっとわかる。
闇に落ちる朧気な意識の中で微かに聞き取れた言葉。
『喰われるぜ、今みたいにさ。』
そうして、俺は"殺された"。