第3話 幼女♂村を駆け回る
「こんにちわー!!ほわほわパン屋でーす!!」
旅団が来た次の日、俺はいつも通り配達の手伝いをしていた。配達先の家の前につきドアをノックしたのちドア越しに大きな声で来訪を伝える。
「…あれ?こんにちわー!」
…返事がない。配達先や午前中という指定にも問題がない。そしてこの家の家主はそこそこの歳のじいさんが一人。
「お邪魔しまーす……!!っじいさん!!」
一抹の不安がよぎった俺はそっとドアを開け中に入った。リビングの奥、どこかの部屋の扉がわずかに開いているのが目に入る。そしてそこから見えるしわしわの左手。
慌てて駆け寄るとそこには家主であるじいさんが倒れている姿があった。
「っ…」
「じいさん!い、医者…」
昨日まで元気だったその人。今は苦痛にゆがむ表情に俺はどうしていいのかわからず軽くパニックになる。
村は小さい。村人全員が家族の様な存在だ。そして俺はそんな近しい人の死は初めてである。うろたえることしかできない。医者なんて言っているが小さな村の小さな診療所だ。できることは限られている。そんなことには気づかず呼びに行くべきか、一人にしないほうがいいか。それすらも判断できずにいた。
「ぎっ…」
「な、に?」
「ぎっくりで……立てん…」
「 は?」
苦痛のなか絞り出されたじいさんの声、そして俺の間の抜けた返答は妙に響いた気がした。
え、え、えぎ、ぎっくり?ぎっくりって前の世界でもあったあの?異世界共通?それともこの世界での特殊魔法?じいさん生きるの?
整理のつかない頭のまま視界に入った箱を見ると金槌やらなんやら重そうな工具が入っているのを見つけ、恐らく…いや確実にこれを運んでる最中にぎっくりになったんだろう。と理解し落ち着きを取り戻す。
「…びっくりした…。まーったく!先生呼んでくるね」
「すまんのぅ…ところでさっきじいさんって言ってなかったかい?」
頬を少し膨らませながら部屋そう言い、俺はじじいの最後の言葉を無視し診療所へ向かった。
「せーん「うわああああん!」!?…レオ?」
「エルザちゃん、いらっしゃい」
突然聞こえた泣き声は俺より一つ下の村の男の子の声だった。そして苦笑しながら迎えてくれたのは初老に突入した辺りの男性でこの村唯一の診療所の医者ゲイル。さらにそのゲイルの手にはひっかき傷だらけの子猫がいた。
「その子どうしたの?」
「ああ、小角ウサギに遭遇したみたいでね」
小角ウサギ。そこいらじゅうにいる魔物の一種で危害を加えない限り襲ってこない比較的穏やかな気性の持ち主。1cmほどの角を持つこと以外普通の野ウサギと何ら変わりない。なのになぜ?
「うーん、子猫だし好奇心が勝って近づいたのか、たまたま気性の荒い子に遭遇してしまったのか…」
俺の表情を見てか子猫の手当てを始めたゲイルがそうつぶやいた。
「ところでなんでレオは泣いてるの?」
「だって、ねこが…、けがっ痛そう、で…」
なおもぐすんぐすんと泣き続けるレオに俺とゲイルは苦笑した。
優しいのはいいことなんだがなぁ…将来変な女に引っかからないか心配だ。ま、村から出ない限りは安心か?…俺も人のことは言えないな。ついさっき同じ状況になりかけたわけだし。
自分とレオが少し重なったことにむずがゆく思いつつも、泣き続けるレオをどうにかしようと包帯の巻かれた猫をそっと撫で、そしてそのまま手を上へと上げた。
「…痛いの痛いの飛んでけー!」
俺の突然の行動に二人はきょとんとした顔をする。そっか、この世界にはこのおまじないはないのか。
前の世界での幼い頃、よく怪我をして泣いている俺に両親がやってくれていたこれ。懐かしさの温かい気持ちと同時に少し寂しさを感じた。
「それなぁに?」
「これはね、どんな怪我でも痛いのをずーっと遠くに飛ばして、空のお星さまにしちゃうすごい魔法なんだよ!」
お星さま。というのは俺のオリジナルだ。けれど幼い子にとっては効果抜群だったようで、さっきまで流れていたレオの涙は興味が勝ったのか消えていた。
泣き止んだレオの手をここぞとばかりに猫の体へと持っていき、顔を合わせ同じことをやるように促す。けれどその手はすぐにひっこめられてしまう。
「ぼ、僕魔法なんて使えないよ…」
「大丈夫だよ。この魔法はね、魔法が使えない人でもできる特別な魔法なの!」
特にレオみたいな人の痛みに敏感な人には。俺の言葉に少し自信がついたのか、今度は自ら猫の体に手を持って行った。
「痛いの、痛いの、飛んでけ!」
「……ニャ」
「ほう…」
レオのそれに、さっきまでぐったりしていた子猫がわずかに鳴き声を出す。その様子に驚き、不思議、喜び。なんて表現をしたらいいのかわからない顔をするレオ。感嘆の声を上げたゲイル。
ははっ。この猫、空気を読んだのか、それともただ単に騒がしいと抗議の声を上げたのか。どちらにせよ鳴けるまで回復したんだ。あとはゆっくり休ませて。だな。
「…て、あ!!先生、実は…」
ここにくるまでの理由をすっかり忘れていた俺は慌てて先ほどのことを話した。
それを聞いたゲイルはテキパキと塗り薬やら包帯やらを鞄に詰め、レオに子猫の様子見と留守番を頼み診療所を後にしたのである。
俺は俺でレオを残して配達に戻るか迷ったが、本人より大丈夫。と一言もらったこともあり診療所をあとにしたのであった。