第2話 幼女♂期
これは世界が終わりを迎えようとしたときの話である。
その紀、世界は大きな不作から始まった。枯れゆく作物や果樹に不安な日々を過ごす人々。しかし、誰一人とてあきらめる者はおらず、明日には良くなりますように。と神に祈りを捧げていた。だがそれをあざ笑うかのように不作は加速していき、やがて花や雑草までもが萎れていったのである。
家畜には伝染病が広まり死に絶え、備蓄も底をついてきた頃──パタン─
まだ冒頭しか読んでいなかったが、俺は持っていた本をそっと閉じた。
再度、適当なページを開き、目に留まった文を読んでは適当にページをめくり読むを繰り返す。
…要約すると、不作を始めとし、次々に悪いことが起こった。人々の不安を糧にか魔王が誕生し、それまで互いに穏やかに共存していた魔物たちが暴れ始めた。そんな中女神が力と命を引き換えに魔王を討伐。世界に平和が訪れた。
俺がこの世界に生まれて経過した5年と数ヶ月の今日。世界中の本を売りながら旅をしているという旅団が村へやって来た。パン屋を営んでいる両親はアイディアを求めに。俺はこの世界を知ろうと、親子三人で旅団を訪ねたのだ。
ジャンルごとにシートの上に並べられた大量の本のなかで子供らしく童話でも読もうかと辺りを見回すと"救いの女神たち"というほかの本より少し古びたタイトルの本が目に留り、そして現在に至る。
「何かいいものあった?」
後ろから聞きなれた女性の声が聞こえ、振り向くと目線を合わせやすい位置まで腰を曲げた母親のカンナの姿が見えた。
「んーと、……お母さん?」
にこやかな笑顔を浮かべていたカンナだっが、俺の持っていた本を見るとその表情はだんだんと曇っていき、その様子に心配になった俺は首をかしげながら声を出した。
いやぁ、我ながらナイス幼女っぷり!じゃなくて。なんだ?あまり好きじゃない内容の童話なのか?あ、もしかしてこの本、童話じゃなくてアブナイ宗教の類いとか!?世界を救った女神を崇拝せよ〜。的な本なのか?そんな本を読んでる俺を母さんは心配して?
「カンナ」
「あなた……」
暗い表情で本を見つめる母カンナ。やってしまったか。と少し焦った表情で同じく本を見つめる俺。そんな俺たちに声をかけたのは父親であるサントラであった。
苦笑しているサントラの呼び掛けに、カンナははっとした表情で俺をみる。
「……エルザ、その本は気に入ったか?」
「んーん、他のより古いから見てみただけだよ」
カンナ同様、目線を合わせやすい位置まで腰を曲げた訪ねてきたサントラに首を横に降りながら答えた。
エルザ。とは、俺のこの世界での名前である。
「あ、その本私のなの!」
突然聞こえた幼い声に目をそちらに向けると今の俺と同じぐらいの年だろうか、黒い髪の少女が目を真ん丸にしながらこちらに駆け寄ってきた。
ん?なんだ?これは売り物じゃないのか?
「ごめんね、お店で売ってるものだと思って…」
「ううん、だいじょぶ!おっきな声だしてごめんね、パパってばまた間違えたんだから…」
謝りながら本を渡すと、少女は気にした様子なく笑顔で受け取ると、少し顔を膨らませながら顔の向きをパパなる人物の方へ向け、視線を追えばその先には接客中の団長の姿が見えた。
再び俺の方に向き直り、ありがとう。と笑顔で礼を言うと団長の方へかけて行った。途中、くるりと振り返り
「あのね!しばらくのあいだあそこの集会所でお世話になるの!またこれ見たくなったら遊びに来てね!」
なんて、両手で本を抱えながら眩しい笑顔で言って、再び座長の方へかけて行った。
──ああ…俺、ロリコンでいい。いや待てよ。今の俺はあの子とそう変わらない年齢だ。つまり合法。そして俺は女。そう、百合だ。百合幼女…これは…ムネが熱くなってきたぞ。
「……頃合いかもな」
この時のサントラの小さな声は、バカな考えをしていた俺には届かなかったのである。