第1話 転生
「がん——!」
「頭が見——!」
なんだなんだ。騒がしいな。人が気持ちよく寝てるってのに。寝不足なんだからもう少し寝かせてくれよ。
「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーー‼」
「オギャーー‼」
うるせー‼なんだ!?スイカでも産んだのか!?
突然の絶叫に驚きもあり、俺は全力で抗議の声を上げた。直後、目をつぶっていても感じるまぶしさに今は朝なんだと認識する。
「で、出た、孫が!生まれた!!」
「っよく頑張った!ありがとうっ俺を父親にしてくれてありが、うぅっ~」
うお、本当に出産中だったのか。それは失礼した。
ちょっと掠れた女性の声の後に、俺より若そうな男の声。なおも泣き続ける赤ん坊の声に状況を理解した俺は心で謝る。
「ほら、お母さん。赤ちゃんが寝ちゃう前におっぱいあげなさいな」
おっぱい。なんて魅力的な響きなんだろう。母乳という意味なのは分かっている。いや、母乳は母乳で魅力的…じゃないじゃない。
とりあえずおっぱいについての魅力だ。…あ、そうそう、ちょうどこんな感じにマシュマロみたいな。て、このマシュマロ、マシュマロとはまた違った弾力があるな。
ま、おっぱいにせよ母乳にせよ俺には縁がない世界だ。マシュマロなんて表現はどっかからコピペしたに過ぎない。なんたって俺はもう少しで魔法使いだからな!はっはっは!…ちょっと自分で言ってて悲しくなってきたぜ。
と…赤ん坊は泣き止んだみたいだな。そしたら俺はもうひと眠りさせてもらおうかな。
あれから目が覚め、しばらくしても視界が全く見えず光だけを感じる。そんな時間が続き最初は俺も焦った。けれど駅のホームや、その後に起きた出来事を思い出し、俺は自分が異世界に転生したんだと判断した。
気づいてから現在まで約6か月の時が過ぎ、寝返りはもちろん、視力もだんだん身に付き、俺は赤ん坊ライフを堪能した。
「―—こんにちはー」
「あら、グレイさん。こんにちは」
コンコン。と家にノックオンが響き、すぐに男性の声がした。続く女性の声は俺のこの世界での母親のものである。
━━グレイ聞いたことのない声だな。また近所の人が出産祝いを持ってきたのか。なんて思っていたらグレイがにゅっと顔をのぞかせた。
「おー、かわいい子だな」
「どうぞ、ぜひ抱っこしてあげて」
「じゃあ、お言葉に甘えて!―—」
「ギャー!!」
やめろ!俺は男に抱かれる主義はない!
グレイの手が体に触れた瞬間、俺は嫌という意思を示すため全力で泣き声を上げた。
「うわっと…!?はは、噂通りの男嫌いだな」
「そうなのよ…。女の子なのに…少し将来が心配だわ」
俺の全力拒否は村では有名なのか、知ってたと言いたげに爽やかに笑っていった。て、え?俺女の子なの!?魔法使いにジョブチェンじゃなく性別変更!?
「…ん?……カンナさん、この子の手の甲の痣…」
「ええ、どこかにぶつけているわけでもないのにたまに同じ痣ができてるのよ…」
カンナとはこの世界の俺の母親の名前だ。二人のやりとりにつられて俺も手の甲を見る。確かに、グレイが言うようにそこには赤い模様が浮かんでいるように見えた。
「ばあちゃ…長老を呼んでくる。もしかしたらこの子」
「……!まさか!?偶然よ!もしそうだとしたらこの世界は…」
「もちろん、俺も偶然と思ってる。でももしそうだったらなら、早いうちに準備をしなくては。…とりあえず長老を呼んでくる」
少し緊縛した状況の中、グレイはこの場からいなくなり、店が落ち着いたのか店から家へ出入りするドアから父親であるサントラがどうした?と顔をのぞかせた。
なんだかよくわからないが、俺はさっきの全力抗議で体力を使ったのか急に眠気が襲い、抵抗することなくそれに身を任せ目を閉じたのだった。