序章 魔法使いになれなかった俺
「はぁ…」
駅のホームにて、昨日からツイていない俺はため息をついた。
頑張りに頑張って、仕事を終わらせ久々の定時退社ができる!と思ったらパソコンが突然の電源off。当然、データが残ってるはずがなく結局俺は遅くまで残業するはめに。
やっと家に帰り電気をつけ、買ってきたコンビニ弁当を食べようとしたら球切れしたのか帰宅時同様真っ暗に。テレビをつけ、その明かりを頼りに弁当を食べるがいつも以上に寂しい食事に感じた。
そして今朝は残業もあってか十分な睡眠は取れず、少し寝坊をしてしまったのである。
「(久々の通勤ラッシュか。寝坊した自分が悪いとはいえ、寝不足にこれはキツイな…お?)」
不幸に浸っていたせいか、周りが見えていなかった俺に風がふわりと石鹸の匂いを運んだ。
その匂いにつられて隣を見るとなんともまあ可愛らしい女性が口を半開きにして上を見上げていた。
「(雪か。今年は少し早いみたいだな。と、電車もやっときたか)」
ふわふわと降ってくる雪と垢抜けてない雰囲気のその子に癒されつつ、顔のみえた電車へ視線をやる。
「…わ!?」
──そんな時だった。隣にいた女性が何者かに突き飛ばされ、ドン。という音とともに白線より前に飛び出ていったのを見たのは。
「「え?」」
傾いていく女性の体に驚いていたら、急に何者かに右手をつかまれた。そして聞こえる重なった二つの声。それは腕をつかまれた俺と、俺の腕をつかんだ女性のものだった。
そのことを理解した直後、俺の体も女性同様前へと傾いていった。
「―—っ」
咄嗟の出来事に俺は支えることはできず、そのまま線路へ落ちてしまった。すぐに状況は理解したものの、寝不足のせいか、あきらめてしまったのか。もしくは単に思い浮かばなかったのか、俺は横に逸れるといった行動はせず、ただただ向かってくる電車を見ていた。
「(あ、そういえば俺って明日―—)」
魔法使いになれるんだっけ。
藤原雪緒29歳童貞。彼女いない歴=年齢。魔法使いを目前にくだらない思考の中、俺は電車に轢かれその一生を終えたのであった。