Bury
「ここが奴の家だ」ケンドリック中尉に案内され、丹波と和泉はキャンプ座間の居住区にある家屋へと足を踏み入れた。日本の住居のように玄関土間はなく、靴のままケンドリックの後を追ってリビングへと進んでいく。
「被疑者のヘンリー・オリヴェイラは10ヶ月前に在日陸軍司令部に配属となり、備蓄品の整備にあたっていた。奴なら倉庫から装備をちょろまかすくらい朝飯前だ」
「以前に問題を起こしたことは?」和泉がそう尋ねると、ケンドリックは、ふん。と鼻で笑った。
「いくら極東の僻地とは言っても、流刑地として使うほどこの地は戦略的に軽くはない」和泉は思わず閉口し、そのままリビングまでケンドリックの背を追う。リビングは中心にソファとテレビ、窓際にキャビネットが置かれている以外はゴミのひとつも残されておらず、実に殺風景だ。
「家中どこでも自由に見てくれ。遺留品はすべて持ち出した後だがな」ケンドリックはソファの前まで来ると、そう言って後ろを着いてきていた2人の方を振り返った。そして、丹波と和泉の顔を順番に見回すと、ゆっくりと口を開く。
「ところで、あの少年は?」そう言われて2人が後ろを振り返ると、一緒に連れてきた筈の斑鳩の姿はなく、開きっぱなしの玄関ドアからこの家と同じ形状の住居が顔を覗かせていた。
「さぁ?あんたの車でも弄ってるんじゃないか?」
「そうか」ケンドリックは興味なさそうにそう呟くと、テレビの電源を付け、ソファに体を投げ出した。宮津からは敵対的行動をとる恐れがある人物だと釘を刺されていたが、このようにただ非協力的なだけならむしろやりやすい。そう和泉は密かに胸をなで下ろす。
「それじゃあ、和泉は上を頼む」
「了解」丹波は今通ってきた廊下を戻って行く和泉を見送ると、何をするでもなくケンドリックがつまらなさそうに眺めているテレビが置かれた台の上に腰を預けた。すると、ケンドリックは怪訝そうな顔を丹波に向ける。
「手掛かりを探しに来たんじゃないのか?」
「遺留品は全部持って行ったって、さっきそう言ってただろ」丹波がそう言うと、ケンドリックは呆れたような様子で肩を竦めた。
「だったら部下にもそう言ってやれよ」そう言って、ケンドリックは上を指さす。それに対し、丹波は薄らと笑みを浮かべながら言う。
「あいつは勘が良いからな。何か気付くことがあるかもしれん」理解不能。そう言わんばかりな様子でケンドリックはもう1度肩を竦めると、テレビの画面に視線を戻した。丹波はしばらく黙ってケンドリックの様子を見ていたが、視線が釘付けになっている割に表情がピクリとも変わらないので、たまらず自身の隣にあるテレビの画面を覗き込んだ。
「"おかいつ"なんか観て楽しいか?」映し出されていた幼児向け番組の画面を目にして、丹波は思わず口を開いた。ケンドリックは一瞬何のことを言われているのかわからずに目を泳がせたが、すぐにテレビ番組のことだと気が付くと答える。
「大人が雁首揃えてくだらん話をしているのを見せられるのよりずっと良い」それっきり2人は
口を閉ざし、若い男女の声と幼子の声とが入り交じった歌声が何もない空間に響き渡った。
またしばらく経ち、丹波が退屈そうにテレビを覗き込んでいると、今度はケンドリックの方から語りかける。
「家族は元気か?」
「ああ、元気だよ。特に下2人なんて相手してるこっちが疲れるくらいだ」すると、これまで仏頂面だったケンドリックがわずかに表情を緩ませた。
「デスクワークばかりで鈍ったんじゃないか?」
「馬鹿言うなよ。こちとら今でもスパルタンレースに出てんだぞ」するとケンドリックは、甘い。とでも言わんばかりに、ふんと鼻で笑った。だが、すぐにケンドリックは伏し目がちになり、ぽつりと呟くように言う。
「家族は大切にな」
「ああ」ケンドリックが珍しく見せたその表情に、丹波は神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。また会話が終わり、再び閉塞感が生まれようとしていたその瞬間、玄関の方からドタドタと大きな足音を立てながら斑鳩がリビングに飛び込んできた。
「中尉さん!スコップ持ってる?」
「車の後ろに積んであるが……」気圧された様子でケンドリックがそう答えると、斑鳩は再び大きな音ともに姿を消した。そんな尋常ではない光景を見た2人は一瞬時が止まったかのように硬直するも、すぐさま体を起こして斑鳩の後を追う。
玄関のドアから飛び出すと、開け放たれた白のエクスプレスのバックドアからシャベルを引っ張り出して庭へ走って行く斑鳩の姿を確認する。
丹波たちが一直線に庭へたどり着くと、今まさに斑鳩がシャベルを地面に突き立てようとしている瞬間だった。
「待て!!」静かな住宅街に敢えてドスを効かせたようなケンドリックの声が響き渡る。斑鳩はその声に体をビクッと跳ね上がらせ、シャベルが地面に接触する寸前のところで制止した。
「何が埋まっているかわからない。下がってろ」そう言うと、ケンドリックは斑鳩の手からシャベルをもぎ取って、芝生が浮いるように見える箇所に切っ先を突き刺した。
ゆっくりと持ち上げると、根っこは既に切れてしまっていたようで、芝は何の抵抗もなく土とともにシャベルの上へ乗り上げる。そして、ケンドリックが後方へシャベルを勢いよく振ると、土と芝は宙を舞った後ボソッと音を立てて庭の中央に着地した。
その様子を見ながら2人して固唾を呑んでいると、ケンドリックはそれぞれの顔を見回し、呆れた様子で声を張り上げる。
「トラップだったらどうする気だ。車の陰に隠れてろ」そう言われ、丹波と斑鳩は慌てることなく車の後ろに回った。ボンネット越しに見えるケンドリックの勇姿をそのまましばらく覗いていると、突如、ガチンという鈍く不快感のある音が響いた。
どうやらシャベルの先が土の下にあった硬い物にぶつかったようで、衝撃をもろに受けたケンドリックは、シャベルから右手を離して空中でブンブンと手を振っていた。
そして、そのまま痛む腕を振り続けながら片膝を立てて地面にしゃがみ込むと、今度は手で周囲の土を退かし始める。丹波はその様子を見ながら、斑鳩に耳打ちをした。
「和泉のところに行って応援を呼ばせといてくれ」2人は同時に立ち上がると、斑鳩は小走りで玄関の方へ、そして、丹波はゆっくりとケンドリックの方へと歩みを進める。
一歩踏み出すごとに鳴る芝生と土が混じったサクッという音がケンドリックの耳に入る頃には、丹波は既に穴の中が見下ろせるところまで来ていた。
「隠れてろと言っただろ?」
「心配する割にこんなに掘ったんだな」丹波は穴から顔を覗かせている深緑色の箱を視界に捉えながらそう言うと、穴の中に手を入れる。
「爆発はしなさそうだな」箱の周りの土を手でなぞる丹波を見て、ケンドリックは半ば呆れた様子を見せながらも、少し口元を綻ばせた。
「少なくとも蓋を開けるまでは。だがな」
ケンドリックも続いて穴の中に手を入れると、箱の両側面に着いた把手を丹波と片方ずつ掴み、そのまま地上へと引っ張り上げた。
芝生の上に置かれた箱は、軍人には馴染みのある物で、丹波もすぐにそれが何か理解できた。
「タイムカプセルに弾薬箱を使うとは、洒落たことをするな」
「応援を呼ぶから待ってろ」ケンドリックはそう言って、胸ポケットからスマホを取り出し、どこかに電話を掛け始めた。すかさず、丹波はその場にしゃがみ込むと、弾薬箱の上部の把手に手を掛けてゆっくりと持ち上げた。
「おい何してる!」ケンドリックは慌てて丹波を箱から引き剥がし、そのまま車の前まで連れて行く。だが、その僅かな時間の間でも、丹波は箱の中身を見逃すことはなかった。
丹波は、ぽつんと2本だけ入れられた空のバイアルの姿を脳裏に焼き付けながら、電話口で話すケンドリックをジッと見詰めた。




