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防衛省統合幕僚監部特殊防衛部隊  作者: 志
米軍生物兵器漏洩事件
35/38

Arrangement

大佐の口から現状を聞かされ、アメリカ軍に対して更なる疑念を抱いた宮津は、斑鳩、そして検察の世屋上を呼び寄せる。






 「連中はそう言ってたんだが、どう思う?」宮津は顔の前で手を組み、横目でチラリと高槻の方を一瞥しながらそう言った。

「物資が外部に流出。ねぇ……」つい昨日、宮津があの場でアルバート・ウェルズに言われた言葉を高槻は復唱する。そして、頭の中で反芻し、面白がるような様子で再び口を開いた。。

 「そいつは、バレたら反対派の格好の獲物だな」

「連中も反対派の相手なんか慣れっこだろ」米軍が真に警戒しているのは反対派などではない。この件が明るみになって、収束するまでの間警察が米軍の回りを嗅ぎ回ること。それを最も危惧しているようだった。だから、わざわざ大佐という地位のウェルズまで出てきて、知らぬ振りをしろと圧を掛けてきたのだろう。

 「しかし、警察を近づけたくないなんて、なんかやましいことでもあんのかねぇ」

「胸に手を当てて考えてみろよ」宮津がそう言うと、高槻は、はん。と鼻で笑う。

「当てるまでもねぇよ」そう。彼らは自分たちと同じ穴の狢だ。警察に嗅ぎ回られたくない気持ちは痛いほどわかる。

 だが、だからと言って何もせずにおいそれと引き下がるわけにはいかない。たとえ誰であろうと、国を脅かす存在ならば排除する。それが特防隊の任務なのだから。

 今は行動するときではなく、とにかく様子を伺い見極めるタイミングだ。彼らが敵なのか、味方なのか。

 「世屋上(セヤガミ)に言って程々に回りを調べさせてみる」

「今回は検察に頼るのか?」

「毎度毎度顎で使われて堪るかよ」宮津はそう言うと徐に立ち居上がって部屋から姿を消した。

 検察庁を後ろ盾にしてからというもの、雑用を押しつけられることが増えた。今回の件だってそうだ。宮津の言うとおり、検察の小間使いとして働かされるのは癪に障る。

 だが、本当に検察に任せておいていいのだろうか。高槻にはどうしても引っかかっていることがあった。それは、フォート・デトリックから来た研究者のことだ。

 物資の流出で騒いでる最中(さなか)に研究者が1人だけ、それも正規の入国手続きを踏まずにとなれば嫌でも勘ぐってしまう。

 「生物兵器……」無意識のうちに口から出たそれが、想像しうる限り最悪にして確率の高いケースだ。 もし、米軍が秘密裏に生物兵器を持ち込み、それが外部に流出したとすればただ事では済まないだろう。

 当然、検察はそれも織り込み済みで探りに行かせたのだろうが、もし仮に本当にそうだったとして、検察に何ができる?逮捕権もなければ米軍に何か言える立場でもない筈だ。

 「まっ、お前が呼ばれたってことは、あいつらに

頼る気は更々ないってわけだ」高槻はそう言って、腕を組みながら背もたれに思い切りもたれ掛かる斑鳩に視線を向けた。

 「アメリカ軍が相手なんてわくわくしますね」図太いと言うべきか、脳天気と言うべきか、白い歯を見せる斑鳩に対して高槻は半ば羨望、半ば呆れの視線を向ける。

 「調子乗ると痛い目じゃ済まないぞ。あいつらは俺たちほど優しくない」

「高槻さんも別に優しくなかったじゃないですか。いきなり銃向けてきたし」軽口が止まらないのは玉に瑕だが、この男が人並み以上に危険を察知する本能が優れていることは十分に理解している。好奇心で首を突っ込んでも突っ込みすぎることはしない。その点においては高槻も心配はしていなかった。

 むしろ心配なのは、明確な目的を持って理性で一線を越えようとするときだ。宮津が何をやらせるつもりかは知らないが、具体的な使命を与えるということは、引き際を自分で判断させないということだ。 「何をするにしても、無茶はするなよ」

「何かあったときは高槻さんが助けに来てくださいね」こうも口数が減らないといい加減心配するのも馬鹿らしいが、ここは普段通りだと安心するところだろうか。とは言え、いくら御託を並べようとも情報収集は必要だ。そして、今自由にそれができるのは斑鳩しかいない。

 高槻は斑鳩に期待と心配、様々な感情の入り混ざった視線を向けた。






 防衛省の正門を出ると、宮津はすぐ目の前の道路を見渡した。横断歩道から少し離れたところの路肩に目当ての黒いレクサスLSが止められているのを見付け、早足で傍まで歩いて行く。

 車のナンバーと助手席の窓から見える人影を確認すると、宮津はドアを開けて助手席に乗り込んだ。

 「収穫はありましたか?」宮津がシートに腰を下ろすと、間髪を入れずに運転席に座る世屋上福也(セヤガミ フクヤ)はそう尋ねた。

 「ない」宮津がボソリとそう言うと、世屋上は面食らった様子で宮津の方を見返す。

 「わざわざ呼びつけたってことは何かあったんでしょう?勿体ぶらずに教えてくださいよ」

「何もない。それが答えだ」それを聞いた世屋上は、手の平で額を撫でると、シートに思い切り体重を預けて窓から空を見上げた。

 「なるほど、まんまと抱き込まれたってわけですか」そう言うと、世屋上は大げさに失望しているような素振りを見せた。それに対して宮津は、もう慣れた様子で一切気にすることなく口を開く。

「そういうことだ。悪いが後はそっちで勝手にやってくれ」すると、世屋上は打って変わって鋭い視線を宮津に向けた。

 「だったら、斑鳩宗肆(便利屋の少年)を呼んで何するつもりなんですか?」宮津はその問いには答えなかった。その代わりに、世屋上へ鏡映しかのように鋭い視線を送り返した。

 「俺たちに押しつけてきたのはお前らだろ。何も聞かずに最後まで後ろでコソコソしてろよ」すると、世屋上はくすりと笑い、上体を起き上がらせた。

「ほんと、先輩は回りくどい言い方が好きですね」外していたシートベルトを付け直し、一瞬の静寂が通り過ぎた後、エンジンが始動する音が鳴り響く。

 「それで、後ろでコソコソ何をして欲しいんですか?」

「相変わらず察しが良くて助かるよ」宮津はそう言うと、そこから続けてゆっくりと口を開く。

 「米軍に不審な動きがあるって警察に言って(けしか)けきてくれ」その言葉を聞いた世屋上は思わず眉をひそめ、踏みかけていたブレーキから足を離した。

「ほんと、よくそんな嫌なことばっか思いつきますね……」

「警察に手柄を盗られるのがそんなに嫌か?」ただでさえ力関係が対等でない上に、自分たちが掴んだヤマを持って行かれるのは当然快くないだろう。宮津はそれをわかった上で世屋上に尋ねた。

 「上の連中がマウントを取るための材料に興味はありません」

「エリート街道を進もうとしているお前がそう言うとは意外だな」嫌味や皮肉などではなく、宮津は心からそう思った。

 「僕は自由にやらせてさえもらえればそれでいい。そのために最低限上に取り入ってるだけのことですよ」その自由の先に何を見ているのか。宮津は一瞬考えたが、世屋上はその隙を許さず、更に口を開く。

 「その上の連中に頭下げて、防衛省に協力するよう持って行ったんですよ?ここで警察にすり寄るような真似をしたらなんて言われるか……」

「そこはいつもみたいなでまかせで上手くやってくれ」世屋上はそれに対して何か言いたげに口を開けるが、結局は何も発さずにブレーキに足を置き直した。

 「最大限努力はしますけど、こちらにもこちらの立場があるので、もしものときは覚悟しておいてくださいよ」宮津がゆっくりと頷くと、世屋上はシフトレバーをドライブに入れ、車を発進させる。

 四谷方面を南下し、そのまま30分ほど下道を走らせると、多摩川を越えて神奈川に差し掛かった。

 「さすが、公安ともなると県境もお構いなしですね」ルームミラーに映る後続車を一瞥し、少しアクセルを踏む力を強めた。

 「本当にこのまま横須賀まで行くんですか?」

「ああ。そうすれば海軍の方は勝手に見といてくれるだろう」宮津がそう言いながら頷くのを視界のギリギリ端で捉え、世屋上は小さく首を傾げる。

 「横田に行った昨日の今日で横須賀なんて、ちょっと露骨に誘い過ぎてませんか?」

「宗主国様のやり方に倣わなきゃな」その言葉が何を意味しているのかわからず、世屋上は頭上にハテナを浮かべた。

 本件をひと言で表現するとすれば、"大味"そう言うべきだろう。本国から研究者を呼び寄せるという普段と違う不審な動きを見せ、それを探りに来たこちらの目的を知りながらわざわざ基地に招き入れた上で、黙っているように圧を掛けたかと思えば、その実は単なる物資の流出だと言う。探偵もののようにいくつもちりばめられた不審点から何かを隠そうとしていることは探偵でなくとも容易に想像できた。

 だが、それ故に、張られた網の中にのこのこ飛び込んでいるのではないかと勘ぐってしまい、慎重に行動することを強いられている。

 宮津の考えている策は、そんな米軍のやり方に倣ったものだった。それを自ら口に出すことも、世屋上が尋ねることもせず時間は進み、気が付けば横浜沿岸を抜け、横須賀の町を対岸に捉えていた。

 「そうそう」世屋上はさも今思い出したかのように口を開く。

「先輩の実力はこの世界の誰よりも理解しています。自分でも、釈迦に説法だとも思ってます」そこで言葉を切り、数秒の沈黙が車内を駆け巡った。

 実に勿体ぶった話し方だが、宮津は途中で口を挟むことはなかった。

 すると、世屋上は今日一番の低いトーンで再び口を開く。

 「くれぐれも無茶はしないでくださいよ。あなた方がここで捕まりでもしたら、僕の輝かしいキャリアがぱあですから」

「努力するよ」宮津はそう言うと、眼下に見える原子力空母を見下ろした。






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