乞食のグルメ
華の金曜日。
飲食店街へと続く吐瀉物まみれの通りを、腹を空かせてへろへろになりながら歩いている一人の中年男がいる。
住む家もなければ定職にも就いていないこの男の名は、荒屋住男という。彼は、公園に寝泊まりし、日雇い労働でギリギリ食いつないでいるノマドである。
住男は常時金欠なので、原則として食事は一日一食。夕食以外は抜いている。朝食と昼食にありつけるのは、狩りで獲物を仕留めることができた時だけと決めているからだ。住男は巨人並みの大食漢なので、一日三食もとっていたらそのうち破産するだろうことは目に見えている。
今日は狩りに失敗したので、朝から何も口にせずに労働に勤しんだ。とはいえ、腹が減っては戦はできぬだ。空腹のせいでなかなか作業に集中できず、何度もミスを繰り返しては現場監督に怒声を浴びせられた。
何よりつらいのは昼休みで、飯を用意できなかった住男は、他の従業員たちが幕の内弁当やベーグルパンなどを頬張る中、腹をグーグー鳴らしながら財布に入れて持ち歩いている〝茶碗いっぱいに盛られた銀シャリ〟の写真を眺めることで気を紛らわすしかなかった。この術は諸刃の剣であり、銀シャリの写真を見ただけで何となく満たされた気になれることもあれば、いっそう食欲がそそられてひもじさが増すこともある。今回は運悪く後者のパターンだったため、精神がごっそり削られてしまった。
しかし。幸いなことに、今日は金曜日。
住男は、週に一度、金曜日に食いだめを行う。格安かつ時間無制限の食べ放題コース(バイキング形式)を提供している二十四時間営業のレストランを知っているので、毎回そこで十二時間ほど粘ってとにかく食いまくるのである。一人オールナイトである。
住男は、通い慣れたレストランの扉を開け、彼の定位置となっている窓際の席にどっかりと腰を下ろした。彼はこの店で既に常連となっているため、注文を取りにきた女子高生らしきウェイトレスに「いつもの」と横柄に言いつければ、それで十分通じた。いつもの、とはもちろん食べ放題のことだ。
ちなみに、ドリンクバーは頼まない。お冷は無料でおかわりし放題なのだから、それを飲めばいいだけの話だ。
ウェイトレスは営業スマイルを浮かべ、「ごゆっくりどうぞ」と言い残して去っていった。(まーた来たよこの客。早いとこ出ていってくんないかな)というのがホントのところだが、そんな本音はおくびにも出さない。プロだ。毎週金曜日にやって来て一人で長時間居座りカバのように料理を食い散らかしていく住男は、店では危険人物扱いされていた。店員たちの間では陰で〝地獄の餓鬼〟というあだ名がつけられているが、本人はそれを知る由もない。
「さーて、今日も死ぬほど食いまくるか」
そう言うと、住男は勇み足でバイキングコーナーに向かった。
この時、彼の頭からは、都合の悪いこと――返済の目途の立たない多額の借金のこと、滞納している税金のこと、離婚した妻への慰謝料のこと、等々――は、きれいさっぱり消えている。
〝今〟を貪る。それが、住男の流儀なのである。