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それは突然に始まった。
おいしい料理に夢中になって私達が食べ終わる頃それは突然に始まった。
料理が出てくる前に始まっていたら私達は料理をとても楽しめなかっただろう。
私達はいや少なくとも私はミルの家に来ている本来の意味をすっかり忘れていたのだ。
「こないだ、依頼場の前で一緒に食事をしていた女性の方は一体誰ですの!?」
「お前こそ、このダイアモンドリングって一体いくらしたんだ!?私に断りもなく!」
「それから依頼場でまた別の方の女性と何か飲み物を飲んでいらしたわよね?しかも肩を組んで!」
「それにそのプラチナネックレスとはなんだ!?」
「そして昨日!私には仕事で遅くなると言っておきながらお城に行ってみたらいなかったではありませんか!一体、どこに行ってらしたの!?」
「今月、もう100ギガ近く買い物してるではないか!このままでは生活できなくなるぞ!」
お互いが怒鳴りあっている。全然、相手の話を聞こうともしない。
がちゃ~~ん!
しまいには花瓶を投げ始めた。
「あははは!」
ユンちゃんはそれを見て笑っている。......笑いどごろではないと思うんですケド。
「ああ!レオン様、ソフィア様、おやめくだされ!」
年老いた執事らしき人が必死にミルのお父様とお母様をなだめている。が、その争いは当分、終わりそうにない。
がしゃ~~~ん!
「あははは!楽しそう!ユンもまぜてもらいたい!」
ユンちゃんはとんでもない事を言っている。雪合戦と勘違いしているのだろうか。
「あわわ、どうしよう、ロキなんとかできる?」
「ん?『殺すぞ?人間』とか言えばいいのか?」
「......アンタに相談した私がバカでした。はあ、一番頼りになるこっしーはミルと一緒に出掛けちゃったし......早く帰って来ないかなあ」
☆
「ん?今、バー......ミル様の家のほうですごい音がしましたぞ?」
「......どうやら始まったようですね、こっしー様。戻りましょう」
「はい」
「さっきのお話し、良いお返事を待っています」
「......」
☆
「レオン様、ソフィア様、お静まりください!れ、冷静にお話をしましょう!」
私は2人の間に割って入り花瓶を投げあうことを必死でやめさせようとした。
「あなたとはもう離婚よっ!離婚してやるぅ~!」
「ああ、こっちこそお前とはもうやってられん!離婚だ!」
だが2人とも私の話なんぞは聞きはしなかった。
「あわわ、まあまあ、そんなことを言わずに!」
ふとテーブルのほうへ援軍を頼む視線を送るとなんとユンちゃんとロキは遅れてでてきたオードブルを一生懸命に汗を流しながら食べていた。
「ああ、もう!誰か!助けて!」
「お父様、お母様!おやめください!客人の前ではしたない!」
ミルとこっしーは帰ってきた。ミルの声がリビングに響き渡る。
「む、むぅ」
「......」
ミルの一声だけでミルのご両親は喧嘩をやめてしまった。これで報酬の500ギガを貰えるのだろうか?私はニヤニヤとしているに違いない。
「私はもう寝る!......客人方、お見苦しいところを見せてしまったな......まあ、ゆっくりしていってください」
レオン様はそういうと私達の前からいなくなった。
「モエミ様、ちょっとお話が......」
「なに?」
「ここではちょっと......噴水の前までよろしいですか?」
こっしーはチラッとミルのほうを見て再度私に向いてそう言った。
「??うん、わかった」
私はこっしーの後ろをついていく。
「モエミ、どこ行くの?」
「うん、ちょっと買い物に」
「なら、ユンも行く」
「ダメ!ユンちゃんはここでみんなと待ってて」
「なんで?」
「こっしーが私に話があるって」
「告白だ!」
「違うよユンちゃん。お仕事の話」
「なんだつまらない」
「だからみんなと待っててね。何かおいしい食べ物買ってくるから」
「うん、わかった」
そのやり取りをジッーとミルは見ていた。視線が痛すぎなんですケド。これでさっきこっしーにミルがなんて言ったのか大体想像がついてしまった。告白めいたものを言われて子作りでもしようとかなんとか言われたのではないだろうか。それでこっしーが私に許可を求めてきたと。
そう考えると何か私は悲しくなってきた。私の許可なんて求めずに即座に断って欲しかった。
青と赤と紫のイルミネーション。夜の噴水は周囲の飾られたデコレーション・ライトがロマンチックな雰囲気を醸し出していた。
「わあー綺麗だね」
「モエミ様。実は......」
こっしーの口から聞くのは何かイヤだったので私は口を挟む。
「なになに?ミルに告白されちゃった?それで子作りしようとか言われたんでしょ?」
「......はい、その通りです」
「......なんで?なんで?それで私がいいと言ったらこっしーは......」
「違いますぞ、モエミ様」
今度はこっしーが私の話の途中で口を挟んできた。
「お断りするのは間違いないですがどう言えばミル様が傷つかずに諦めてくれるのかわたしめでは答えがでなくてモエミ様に良いお考えがないかお伺いしたかったのです」
「......あーそういうこと」
「はい」
「うーん、でもミルはさっき私達のことをジッーと見てたからなあ。これ以降何を言っても何をしても私達の作戦だと思うでしょうね」
「......あることをすればミル様、自らあきらめると申されたんですが......」
「え?それはどんなこと?あ!まさか!?」
「モエミ様の想像どおりにてございます。それで子供ができなければ諦めると申されました」
「そ、そうなんだ。でも実際どうなの?こっしーは人間の姿の時そういうことできるの?」
「......やってみないとわからないとしか......だから困っているのです」
「はあ、わかった。ミルには私からあきらめるように説得してみる。多分無理なんでしょうけど。でもミルとはいろいろ話したいことがある。だからこっしー、とりあえず私に任せてくれる?」
「魚意」
☆
「ミル、ちょっといい?」
私とこっしーがみんなのいる所に戻ってくるとソフィア様もいなくなっていた。
ミル、ユンちゃん、ロキは紅茶を飲んでいた。
「なんですの?こっしー様は諦めませんわよ」
「......まあ、その事も含めてあなたとゆっくりお話がしたいの。どこか2人きりになれるお部屋はない?」
「わかりましたわ」
そういうと漆黒のドレスに身を包んだミルはすくっと立ち上がる。その美しい姿に女の私でさえクラっとしてしまいそうだ。
「こちらに本を読む専用の部屋があります。では、そちらに......」
「う、うん」
ミルはそう言って誘導する。本を読む専用の部屋?なにそれ図書室ってこと?
私はミルに案内され洋風の書斎室に入った。
「それでなんですの?お話しって?」
「あーうん、その痴話喧嘩の仲裁の件なんだけどこれで終わりってことでいいのかなあ?」
「......いいえ、お父様とお母様はまた明日にでも始めますわ。毎日毎日同じことの繰り返しですの」
「え?そうなの?」
「ええ、それもわたくしが家を出た理由のひとつですの」
「でも、ミルが止めればやめるじゃない?」
「ええ、でも、またすぐに始めますの」
「はあ」
「バーン家の恥さらしっていうほどのことではありませんがみっともないですわね。でもなぜか周囲には『喧嘩するのも仲がよい証拠』っていうように思われてますわ」
「へー、で、痴話喧嘩を止める依頼を出したのはバーン家の誰なの?」
「お父様ですわ」
「はあ、そうなんだ。あれ?でも確か依頼主はモーツ・バーンって?」
「あれは偽名ですわ......お父様もお母様も止めたいとは思っているのでしょうね」
「なるほど」
「モエミさん、話はそれだけですか?」
「......あとはこっしーのことなんですケド」
「わたくしはあきらめませんわよ」
「......どうして?どうして、こっしーなの?」
「強くてイケメンですし性格も品があっておとなしいからですわ」
「......そうかもしれないケド」
「それになによりはモエミさんを主としての絶対的な忠誠。それをわたくしの者にしたいのです。絶対に浮気しそうにないじゃありませんか」
「だけどこっしーの気持ちは?いくらあなたがこっしーを欲していてもこっしーがあなたを好きじゃないのならダメでしょ?」
「こっしー様には何度も断られています......」
「じゃあ、あきらめてよ」
「イヤですわ。あきらめません」
「......はあ」
「モエミさんはどうなのです?こっしー様のこと、好きなのですか?」
「......私は......」
私は思い出す。現実の世界で家の庭の池でこっしーが佇んでいる姿を......私が池に近づくとエサをくれるのだと思ってスーッと池の淵のほうまで寄ってくる。そんな愛らしい姿。私がエサを池に放つとおいしそうにパクパクと食べる。......たまらない。
そんなこっしーが人の姿になり私の好みのイケメン顔になって私と供に旅をしてくれている。いつなんどきも私のことを気遣ってくれて......好きじゃないハズがない。
「......好きよ。大好き!ミル。ごめん、あなたには渡さない。いいえ、誰にも渡さない!!」
「わかりました。なら今回は諦めます。ですけどまた、この家を出てわたくしはまたモエミさん達に同行いたします。それでわたくしはこっしー様に振り向いてくれるように努力いたしますがそれでもよろしいですか?」
「え?う~ん、わかった。でも依頼のほうはどうしよう?」
「そうですね......では、わたくしがお父様たちに『喧嘩を止めてくれるまで家には戻りません』とお伝えするのはどうでしょうか」
「あ、いいかも」
「......ですわね。モエミさんにしてみればわたくしがいなくなって報酬まで手に入る......いいことづくめですわ」
「......ミル誤解しないで欲しいんだけど私はあなたと一緒にいたいと思ってるよ?あなたは強いし頼りになるし......それになんといってもあなたといると楽しいの!......こっしーのことは私も譲れないけど......それでも私はあなたとこれからもずーっと楽しくやっていきたいと思っている!」
「モエミさん......」
その時ミルの瞳からスーッと一筋の涙が落ちた。
「ミル?」
「......こんなわたくしの我儘に......それでもわたくしと一緒にいたいだなんて......バーン・号泣・ダイナミック!うわ~~~~ん!」
ミルは号泣しはじめた。私はそっとミルの肩に手を寄せる。
「ミル、泣かないで。また明日から一緒にやってこう?」
「ヒック、ヒクッ......ん」
泣きながらミルは頷いた。
__翌日、私達はレオン様とソフィア様に見送られて再び旅に出発した。......まったくあてのない旅なんですケド。