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「あー、わかんねえっ! ったくどうして動かねえんだよこの術式! 作ったやつの脳は蝋で出来てたんじゃねえのか? 脳みそ蝋のくせに熱魔法使いすぎて溶けまくってたんじゃねえのかあ!?」
帰っても特にやることも無いので昼頃に購入したパンを口にほうばりながら部隊の部屋で月刊ハ虫類(両生類)を読んでいる私はかれこれ二時間くらいそんな叫び声を聞いている。
……あぁ、砦の中じゃ飼えないもんな蛙とか蛇とか……まあそりゃあストレスも溜まるだろう。……ってこれは私のことか。
「うぎゃー! わかんねえええええ!」
「ちょっとアンジュさん? 今良い所なんです。クオリア皇国を主な分布とするツメガエルたちのお宝グラビアなんです黙っててください!」
良いところなのに流石にうるさくなってきたので私は半分キレぎみに立ち上がった。
アンジュさんはキレていた。
「はあ? んだテメエ、そんな私の声が気になるならそんなもん自分の部屋に帰って読めよ」
正論か。アンジュさんは痛すぎるところを突いてきた。むしろ私がさらけ出していたというべきか。
「ていうか、何してるんですか?」
「ああ? 見れば分かるだろ? さっきも言ったしな。新式の術式の開発のパッケージだ。最後の行程が私に回ってきたんだが、どうも動かねえ」
「へえ」
「これ絶対動かないのを承知で私に持ってきただろ……前の工程までのポンコツら、不良品持ってくんじゃねえよ」
机に寄ると、アンジュさんが手の中で色々な文字が球状に固まったものをこねくりまわしていた。
魔法術式。普通に同性能の魔法を使用するよりも多くの魔力を使用して作られるそれは、一度作っておけば少し魔法力を込めることで消耗しきるまで何度も発動させる事が出来る、例えるなら魔法のカンヅメだ。しかし、完成品ならば見えるはずの七色の光は目に入らなかった。
私はそれをぼんやりと見たが特に変わったところのない普通の術式だった。ちょっと術式に自信がある人間がこんな簡単なものが動かせないと確かにストレスが溜まるだろうといった出来だ。
……ん、あれ? でも、なんかおかしい。
「ちょっと待ってくださいアンジュさん。……私、これなら分かりますよ、珍しいケースですねえ。これ、原理はあんまり使うことはないですけど気付いちゃえば修正は容易なやつです」
アンジュさんは私の言葉に目を見開いていた。
「容易? 嘘だろ? お前みたいなポンコツそうな奴が私みたいな有能な天才が頭を悩ませる問題を一目見ただけで解決出来る訳がねえ」
「いや出来ますったら。私、これでもそこそこの教育を本国で受けてきたんですから」
そういうとアンジュさんはむすっとした。完全に疑っている。
「じゃあ、やってみろよ」
アンジュさんが持っていた術式を乱暴に私に渡す。私は壊れないように慎重に受け取った。
与えられた術式を近くでまじまじと見る。うん、予想通りだ。
「えと、こことここは違う魔法少女が式組み立てたはずなんで、規格が違うはずだったのに、隣との術式の兼ね合いで偶然酷似した術式になってるんですよ、似た者同士が傍に居て術式が喜んじゃって動かしたくないときでも一方が動くと動いちゃう、共鳴ってやつですよ」
そう言いながらも私は術式に簡単な修正を施した。試しに起動してみると、それは淡い虹色の光を放って成功だと表してくれていた。
「ね、ほら? 簡単でしょう?」
アンジュさんの表情を伺うと、感心したような顔をしていた。
「なるほど……そうか、この二つが遠隔共鳴して同期しちまってたのか」
「ええ、だから原理は簡単だって言ったじゃないですか。まあ、そうそう見ることの出来るものではありませんけど」
椅子に背もたれにアンジュさんが体重をかけて大きくのびをした。
「……かなり珍しい事例だから私とあろうものがすっかり忘れてた! 知識としてはあったんだが、まさかこんな大した事ない術式にこいつがひょっこり出てくるとはな」
「ま、こういうの見落としがちですよね。一人で弄ってると延々と動かなくて呻くけど他人に見せると嘘のように解決されてしまうパターンの奴ですよ。流石私」
へへんとついつい何だか鼻を伸ばす私。アンジュさんがこっちを見ていた。『流石私』が気にさわったのかな? カレハさんとの会話で歪められた会話力の弊害が。
やばい調子にのりすぎて怒らせちゃったかな? アンジュさんの顔を伺う。
「てめえ……」
ひえっ、睨んでる! 目が怖い! す、すすすすいませ……。
「すいま」
「お前やるなあ! 助かったぜ!」
愉快そうに私の肩を叩いた。これはせ、セーフなのか?
「はは、それほどでも」
よ、良かった……。
私は胸を撫で下ろした。アンジュさんは完成品を器用に指でくるくる回した。
「原理は簡単っつっても見つけるのはかなり苦労すんぜ。これを見つけるには全体を俯瞰するようにして並行して読み取っていかなけりゃ気づかねえ。高度な並列処理能力が求められる……それくらいお前も分かってんだろ? 見かけによらず、かなりスゲエ能力持ってんじゃねえかよ!」
「はは、ははは。それほどでも」
なんだかアンジュさん、私の事をベタ誉めである。
ていうか、何だろうスッゴい優しそうで純粋そうな目をしていることに今気付いた。
赤色の瞳が、キラキラ光ってる。なんだかはしゃいでるようなアンジュさんを見ているとあんなにも口の悪い人間と同一人物だと思えなくて可愛いとすら思ってしまう。
「あー! もう! 無駄なことに労力費やしすぎて疲れたー!」
アンジュさんがまた叫んだ。今までとは違い達成感に溢れた声だった。
「ここの部署の任される仕事やたらと多くありません?」
私はアンジュさんの机の上に積まれた大量の書類を見てそう言った。
「あん? ……ああ」アンジュさんは首を振った。
「何か?」
「何もねえよ。言ったらせっかく来たテメエがやめちまう……んなことより喉が乾いた……」
と、そこで私の体は何かを捉えたようにピクッと動いた。
……チャンス! なんだかアンジュさんが御機嫌でやたらと私をベタ誉めしている今こそが私の株を上げて不動のものにする絶対的なチャンスではないかと心が躍った。
「あ、そうだ。私、疲れを癒すためにささやかな祝杯持ってきますよ。流石にアルコールは置いてなかったはずなのでジュースですけど。待っててください!」
「お、おう。ありがとな」
完璧だ。悩んでいた案件を華麗に解決しつつ労いの差し入れ。これで落ちない人間なぞ居ないわ!
パーフェクトだ。
私は間抜け顔をちょっとにやけさせながら疾風の如くに部屋を飛び出した。