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私はドアが軋む音をする方に体を向けた。
「……あれ、アンジュさん?」
何かから隠れるかのように少しだけ開けたドアから身を小さくして顔を出しているアンジュさんにはかなりの違和感があった。
「おい、お前。ユイっつったか?」
小声だ。やはり誰かに聞かれたくないらしい。
「まあ、そうですけれど。名前を覚えていてくれたんですね」
「そりゃ、私が上官の名前を忘れるかよ。違う、そうじゃねえ。なあ、あいつ、帰ったか、あいつ」
アンジュさんは耳打ちするかのように手を口で覆っていた。相変わらずいつもの十分の一は小さな声だった。
「あいつって?」
「ああっ、もういい。お前ちょっとこい」
私が聞き返すとアンジュさんはくいくいと手を招いて私を呼んだ。呼ばれるままに私がカレハさんの近くは行くとカレハさんはいきなりガバッと私を掴まえた。
「ひあっ! 何するんですかアンジュさん! まさかそういう趣味が! やめてください、私の貞操がピンチ! むぐうっ!」
アンジュさんは私の口を押さえて顔を私の耳元に近付けた。
私の貞操もついにエマージェンシーか。
「しっ、馬鹿か。うるせえよ声大きいんだよ。そもそも誰だかくらい察せよ。カレハだよカレハ。オルバウム・カレハのことだよ」
「んぐーっ! むぐっー! はえひまひはよ、かへはほんは」
「何語だよ。母国語か? 共通語で話せ」
帰りましたよ、カレハさんは。口を押さえられていた割には我ながらナイスな発音だと思ったのだが、アンジュさんにはそうではなかったらしい。私の口を覆っていた手を離した。
「カレハさんならついさっき帰りましたよ」
「……そーか。それならいい」
小さな声でアンジュさんが頷いた。
「こんな遅くに何か用ですか?」
アンジュさんはめんどくさそうに頭をかいた。
「なんか今日の術式は手間取って終わらなかったからよお、どうしてもなんかモヤモヤするから来ちまった」
「戻ってくるならば一回帰るフリをしなければ良かったのに」
「うっせーよ。それだとカレハにハクがつかねえだろバーカ」
うう、相変わらずの口の悪さ。アンジュさんは不機嫌そうに自分の机の前の椅子に座った。