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食堂に着いた頃には今度は食堂が人がまばらになっていた。
朝ご飯の間から仕事が始まるまでに皆好きなことをしているのだろうが、ご飯を食べてから実際に働く時間までに時間が結構あるとはクオリア皇国では信じられない。
索敵魔法の展開、魔法式の整備など食事の後直ぐ様作業に取りかかるのが私たちの普通なのだがアシェンプテル砦ではそうではないらしい。
多民族砦というのが多分に関係あるのかもしれない。
かためのパンに豆と干し肉。質素だ。口に含んでみる。
味は別に可もなく不可もなくといったところだ。不味いわけではない。美味いわけでも勿論ない。万人から好かれはしないが別に嫌われもしないだろうといった味だ。恐らく、この戦線での最適解なのだろう、とかそんな事を考える。
そういえばカレハさんは朝御飯を食べたかなと素朴な疑問が浮かんだ。食べていなさそうだ。今度朝御飯をつくって持っていってあげようかな、なんて思った。
「おい、ユイ。おはよう。浮かない顔だぞ」
「あ、先輩。いつのまに」
「ついさっき」
「心臓に悪いなあ」
『いつのまに』か隣に居た先輩が話しかけてきた。
「ユイ、今日からここでの初めての仕事だろ? 昨日私が言ったようにして頑張るんだぞ」
「いやあ、実はここに来る前にもうアプローチというか、頑張ってみたんですけどね……」
私の語尾は濁った。
「もう何かしたのかよ。で、その顔を見る限りではそれでダメだったと」
「はい……。いきなり一人を怒らせてしまいました……はあ」
私は深いため息をついた。
「御愁傷様だな……頑張れ。つっても101部隊は戦闘は当然の事、索敵魔法の扱い方、解析魔法、演算魔法、何れの技術も一線級だから、仕事の方は恐らく楽に終わるだろうよ。じゃ私はこれで。相談になら幾らでものるからさ。あくまで相談だけだけどな」
先輩は私の肩をポンと叩いた。
「ええと。今日の業務はギイマの反応が出たら緊急出撃は勿論ですが一応上から貰った仕事内容をします!」
四人の前で声を張り上げても何の反応も返ってこなかった。カレハさんは相変わらず窓を拭いているし、イリスさんはそっぽを向いていてリオナさんは瞑想をしていて、アンジュさんだけはこっちを向いているがミカンを剥いて口に放りこみながら退屈そうにしている。
「それで今日の101部隊の仕事なのですが」
「まだるっこしいなあ! お前、仕事出来ねえだろ? ポンコツが。名前なんつったっけ?」
「あ、青実ユイです」
「はあ? 名前なんて聞いてねえよ黙れ」
待って。それは理不尽過ぎやしないか。聞かれたような気がしたのは気のせいだったのか。
「ったくよお」
アンジュさんがおもむろに立ち上がって私の持っていた書類を引ったくるようにして奪う。
「あ、すいませんそれは」
「どうせ私に砦の索敵魔法式の修繕、リオナに解析魔法。イリスに演算魔法の仕事だろ? ここんとこギイマの野郎がサボってやがるから毎日こればっかりだ、ほらよイリスにリオナ、今日の仕事だ」
アンジュさんは私の方すら見ることなく、ひったくった書類を三つに分けてアンジュさんがイリスさんとリオナさんに手渡した。イリスさんとリオナさんは無言でそれを受け取った。
その後にやっとこちらを向いた。
「分かったか上官さんよ。通常業務は私が索敵、リオナが解析、イリスが演算魔法の仕事をやることで成り立ってんだ。勿論全員一人だけで仕事をやってな。だからお前は必要ねえんだよ……あと、そこの隅のハエみてえな茶色の奴とかな、ぜってえ要らねえんだよ! おい聞いてんのかカレハ! てめえのことだぞ!」
「はいっ! 聞いてますっ!」
ビクッとカレハさんが震えた。アンジュさんはカレハさんを睨んだ。そして舌打ちをした。
「おい、誰が喋っていいっつったよ? お前はずっと黙っておけばいいんだよ! それか私がずっと言ってるように、てめえには魔法少女なんて向いてねえんだからさっさと、……さっさとやめちまえ」
カレハさんはアンジュさんの言葉通りに黙りながら首を縦に振ることで肯定の色を示した。
ガンッ!
アンジュさんが自分の机を蹴りあげた。
「おい、てめえ! 何黙ってんだ! バカは返事も出来ねえのかよ! 本当にお前は無能だな! 私の精神衛生の為にさっさと視界から消えちまいな、この売女が!」
「は、はい……すいません」
大きな舌打ちが聞こえた。
「おい、今度は何声出してんだよ! 畜生以下の下等人間が、いつ鳴いて良いと私が言ったんだ!?」
「すいません……」
アンジュさんがズカズカとカレハさんのところまで歩いてカレハさんの襟を掴んで持ち上げた。今にも本気で殴りかかろうとする、殺気だった目をアンジュさんはしていた。
「だからその汚ねえ声を聞かせんなっつうんだよボケが」
アンジュさんが右手を振り上げた。
「アンジュさん。やめてください」
流石に私の口からその言葉が出た。
アンジュさんが冷たい視線を私に浴びせる。そして数秒経ったあと、舌打ちをしてカレハさんの襟を放して、自分の持ち場へと戻った。
そして部屋を静寂が包んでいった。
空気はサイアクだった。
「……いや、ははは。皆さん優秀みたいで私はなによりです。じゃあ私は何をやりましょうかねえ」
なんとなく。手持ち無沙汰で、そんなことを呟いてみた。しかし、すぐに私は、あまり考えずに言葉を発したことを後悔した。
「それが分からないから貴女は要らないという訳でしてよ」
沈黙を貫いてきたイリスさんがボソリとそう言ってから、仕事にとりかかった。意外にその言葉で私の精神力がピンチ。
しかし。五人分の結構な量の仕事を三つに分けて、それでも各々動揺していない所を見ると、やはり仕事は出来るようだ。なるほどこれは仕事に限って言えば優秀な人が揃っていて楽そうだ。仕事だけだが。
「あのーカレハさん。私も手伝いましょうか? そのー、カレハさんじゃこの部屋を綺麗にしきることは無理でしょうから」
手持ち無沙汰になったから、窓を拭き終わって今度は窓の枠を拭き始めたカレハさんに声をかけてみた。
かなり失礼な物言いだったが、カレハさんにはこんな物言いの方が良いのかなと思った。カレハさんは私の予想通り嬉しそうに頷いて嬉々として私の元にバケツを持ってきた。
その日はカレハさんと掃除をしながら、会話をして、時おり他のメンバーにうるさいと言われながらもカレハさんとの親交を深めた私であった。
……ま、まあ最初はこんなものだよね……。最初だけだよね。だって最後までこうだったら私はどうなってしまうのか。