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少女戦線、異常ナシ  作者: 水戸
all quite on the girl front
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 かっかっ。


 と不吉な鳥が泣くように廊下と自分の軍靴が合わさって鳴る音を聞くたびに不愉快になる。


「はっはっ、お前の配属された部隊は問題部隊で有名なんだよ。ここアシェンプテル戦線では第101部隊の問題児っぷりはな!」


 廊下を歩いている私の隣で一緒に大量の書類を運んでいる先輩はからからと笑った。先輩は半年ほど前にクオリア皇国からここに派遣されたエリート将校だ。皇国で先輩と一緒に働かせていただいたときは本当にお世話になった。


「先輩~。なんか不安です。上官の最初にして最大の仕事及び基本アンド必須事項はまず部下の信頼を得ることなのにー、”司令官の最初にして最後の仕事は部下に信頼を得せることである”なんて教科書の最初のページにも書いてありますのにー……。信頼の”し”の字を知らないどころか胸ぐら掴まれて、怯えられて、怒られて、殴られましたよ! そりゃ私みたいなポッと出の人間が上司ですとか言われても気に食わないでしょうが限度ってものがありますよ!」 


「くはは。そう言うなよ。この戦線は世界でも有数の多民族戦線だ。世界中から宗教、道徳から日常生活の違う連中が集められてんだ。ちったあ癖もあるさ」


「まあ、そりゃそうなんですけども。癖というか実害がですね……」


 私はぶつくさ言いながら持っている書類が落ちないように体を上手く傾けて持っている書類の束を整えた。 


 先輩が口を開いた。


「だから日頃っから魔法少女サンドリヨンたちの喧嘩が絶えねえのよ。まあ、曲がりなりにも戦地だからな。昨日まで仲良くしてた隣の支部の部屋が明日には壊滅してがらん、とすることだってあるんだ。そんな状況じゃ上官にも慎重になるだろ?」


 魔法少女サンドリヨンは物理的な干渉を一切受けない災厄の獣に唯一有効な力、魔法を使うことの出来る若い女性兵の呼称だ。ここの戦闘員は私たちも含めて全員そうだ。戦闘員以外の一部書記など魔法を使えない人間も少数この砦には在籍しているが。


「慎重ってったって限度がありますよ先輩。ていうかアレは慎重という訳でなくて石橋があったらとりあえず叩き壊してみるって人間の集まりなんですが」 


「まあ、そういう奴らだからな。アシェンプテル砦、通称少女戦線のあらくれ魔法少女サンドリヨンの部隊の中でも101部隊は問題児ばかりだってさっきから言ってるだろ」


「言ってるだけじゃないですかー。何の解決にもなってない。あんな人たち初めてです。私はもうどうすればいいのかさっぱりなんですよ……」 


「はっは、まあ精々頑張れ」


 先輩はまた心の底から可笑しい、というように笑い始めた。


「他人事だと思って!」


「他人事だからな」


「……むぐっ! そうですけど! そうですけどぉ……」


 どうしてその問題児部隊に私が配属されたのか納得いかない。ここに来る途中、どんな人たちかな、凄く良くしてくれるのかな、やっぱり冷たいのかな、とか色々考えていたけれどその私の淡い期待感を返せ。


「まあ、でもいいんじゃないか? なんか平和で」


「何が平和なんですか! これの何処が平和ですか!」


 私は咄嗟に反論した。そのせいで持っていた書類をぶちまけそうになったので慌てて体勢を整える。


「平和さ」


「先輩……?」


 先輩は急に神妙な顔をした。


「あのなユイ、ここアシェンプテル戦線は昔はとんでもない激戦区だったのさ。それが故に世界各国から兵が集められて、そして命を散らしていった。昨日の仲間は今日の墓石で、明日は我が身だったんだ」


 急に真面目な口調になる先輩の声に私も真面目な顔になる。


「……それは聞いていますが」


「でも最近は安全だ。どうしてだかここ数年、今までが嘘みたいに平和なんだ。ギイマの反応が一時期に比べて全く感じられないからな。ここの戦線は今減員の方向で動いてるくらいだ」


「言いたいことがよく分からないのですが」


「つまりだな、ユイ。どれだけ人間性が合おうが合わまいがギイマという共通の敵に立ち向かうために結束していた昔と比べて、敵が人間関係だけってのは幸運な事ってことだ。んでもって、やっぱりそういう時分の戦線には戦闘の采配とはまた違った才能が必要になる。お前はその違う才能を見込まれて配属されたんだよ。しっかりやりなよ」


 優しい声音で私を諭すようにそういう先輩。


「そんな事言っても騙されませんよ!」


「騙してねえよ。お前の人の良さっつうか優しさは私が一番知ってんだアホ」


 ……ぐ、ぐう。先輩、やっぱり優しいなあ。そんなうまい事を言われてしまうとなんだかその気になってくる。


「でも、やっぱりあの人たちと仲良くなるためにはどうすれば良いんですかね?」 


「ユイ、今日の夜開いてるか? 私も開いてんだけど時間があったら一緒にご飯でも食べてやるよ。相談にならいくらでも乗ってやるからさ」


「せ、先輩ー!」


 私は先輩におもいっきり抱きついた。



***********************************************************


 ……怪物。化け物。人と化け物の間の戦禍。そんなものは空想のものだと笑える時代が昔あった。


 人と人とのいざこざのみが敵だった。そんな時代が。


 ……魔暦十一年のときになる。

 

 陸蒸気おかじょうきこと蒸気機関車が発明されてから百と一年。それから更に加えて、人類が世界から少女の肉体という媒体を通じて魔法という概念を抽出することが出来るようになってから十一年たった年のことだ。


 魔法の力を得て今までとは比べ物にならないくらいの発展速度で歴史を刻んできた歴史は、その年に、世界は確かに異変に立ち会った。


 どこからか湧いて人を喰う。人類が魔法の力を得て神という存在を冒涜したせいで現れたとも言われる怒涛の獣甲虫。虫の頭殻と獣の身体を持つモンスターが人類の前に立ち塞がった。


 その甲殻や毛むくじゃらの肉体は物理的ないかなる兵器の干渉を受けず、その牙には物理現象に従っている限り、いかなる物質も耐えうることは出来ない。


 その化け物の名前は黙示録の最後の行に記されているポエムの頭文字をとって、G・I・M・A。ギイマ。


 忌々しい名前としてその日、その名前は人類史に深く、深く刻まれた。


 今、人類とギイマとの戦闘は熾烈を極めている。既存の武力が通用しない相手。魔法による干渉しか受け付けないギイマは魔法少女しか対処できず、今でも多くの少女が戦力として戦場へと駆り出される。


 ……私が生まれる、少し前の____おとぎ話みたいな本当の話だ。

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