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文学フリマ短編小説賞 2017 応募作品群

珍品 オバカダケ

 おや、いらっしゃい。遠くまでご苦労様だね。

 あんたの好きな切り干し大根、今日はたくさん出すからねえ。軒先に出してある大根たち、いいあんばいになってきたよ。しいたけも食べるかい?

 え、来る時に、ひさしの上にも干してあったキノコを見た? ああ、あれは特別。図鑑にも載っていない、珍しいきのこさ。

 あたしらは「オバカダケ」と呼んでいる。

 興味があるのかい? じゃあ、「オバカダケ」に関する話をしようかねえ。


「オバカダケ」は、珍しいキノコ。数もそれほど多くはない。

 食用として役に立つのか、と言われると、そこまでおいしくもない。まさに、煮ても焼いても食えぬ奴ってわけさ。

 ただ、このキノコ、なかなかに有害でね。見かけたら駆除しないといけないっていうのは、この辺りの人間なら誰しも知っていることなんだよ。

 問題は、他のキノコと比べても、見た目で判断するのは困難ということさ。毒とかも持っていないから、味で調べるのも無理。

 毒もないのに、どうして有害なのかって?

 それが「オバカダケ」の恐ろしいところなのさ。


 山に入った時、人間は多かれ少なかれ、緊張している。のんきに楽しんでいるように見えても、心のどこかに不安があるものさ。

 持ち物、服装、ルート、一緒にいる人まで、それとなく心配をしている。こうやって緊張をしている時には、人間は大きなミスをしないものさ。始終、この心持ちならば、「オバカダケ」のある山々に入ったとしても、無事に帰ることができる公算が高い。


 問題は目的があって、それを達することができた時。

 どのように気持ちが強い人間だって、目的を達した瞬間、緊張の糸がぷっつりと切れる。

 鋭く研ぎ澄まされた五感が緩み、今まで察することができていた危険を、危険と分からなくなってしまう。

 そのように気を抜いた人間こそ、「オバカダケ」の餌食になるのさ。


 まず、地図が読めなくなる。

 あんたもないかい。地図通りに進んでいるのに、一向にたどり着く気配がしないという経験。もしあったら、「オバカダケ」の存在を疑ってみるといい。


 次に、あらゆる感覚が鈍くなる。

 痛覚はもちろん、視覚、嗅覚を始めとした五感。それらが気づかないくらいのスピードで、だんだん、だんだん無くなっていく。いつの間にか腕をケガしていたり、何もないところで転んでしまったりするようになると、「オバカダケ」の第二段階にハマってしまっている。


 そして、最後。森や山の中を抜けることができなくなってしまう。

 先の二つで失った感覚を取り戻せない場合は、「オバカダケ」に魅入られてしまうのさ。そうなると、そいつはもう人の子ではなくなる。森のもの、山のものになってしまう。

 そばに誰か正気の人がついていればいいのだけれど、一人で山に入っていたり、全員が知らぬ間に「オバカダケ」の術中にハマってしまっていると、もうお手上げさ。

 ビンビンに神経を張り巡らせている、ベテランが立ち寄らない限り、昼も夜もなく、森や山の中をさまようことになる。やがては飢えに襲われて、見境なく命をむさぼり、自分の命を散らしゆく。何とも恐ろしい話だろう?


 さて、あんたに質問だ。

「オバカダケ」に騙されそうになった時、あんたならどうする?

 そ、正解。タバコを吸う、だね。厳密には煙を炊くことさ。

 古来より、キツネやタヌキが人を化かす時の対処の一つだねえ。「オバカダケ」もその例外じゃないってことさ。

 タバコ以外に、発煙筒などでも効果があることが分かっている。あれは自分の存在を他人に伝えるのみならず、「オバカダケ」の術を破り、人の子に戻るための儀式の一つというわけさね。

 特に煙は、視覚と嗅覚に強く訴えかける。ショックが大きいがゆえに、キノコのぬるい誘惑など簡単に断ち切ることができるのさ。


 更に、もう一つ。「オバカダケ」には大きな特徴がある。

 煙に巻かれるとね、刃物を入れたわけでもないのに、一人でに真ん中から割れて、シューシュー音を出すんだよ。まるで、息苦しさを覚えるみたいにね。

 ほっとくと、また「オバカダケ」に化かされる者が現れる。だから存在を知っている者は片っ端からそれを刈り取っていくのさ。そうして家に持って帰り、できる限り地面から離したところで、天日干しにする。

 なぜ、高いところで天日干しにするか? 他のところではどうか知らないけれど、この辺りじゃ昔からこの方法で処理をしているよ。

「オバカダケ」は見た目には、他のキノコと判別できない。他の食用のキノコたちと一緒になって、間違って食べないようにしないというのが大きいんだろうね。

 でも、あたしはそんな大仰な理由があるとは思わないよ。

 昔から言うじゃないか。


「バカと煙は高いところが好き」ってね。



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