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プロローグ

「この度を以て、職を辞させていただきます」


 俺の言葉に上司に当たる司令官は面倒くさそうに頷いた。

 口は何も語らないままにしかし、その目は早くここから出て行けと雄弁に語っている。

 踵を返して、忌々しさをそのまま部屋の扉に叩きつけるように荒々しく閉める。

 防弾鋼板で補強されたそれは、改造人間の馬鹿力でも歪み一つできなかった。


「ほら、あいつ」 

「ああ、街中でブラスターをぶっ放したとかいう」

「昔からやばいやつだと思ってたんだよ」


 かつての同僚らがこそこそと聞こえよがしに話しているのに言い返すこともできず、奥歯を噛みしめて廊下を歩く。

 目頭が熱くなってきたような気がしたが、こんなところで泣いてやるものか。


「今まで、世話になった」

「応」


 相部屋のマークは、ベッドに寝そべって背中を向けたままそれだけを応えた。

 然して多くはない私物を手に取るとそのまま基地の外を目指した。

 道中で投げかけられる視線は冷たく、それから逃げるように門に辿り着く。


「ユウキだ」

「お疲れさまでした」


 名乗るまでもなかっただろう。門衛は忌々しいものを見るように、しかし機械的に労いの言葉をかけた。

 これが、輝かしいヒーローの道を辿っていたはずの俺の、情けない最後だった。


※※※※※


『防衛隊員、街中で突如発砲。負傷者一名』


 電車を待つ駅で売店を覗けば、新聞の見出しにはそんなことが書いてある。

 それは彼、ユウキが職を辞することになった事件を扱った記事だ。

 言い訳は、ある。

 悪辣な輩に襲われそうになっていた少女を助けるために、仕方なくやったことだ。

 しかし、世間はそうは思わなかった。

 地球防衛隊、通称防衛隊は、悪の秘密結社らと対峙する人類最後の砦だ。

 これに身を置く戦闘隊員は皆、厳しい試験に合格した改造人間手術に耐えうる健常な者であり、チタン補強骨格や人工物に置き換えられた筋肉内臓といったものを備えた一人一人の戦力は、十人力、百人力ともいわれる。

 勿論、道義的にどうなのか、という課題も残されており、およそ人間離れした彼らを恐れる声も少なくない。

 だからこそ、今回の件だ。

 咄嗟に防衛隊員の装備の一つであるエネルギー銃、ブラスターを使ったのは、力加減が出来なくて怪我させることを恐れたからである。

 最小威力に設定したそれは、精々、相手を昏倒させる程度のもので、事実、多少打ちどころは悪かったようだが、その通りになった。

 しかし、世間は改造人間だったら武器など使わず、素手で怪我をさせないようにできたはずだ、と言う。

 挙句、実際にはその犯人からは何の被害もなかったわけで、本当に彼を撃つ必要があったのか、という声まで湧いてくる始末だ。

 加害者側についた弁護士は、その声を煽って、無抵抗の一般人に向かって防衛隊員が銃を抜いた。危険な人格崩壊者に平和を預けることができるのか。などと言ってのけた。

 被害者側の少女は口を噤み、防衛隊全体を通して、この大スキャンダルと化した事件に早く終止符を打たなければならないという空気になる。

 結果は、当事者であるユウキの解雇。任意退職にしただけ温情ある措置だと言わんばかりだった。

 彼の上司だった司令官の心中も解らなくはない。部下がそんな事件を起こしてしまえば、彼の出世の道も断たれたも同然なのだ。

 大企業にありがちな現場への責任の転嫁が、この結果を生んだのだ。


「あれ? お客さん、どっかで見た顔だね」

「いえ、人違いでしょう」


 売店の前にたたずんでいたのは僅かな時間だと思っていたが、店員にそんな声を掛けられる。

 新聞では情報統制によって名前を伏せられていたが、週刊誌はそんなことを気にせず、顔と氏名付きで大々的にこの件を扱っていた。

 そそくさと、顔を伏せるようにしてその場を去るしかなかった。


「どうにかならないものか」


 これまで防衛隊員であることに誇りを持ち、それを一生のものとするつもりだったユウキにとって、その立場を失った今は急に空中に放り投げられたようなものだった。

 いっそ、電車にでも飛び込んでやろうか、そんな考えが頭に浮かんだが首を振ってそれを散らす。改造人間の体では多分、痛いだけで死ねない。

 そんな折、とある広告を目にした。『ヒーロープロダクション』。

 これまで使い道のなかった貯金と、退職金を手に部屋にこもってウェブサイトを眺めていた時のことだ。

 防衛隊とは別に、民間のヒーローという者が居る。個人で動く彼らは、時に防衛隊にない柔軟な対応で問題を解決することがあった。

 また、国営である防衛隊と違って、彼らは一般人からの寄付によって装備を賄うもので、人気職と言っても良い。

 民間への広告も華々しいもので、それこそみんなのヒーロー、夢のある職業、というイメージが顕著だった。


「なるほど、私たちにお任せください」

「よろしくお願いします」


 一人で活動していたところで、やはり、無理がある。

 実際に連絡を取って、チェーン店のカフェで会ったスーツの男は、二つ返事で請け負って見せた。

 今までにプロまで押し上げたというヒーローの例などを挙げながら、少々高圧的な態度だったが、そういうものだろうとユウキは思っていた。


「では、まず百万円を弊社の口座に振り込んでもらいます」

「お金をとるのですか?」

「いや、広告というものはお金がかかるもので、ヒーローになれば必ず元は取れますから」


 等とまた、成功者はどうのこうの、といった話を重ねる彼に折れて、ユウキは金を払った。払ってしまった。

 そうして乗せられるがまま、同様に『ヒーロープロダクション』に所属した者たちと、写真を撮ったりなんだり、そんな活動ともいえない活動をした。

 防衛隊から出てきた彼からすると、まるでおままごとのようだが、民間とはこういうものなのだろうか、と思っただけだった。

 そしてしばらくして、『ヒーロープロダクション』は音信不通となった。

 その時の、ユウキを除く者らの怒りとくれば相当のものだった。

 初めに払った『広告費』、これを無理やり捻出した者らは、明日を生活するのも辛いのだ、と言う。

 ユウキから見れば、夢ばかり語って、何も実際にしようとしない彼らの在り方には首を傾げるものであったし、そう言いながら明後日の方向に向かう者らまで居て、何がしたいのか、と言うしかないような有様だった。

 すべてがおままごと。何を考えているのか問うたところで、おそらく、まともな答えは返ってこないだろう。

 ようやく連絡のとれた社長の馬鹿にしたような態度がさらに火に油を注いだ。

 ここでようやく、ユウキも気づいた。これは詐欺、というやつだ。


「こんなものを守るために、俺は防衛隊員になったのか」


 全てが空しくなった。詐欺師、何も考えていない大衆、人をこき下ろすのが仕事の記者。

 それが、『守るべき国民』だったのだ。


※※※※※


 早々にそんな者らとは距離を置いて、仕方もなしに仕事を探した。

 そろそろ、貯金も怪しくなってきた。もはや当初の熱意もなく、ヒーローなどというものに希望もない。

 実際に会ったヒーローも、結局のところ金のためにやっていることで、それでも首が回らない、などと武勇伝のように語る有様だった。


「警備員募集?」


 たまさか開いた求人情報は、なかなかに魅力的だった。

 週休二日、残業無し、月給は二十万からで、ただし危険があるかもしれない。

 経験者大歓迎とあって、ユウキは軽く上を見て考える。防衛隊員は警備員経験だろうか。

 まぁ、いいか。警備員というのも悪くない。おそらく経験は活きるだろう。

 そうした軽い気持ちで応募して、面接日。

 通された部屋は、壁紙が黄ばんで、効きの悪いエアコンが不機嫌そうな唸り声を上げる、そんな場所だった。


「えーっと、タカムラユウキ、さん、ですね」

「はい」


 元防衛隊員だというのは、ぼかして説明していた。

 名前と経歴を辿れば、すぐに自身の犯したあの事件に辿り着くだろう。


「そのー、うちの会社、ちょっと危ないこともあって……いえ! ちょっと怪我したりするだけですけれど!」


 落ち着きなく話しているのは、面接官だという女性だ。

 薄化粧に事務員然とした制服を着ていて、耳にかけたインカムが少し気になる。

 まだ若い彼女は、面接、という状況にこちらより緊張しているように見えた。


「はい。危険は承知の上です」

「ところで、タカムラユウキ、さん。昔、防衛隊に居ませんでした?」


 ぐっ、と喉が詰まる。すぐに平静を保って涼しい顔をして見せたように思う。


「いえ、悪い意味ではないのです。わが社ではむしろ歓迎すべきことで」


 社員の過去の経歴は気にしない、なかなか悪い所ではないのかもしれない。


「はい、実は昔、防衛隊に居まして」

「でしたら、すぐに幹部コースですよ! あっ、そういえば我が社の名前、言ってませんでしたね」

「旭光警備、と聞いていたのですが」


 そう求人情報には書いてあった。そう告げると、少々、事務員の彼女の表情が暗くなる。

 もしかして、下請けとかでもっと別の会社に回されるのだろうか。


「えーっと、聞いて驚かないでくださいよ。我が社の名前は――」

「旭光警備とは世を欺く仮の姿!」


 彼女の言葉を遮るように、突如後ろの扉から現れたのは、ボンテージのような体に密着した黒光りする衣装を身に着けた女性。

 その抜群のスタイルを見せつけるようなそれに、手には鞭を持っている。つけた仮面は顔を隠す用途を為していない気がした。

 というか、その姿には見覚えがあった。


「我らは悪の秘密結社! アクーだ!」


 バーン、という効果音と共に、ポーズをとって見せた彼女に、ボロ事務所の天井材がパラパラと落ちてきた。


「その、元防衛隊ということで、我が社には思う所もあるかと」

「ふふ、ふふふ」


 面接官の事務員が不安げに尋ねてくるが、俺はそれどころではない。

 低く抑えた笑い声に、例の黒ボンテージ、アクーの幹部が訝し気に首をひねった。


「……どうした」

「ハーハッハッハッハッハ! これは良い! 傑作だ! やってやろうじゃないか!」


 久しぶりに腹から笑った。もはや、そちら側に入るのに何の躊躇いもなかった。

 いや、違う。暫く、靄の掛かっていた視界に新しい光明が差したように思えた。


「復讐だ! いや、復讐ですらない! これこそ、俺の望むことだったのだ!」

「では!」

「これからよろしく頼む!」

「その意気や良し、さぁ、共に悪の道を為そうではないか!」


 こうして俺は、悪の秘密結社に入ったのである。


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