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赤い実  作者: 夏瓜 竹海
1/8

1(サンタはいる)

   赤い実


 給食時、班ごとにくっつけた机の対面で、仲村学人が「サンタをいつまで信じていたか」と、子供っぽいことを話題にした。

 とは云え、ほんの一年前は小学生だったのだから、大人っぽいとか子供っぽいとか、そんな考え方自体が子供っぽいと、翁永おきなが亜希子はロールパンを小さく千切って口に入れた。


 本日の献立、クリームシチューにほうれん草とベーコンのソテー、牛乳そしてグレープゼリー。来週の、二学期給食最終日にはケーキがつくはず。


 隣に座る町村博史は「いる」と静かに断言した。そうなのか。六文字ミチ子は「あたし、お兄ちゃんがいて」と家庭環境を話し始めた。


 年上の兄弟がいるとなれば、早い段階で親がゲロってしまうのはままあることだろう。

 年が離れていれば別だろうが、近いとなれば仕方ない。


 そんな次第で、たまたま席替えで近くになっただけの女子の家庭事情を知ってしまった。


「翁永は?」


 話を振られて、亜希子は「仲村はどうなの?」逆に問う。


「俺? 忘れた」自分で話題にしておきながら、悪びれもせず笑う。


「わたしも」亜希子は千切ったロールパンを口に入れる。


 嘘ではない。そもそも、「サンタ」と「信じる」の言葉の組み合わせに違和感を拭えない。駅前に時々いる、神を信じなさいって変なポスターを持った人にどこか通じるものがある。なんでも地獄の業火に焼かれるそうな。見てきたのか。焼かれてきたのか。


 サンタはいる。

 地球の裏側の、緯度の高い国に彼または彼らは存在している。

 たといそれが観光資源であろうとも、検定試験をパスすればサンタを名乗れるとテレビで観た。


 だからサンタはいる。

 赤と白のコーディネートは、飲料会社の広告表現の産物であるとテレビで観た。


 だからサンタはいる。トナカイもいる。

 しかし、一晩で世界中を飛び廻り、次々と家屋侵入を果たし、贈り物を靴下に詰め込むと云う逆強盗のような良く分からぬ真似をするのは、また別の問題だ。


 ざわついていた教室が、そろそろ食べ終わりの様相を呈してきたので、亜希子は食事のペースを上げた。


   *


 帰宅すると家の前にヒトが倒れていた。


 旧家である亜希子の家は、有り体に云って広い。門扉から家屋まで石畳が続き、生け垣や庭の木々は年に四回、植木屋さんが整える。

 松が良いとか梅が良いとか、お、お嬢ちゃん、かわいいねぇ。

 小さい時分、お茶の差し入れのお手伝いをしたときに云われた。

 

 敷地には高祖父が建て、曽祖父が維持し、祖父が多分に手を入れをした母屋と、若くして父の建てた離れがある。

 リビングとダイニングキッチン、ナチュラルカラーのフローリング。総タイル張りのモダンな作りで、一時は通いの家政婦さんがいた。


 併せるように母屋はその後、再び直され、見た目に反して中身は様々な近代化の改修を施された。池は雪見灯籠を残し、祖父の代で埋められた。亜希子は写真でしか知らない。今はそこに変な形の石がある。甌穴とか云う滑らかな線と面で構成された、もンのすンごい物、らしい。


「なぁに、拾いもんだ」と小さな亜希子に祖父は云ったが。勝手に持ってきたのか競売にでも出ていたのかは定かでない。借金のカタとか、いわく付きでないことを見るたび願う。


「あの色、あの形」祖父はふむふむと鼻を膨らませ、「良いだろう」なぁ? なぁ?

 子供相手に子供みたいに自慢した。


 亜希子は黒コートに黒ズボン、肩にかかる長い黒髪の行き倒れを無視して門扉を開け、石畳を歩き、「おかえりなさい」八重子さんに迎えられた。


「ただいま。門の外にヒトが倒れてたよ」


「放っておいて大丈夫です」八重子さんは微笑んだ。「学校、どうでしたか」


「いつも通り」


 離れのリビングの窓から向けられた視線を、意識の外にして応えた。そこへ、「ただいまー」呑気な声がした。「お姉ちゃんも帰ってきたばかり?」


 二つ下の妹、美紗子は冬でも真っ黒で、やっぱり真っ黒な行き倒れを連れていた。


 あっちゃー。八重子さんも渋面だ。


 しかしこの行き倒れ、別にルンペンでもなかったようで、長い髪はさらさらで、色もツヤもきちんとある。身なりも良く見りゃ小綺麗で、認めたくないが顔立ちも悪くない。並べて見るに、クラブ帰りの妹の方が幾倍もほこりっぽくて汚れてる。


 年中サッカーボールを追いかけるなんて何が面白いんだろうな。


「なに? どうしたの?」


 不思議そうな妹の後ろで、行き倒れが笑顔で軽薄に手を振っていた。その先は八重子さんだった。


「弟です」訊ねる前に彼女が答え、ことさら太いため息を吐いて見せた。「弟の九郎です」


 なるほど、確かに似ているよーな……目が二つあるところとか、鼻が一つ(穴は二つ)で口が一つ、耳が一対なところとか。

 八重子さんはキリッとしたお姉さんなのに、弟さんはどうにもチャラい。


「お姉ちゃん?」


 妹の呼びかけに、亜希子は首を振る。


 この子は、ほんとに色んなものを拾ってくる。

 犬だの猫だの、タヌキだの。

 自覚ないのが、なお悪い。


 亜希子はきびすを返し、「またね」母屋に向かった。


 一拍の後、美紗子は「うん」小さく応え、離れの玄関に向かう。

 亜希子は背中で、美紗子を迎える女の声を聞いた。

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