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六日目「触れなくても……」

 小夏は清次郎が絶叫系のアトラクションが苦手だと分かった以降はゆったりとしたアトラクションに乗りたがった。別に自分のことは気にしなくていいと言ったのだが小夏は呆れたような表情になり首を横に振ってこう言ったのだ。


「まったく清ちゃんたら女心をちっとも分かってないんだから」


 仕方ないだろう自分は女ではないのだからと反論したかったが流石に大人げないと思ったのでぐっと飲み込んだ。

 きっと世の中の男と女は一生分かり合えないのだろうなと清次郎は何となくそう感じた。

 男も女のことは分からないし女も男のことは分からない、たがそれでいいのかもしれない。そうでなければうまくいかない世の中なのかもしれない、分かり合えなくてもいいのかもしれないと清次郎は何となく思った。


「それは悪かったな」

「別に謝らなくても……なんかごめんね」

「いや、お前も謝らなくていいだろ」

「……そうだね、喧嘩両成敗!」

「これ喧嘩のうちに入るのか?」

「ふふっ初喧嘩」


 何が嬉しいのか清次郎にはさっぱり分からないが小夏はニコニコと笑っている。どうして笑っているのか分からないけれど小夏が笑っているのでそれでいいや。

 

「これまでも何回か喧嘩してるだろ、小さい頃とか」

「違うよ、恋人になってからのだよ!」

「ああ、そうですか……」


 鼻唄まで歌い始めた小夏を見ていると呆れを通り越していっそ微笑ましくなってきた。

 でもきっと清次郎は小夏のこういうところに惹かれたのだろう。


「アトラクションは一人で乗ったって楽しくないし意味がないの、私はね清ちゃんと一緒に乗りたい、たとえそれがタイタ○ックでも……」

「タイタ●ックは嫌だよ、沈没するだろ」

「物の例えです!」

「へいへい」


 その時清次郎の腹の虫がぐぅと大きな音を立てて鳴いた。腕時計を見てみるともう正午をとっくに過ぎている、腹が減ってしまうのも無理はない。


「腹が減ったな」

「どこで食べるの?」


 小夏に何が食べたいと危うく聞きそうになって寸でのところで飲み込んだ。小夏はこの世の物には触れない、もちろん食事だってすることができない、それどころか腹も減らないらしく食事は必要ないという。

 果たして小夏を連れてレストランに入るべきか入るべきでないのか。清次郎はとりあえず小夏に聞いてみることにした。


「小夏、お前は俺が食べている間どうする?」

「……清ちゃんが食べているところ見ていたいな」


 小夏にしては普段よりも小声で控え目に言った。


「え、退屈だろ」

「そんなことないよ、清ちゃんが嫌じゃなかったら見ててもいい?」

「……うん別にいいけど、変な奴だなあ」


 そうして二人は一番近くにあった安価なホットドッグの店に入った。店内にはたくさんの客がいたので席が空いておらず仕方なく外に置かれてあるテラスで食べることにした。

 小夏は清次郎の向かい側に座っている。両手で頬杖を付き、目を星の様にキラキラとさせながらじっと見ている。

 はっきりいって何だか食べづらい、しかし小夏が楽しそうなので何も言わないでおく。


「美味しい?」

「うん」

「そっか」


 小夏はそれからもただ清次郎が食事しているところを笑顔で見守っていた、たまによだれを垂らしながら。

 食べ終わりほっと一息吐いてからふと思い出した。

 ネズミーランドには昼と夜に1回ずつパレードが行われる、そして昼の部はアトラクションを楽しんでいたため見れなかった。小夏も何も言わなかったし時間の確認もしていなかった。

 小夏にパレードを見ようと誘えば喜ぶだろうか、自分から誘うのは少々恥ずかしい。しかし、ネズミ―ランドに来たからには小夏に楽しんで帰ってほしい。


「なあ小夏、夜にパレードがあるんだけど見ないか?」

「え?」


 告白したあの日の時と同じような口を半開きにして目を見開いた表情になっている小夏、そんなに驚くことだろうか。


「いいの?時間大丈夫なの?」


 夜のパレードの時間は7時半からだ。遅くとも一時間程度くらいで終わるだろう。その時間帯ならば電車は余裕である。


「大丈夫」


 答えると小夏の顔はみるみるうちに紅潮し笑顔になっていく。


「やったー!パレード見れる!」


 予想以上に喜んでもらえて清次郎は誘ってよかったと心底思った。

 それから小夏はパレードは何時からとかどんなのかなとか楽しみだとかをずっと清次郎に話続けた。一通り話終えた後今度はまたアトラクションを乗りたいと言って船に乗って洞窟を探検するアトラクションのある場所へと歩いていった。

 その道中にネズミーランドの名物でもあるポップコーンを販売している店を見かけた。

 小夏は店を見つけると立ち止まりじっとその店を見つめた。


「昔家族でここに来たとき買ったなー、キャラメル味がとっても美味しいんだよ」


 夕暮れ時なのも相まって小夏の表情が影になり見えづらい、そしてその声音も何だか物悲しげに聞こえる。


「そうか」

「清ちゃん食べないの?」

「今はまだお腹一杯だから」

「そっかー残念だね」


 再び歩き始める、アトラクションのある場所に着くまで二人の間に会話はなかった。

 夕方というのはどうしてこうも人の心を物悲しく暗くするのだろうか。昔から清次郎は夕方になるとどうしようもなく不安になり寂しくなる時があった。今もそれは変わらないままである。空一杯に広がるオレンジ色は直視できないほど眩しいがどこか温かさを感じる。

 夕陽が園内を優しくオレンジ色に染めていった。

 しばらく歩くと目的地に着いた。列はそれほど並んでおらずすぐに順番がきた。木で作られたボートのような乗り物に乗って出発するのを待っているとすぐに機体はゆっくりと進み始めた。

 水の張っている薄暗い洞窟をモチーフにしたアトラクションだった。どうやら乗客は迷ってしまった海賊という設定らしく骸骨になった亡霊が背後でケタケタと気味の悪い笑い声を上げている。


「何だか怖いね」


 珍しく怯えている様子の小夏、ジェットコースターは平気だがお化けや不気味な場所は苦手らしい。清次郎とはまったく真逆である。

 膝の上で震えている小夏の手にそっと自分の手を重ねてみた、やはりそれはすり抜けてしまい小夏の手の感触を感じることはできなかった。小夏はその様子をぼんやりとどこか諦めの色を滲ませながら見ていた。

 目が合うと小夏は困ったように笑って言った。


「触れないけど清ちゃんの手の温もりはちゃんと感じるよ」

「……それならよかった」


 暗い道を進んでいく、見えなくて分からない新しい場所は人にほんの僅かでも確かな恐怖を与えるものだ。

 怖がる小夏の手に清次郎は自分の手をずっと重ねていた。小夏の手からは温もりを感じられなかった。

 暗闇から出ると急に明るい場所に出た。園のスタッフがにこやかな笑顔で出迎えてくれた。


「いや~怖かった怖かった!」


 小夏がそう言いながら降りる。清次郎もその後に続く。


「お前ジェットコースターは怖くないのにこれの方が怖いのか」

「だってジェットコースターは安全でしょ?お化けとかは急に出てきたら心臓止まっちゃってえらいことになるよ!」

「そうかそうか」

「また馬鹿にしてるよね?」

「してないから、からかってるだけ」

「それを馬鹿にしてるっていうの!」


 一生懸命に反論している小夏を笑いながらあしらう。

 小夏は頬を膨らませながら清次郎の前を先々と進んでいく。


「待てよ、悪かったって」


 さすがにからかいすぎたと反省して清次郎は小夏を追いかける。怒らせてしまっただろうか、せっかく楽しい時間を過ごしていたのにそれを壊してしまうとは、自分は馬鹿だ、大馬鹿だ。

 清次郎が近寄るとぴたりと足を止めて小夏は振り返った。


「やーい!引っ掛かった引っ掛かった!」


 子どもの頃を思い出させる幼い言い方で小夏は清次郎にお返しだといわんばかりに笑っていた。


「……は?」


 怒ってないことに安堵したのとあまりに幼稚なからかい方への呆れとで目が点になってしまった。


「お返しだよ、びっくりした?」

「ああ、とってもな」


 自分が半分くらい悪いのは分かっているが少し皮肉を込めてそう言った。小夏は分かっているのかどうか分からないがどうだといわんばかりに誇らしげな顔をしている。

 そんな顔を見てやっぱりこいつも自分と同じで馬鹿なんだなとしみじみ思った。


「もうすぐパレードの時間だね」


 腕時計で確認すると時刻は6時半を指していた。


「そうだな。場所取りしないとな」


 早めに場所取りしないといい場所が取れないだろう。どうせ見るならば見やすい場所で見たい。


「そうだね、早く行こう!」

「うん」


 小夏が駆け出すと清次郎もそれに続いた。端から見れば少年が一人でにこやかに走っているこの場所ではかなり珍しい場面になるのだが無論彼の横には他の人には見えない恋人がいた。

 清次郎は他人の目などもう気にしていなかった。どうせもう二度と会わないであろう他人だ、おかしな奴だと思われても構わない。どう思おうと個人の自由だ。

 吹っ切れたら体は思いの外軽くなった。

 今なら小夏と一緒に空も飛べそうだとそんな可笑しなことを柄にもなく考えた。



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