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五日目「いざネズミーランド!」

お久しぶりです。

 電車に乗ること約一時間、バスで十分ほどの場所に夢の国、ネズミーランドはある。入場口に近づいてくると楽しげな音楽やアトラクションに乗っている人々の楽しげな悲鳴や笑い声が聞こえてきた。それらを聞いているだけで隣にいる小夏は目を輝かせている。今にもアトラクションに向かって走り出していきそうだ。


「うわあ!すっごく楽しそう!」

「そうだな」

「清ちゃん全然そうは見えないんだけど……来るの嫌だった?」

「いや、そんなことはない」


 先程聞いた人々の悲鳴が耳に残っては何度も再生されている。それを聞いただけでも逃げたくなってしまう。そんな思いから顔が強張っていたのだろう、小夏に心配をかけてしまった。

 そこからは心配をさせないようにいつも通りに振る舞った。すると小夏の心配も消えたのかまだ笑顔を取り戻した、それを見て清次郎はほっと安堵する。せっかく来たのに小夏に暗い顔はさせられない。

 入場ゲートを通り、小夏はすり抜けて園内へと入った。


「清ちゃん、清ちゃん!早く行こう!」

「小夏待て、園内マップを取ってくる」


 マップを広げると色々なゾーンに分かれていることが分かった。小夏は目当てのアトラクションを見つけると清次郎を置いて早々と歩き始めた。


「待て!」

「へ?」


 大声で呼び止めたため周りの目が一斉に清次郎へと向いたのが痛いほど分かった。清次郎の声でようやく立ち止まった小夏のもとへと居心地の悪さをひしひしと感じながら小走りで向かう。

 そして辿り着いた途端にデコピンを喰らわせた。効かないのは分かっているがこうでもしないと恥ずかしさが治まらない。


「ははっそんなものこの私には効かないぞ!残念立ったな、清ちゃんよ!」


 何のキャラだそれは。

 とにかくツッコミをいれるのも面倒なので無視をした。


「お前は方向音痴なんだから勝手に歩き回るなよ」


 今度は気持ち小さめの声で注意した。すると小夏が急に笑い出した、何なんだと不審に思っているとお気楽な声で「大丈夫だよー」と言い出した。

 清次郎は何が大丈夫なのかと小夏に問いただしたくなる。

 小さい頃から小夏は尋常ではないほどの方向音痴だった。学校が新しくなれば何回もさ迷い、帰り道近道をして迷子になり、挙げ句の果てには地図を持っているのに辿り着けないどころか地図までなくす、それほどまでの方向音痴なのにどの口が大丈夫などと言っているのか全力で問いただしたい。さらにはここはネズミーランドである、園内は広く人も多い、第一、今小夏は人には見えない体になっている、話しかけて道を聞くことができないのだ。見つけ出すのは至難の技であろう。


「何が大丈夫なんだよ」

「ふふん、今の私は空中に浮かぶこともできるの、それに見つけたらすぐに瞬間移動もできるのさ!」


 小夏はどうやら幽霊になったことで色んな能力を身に付けたらしい。それならば安心なのか、疑問ではある。


「そんなに焦らなくても時間はあるだろ、一緒に行こうぜ」

「……うん!」


 一緒に行こうと言うのが少し恥ずかしかったが小夏が何だか嬉しそうだったので良しとしよう。

 そしてきっと無意識だったのだろう、小夏が清次郎の手を握ろうとした。その手は清次郎の手を当たり前のようにすり抜けた。

 小夏を見ると一瞬落ち込んだ顔をしたがすぐに何でもなかったように笑った。


「あははっ!触れないのすっかり忘れちゃってた」

「ああ、そうか」

「ごめんね、じゃあ行きますか」


 そう言って清次郎の数歩前を歩き始める小夏、微かに透けているその後ろ姿を見ながら先ほど小夏が見せた落ち込んだ表情を思い出す。こればかりはどうしようもないのだろう。

 清次郎だって小夏の手を握ってやりたかった。

 何の温度も感じなかった小夏の手は清次郎に小夏は生きていないこと改めて強く認識させた。


 休日ということもあり園内はたいへん混雑していた。

 小夏の乗りたがっていたネズミーランドで一番怖いと言うジェットコースターは人気らしく早くも長蛇の列が作られていた。その最後尾に二人は並んだ。小夏はこのジェットコースターの魅力について鼻息荒く語ってきたが絶叫系アトラクションの苦手な清次郎にとっては恐怖を煽るだけで楽しみになることはなかった。これ以上聞いていたくないと思い清次郎は小夏に他の話題をふった。


「思ったんだけどお前はどうやって乗るんだよ」


 少し突然すぎたかと思ったが小夏は気にした様子もなくにやりと笑った。


「ふふん、幽霊の私をなめないでね。実は催眠するの、ここに人がいるかのようにね」

「へー……悪用すんなよ」

「しませんよ!」


 周りの人は皆自分達の会話で夢中になっており清次郎が端から見れば一人で話していることも気づかないようだった。


「長いねー」

「そうだな」

「雅とも来たかったなー」


 それには何も返すことができなかった。


「試しにさ一度だけ雅に話しかけて見たんだけど無理だったんだよね。雅ってちょっと鈍感なんだ、だから私に気づかなかったんだよきっと」

「そうかもな」

「うん」


 気丈に話す小夏は見ていて痛々しかった。小夏はよく思っていることが顔に出ることが多いので今の感情もまるわかりだった。

 きっと小夏は「寂しい」のだろう。当たり前のことだった。


「でも私には清ちゃんがいるから大丈夫!」

「ああ、大丈夫だ」

「えへへっあ、次くらいには乗れるかな?」


 五分後、二人はようやく念願のジェットコースターへと乗ることになった。

 嫌だ、乗りたくない、降りたい!

 清次郎は赤い安全バーを下ろしながら心のなかで叫んでいた。


「楽しみだねー!ワクワクしちゃう」


 満面の笑みの小夏の隣で清次郎は顔を真っ青にさせている。清次郎の心臓は小夏とはまた違った意味で高鳴っていて今にも口から飛び出してきそうだ。


「それでは皆様、快適な絶叫の旅へ!いってらっしゃーい!」


 緑の帽子を被った園の職員が元気に笑顔でそう言った。すぐに清次郎たちを乗せたジェットコースターは動き始め緩やかに頂上へと確実に上っていく。

 下を見れば園内の様子が広々と見渡せる。下にいる人たちが米粒のごとく小さく見える。

 目をつぶると隣に座っている小夏が心配そうに「大丈夫?」と聞いてくる、そのまま「大丈夫だ」と伝えたが何度も顔を見られている気配がした。

 そしてとうとう頂上まで上り詰めて今度は容赦なく急降下していく。


「うひゃああああ!」


 楽しそうな小夏の悲鳴が耳をつんざく。一方の清次郎は恐怖で声もでなかった。風を切りながらどんどん進む地獄のジェットコースターはたった数分程度のものであったが清次郎にとっては永遠にも等しい時間であった。

 覚束ない足取りで降りると小夏が「やっぱり苦手なんだ」と呆れたように言った。しかしすぐに笑顔になる。


「私のために頑張って乗ってくれたんだよね、ありがとう」


 言葉を話すこともままならず清次郎はただ頷くことしかできなかった。


「ちょっと休憩してもいいか……」


 やっとのことで口にしたのはそんな一言だった。我ながら情けないことである。


「もちろん!時間はまだまだあるしね、今度はそんなに怖くないやつ乗ろう」

「そうしてくれるとありがたい」


 二人は近くにあったベンチに座った。ようやく気が抜けて清次郎は安堵の溜め息を吐いた。


「でも、ちょっと面白かったなあ……清ちゃんのあの顔、恐怖で真っ青で目を見開いてさ、清ちゃんの方が幽霊みたいだったよ」

「魂抜けかけた気がする……」

「ジェットコースターくらいで死なないでよ」

「死にはしないさ」


 それから程なくして二人はまた園内を歩き始めた。



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