三日目「デートしよう!」
小夏の葬式の翌日は清次郎の心とは裏腹に爽やかな秋空が広がっていた。その日学校のある平日だったが清次郎は学校を休むことにした。母親に休むと一言だけ告げて自室へと戻ってきた。いつも通りに学校に行って授業を受けることなどで今の清次郎にはきっとできない。布団にもぐって目を閉じる、瞼の裏には告白したあの日の小夏の笑顔が張り付いて離れない。
思い出すだけでも胸が苦しい。それでもいつかこの苦しさは消えてしまうのだろうか、小夏のことも忘れてしまうのだろうか。
「ちょっとちょっとサボタージュですか?」
おどけた調子の声が聞こえた、顔を見るまでもなく小夏だと分かる。
「何で省略して言わないんだよ」
「だってサボりよりサボタージュって言った方が頭良さそうに見えない?」
「あっそうですか……」
呆れてツッコミを入れるのも面倒くさい。清次郎は小夏に背を向けたまま溜め息を吐いた。
「あ、今溜め息吐いたな~、幸せが逃げちゃうぞ~」
「いいよ、別に逃げたって」
「そんなこと言うなんて……小夏ちゃん悲しいぞ」
清次郎はもう何も言わなかった。
そんな清次郎を見て小夏はベットに歩み寄った。そして清次郎の傍にそっと座った。
「ねえ清ちゃん」
「……何だよ」
「私デートしたい」
「……はあ?」
「初デート、まだだったよね」
「そうだな。どこに行きたいんだ?」
そう尋ねると小夏は考え込む素振りを見せた。そしてぱっと顔を明るくさせて「東京都ネズミーランド!」と元気よく答えた。
ネズミーランドかと清次郎は顔を渋くさせる。ここからネズミーランドまで結構な距離がある、電車で一時間程度、土日を使えば行けないことはない。
だか、問題があった。それはお金だった。
小夏は他人には見えないから小夏の分はいらない。問題は自分の分だ。往復の電車賃、ネズミーランドの入場料、その他諸々……足りるだろうか。
しかし、小夏の為となれば行かないというわけにはいかない。小夏を成仏させるのを手伝うと決めたのだ。
そして何よりも小夏の喜ぶ顔が見たかった。
「分かった、行こう」
「本当?やったー!」
清次郎の予想通り小夏は素直に喜びを露にした。小夏の喜ぶ笑顔見るとこちらまでつられて笑ってしまう。
「楽しみだなーあ、でも清ちゃん人から見たら一人でネズミーランドに来てる寂しい人に見えちゃうね」
「別にいいだろ、俺は気にしないぞ。そうそう知り合いに会うこともないだろうしな」
「えへへ、愚問だったね」
「……小夏、お前愚問なんて難しい言葉知ってたのか?」
「知ってるよ!今どき小学生でも使ってるよ」
「嫌だろそんな小学生、可愛いげがない」
楽しそうにはしゃいで笑っている小夏を見て微笑ましくなる。
「ねえねえ清ちゃんネズミーランドのアトラクション調べてよ」
「そうだな、何が乗りたいんだ?」
「全部!って言いたいけど無理だよねぇ……」
「……乗れるだけ乗ろうぜ、小夏がどうしても乗りたいものを優先的に乗っていけばいいんじゃないか?」
「なるほど、清ちゃん頭良い!」
「いや、俺普通のこと言っただけだからな」
「私は思い付かなかったよ」
携帯でネズミーランドと入力して検索してみると一番上に公式サイトが出てきたのでそれを見てみることにした。すぐにネズミーランドのキャラクターが出てきた。アトラクションと書いてあるところをタッチしてみるといろんなアトラクションが並んでいた。
「うわあ、どれも面白そう!」
後ろから覗きこむ小夏に気づいて清次郎の心臓は早鐘のように鼓動を打っている。顔に熱が上がって来るのが分かる。
小夏はそれに気づくことなくアトラクションを見るのに夢中になっている。ずっと感嘆の声を声をあげつづける小夏はまるで子どもに戻ったように見えた。
「清ちゃんって絶叫系乗れたっけ?」
随分と昔に小夏一家と清次郎一家で遊園地に行ったことがあった。その時の記憶はおぼろげだが多分乗れなかったような気がする、反対に小夏は平気だったと思う。
昔のことだから今は平気になっているだろう、少なくとも小夏の前で泣いたりすることはない。そして何よりも小夏の前では情けない姿を見せたくはない。たまには格好付けてもいいだろう。
「乗れる」
「やった、じゃあいっぱい乗ろうね」
「うん」
「ネズミーランドで一番怖い乗り物ってどれだろうね」
「……さあ?」
「検索してー」
「……ああ」
断るなら今だと思うがこんなにも期待に満ち溢れている小夏の前で無理だとは言いづらかった。
そして検索すると一番怖い乗り物の名前が乗っていた。「ネズミーのチャンピオンコースター」ネーミングセンスの欠片もない名前のアトラクションだがその怖さは並みのものではないらしくサイトのコメントには「怖すぎて泣いた」や「恐怖度で言えばバンジージャンプ並み!」など見ているだけで乗りたくなくなる文字が並んでいた。
しかしジェットコースターなんて屁でもない小夏はそのコメントを見て乗りたいという気持ちが強くなったらしく目を輝かせてコメント欄を見ている。
「ますます乗りたくなってきたよ、これは一番最初に乗ろうね清ちゃん」
清次郎にとっては死刑宣告と同等である一言であった。
「ははっ……」
笑うしかない、清次郎はますます乗る気がなくなってきた。そして目も死んできた。他の人が清次郎の顔を見れば乗りたくないというのが分かるだろうが相手は鈍い小夏である、気づくはずもなくノリノリである。
「いつ行くの?」
「今週の土曜にでも」
「いいね、明後日だね。楽しみだなあ、早く土曜日が来ないかな~」
「俺も楽しみだよ」
「本当に?よかった」
一通り計画を立て終えて小夏はまたどこかに消えてしまった。
小夏のいなくなった部屋は静かになった、部屋の温度も何度か下がったような気さえもする。それほどまでに小夏は清次郎にとって大切な人間なのだ。
ふと小夏が成仏すれば今度こそ本当にお別れなのだと思った。
その考えは清次郎の心の中に複雑な思いを渡来させた。