二日目「葬式」
春日小夏の葬儀にはたくさんの人が参列していた。同じクラスの生徒や先生、親戚らしき人々、皆が皆泣いている。
遺影の小夏は太陽のような笑顔で笑っている。写真の中でも小夏の笑顔は真夏の太陽のように眩しい、この笑顔をずっと見ていられるとこの間までの清次郎は思っていた。
そして昨日清次郎はにわかに信じられないことに小夏の幽霊に出会った。小夏は心残りがあるのかもと言っていた。もしその小夏の幽霊が自分の作り出した幻でなかったのならその心残りを全力でなくしてやりたいと思う。
そして今小夏は清次郎の隣に立っている。制服のままで、生きていた頃と何ら変わりなくそこに存在している。変わっているところといえばこちらから小夏に触れないこと、そして小夏もこちらの物や人には触れないこと位だった。
「私あんまりあの写真好きじゃないなー。ねえ清ちゃん写り悪いと思わない?」
小夏は先程からずっとこんな調子だった。そしてずっと清次郎に話しかけてくるが返事はしない、小夏は清次郎以外の人間には見えないのでもし周りの目も気にせずに小夏と話していれば変な人に見えてしまう。なので何も言わないのだが小夏は不服らしく先程から膨れっ面だ。そんな顔をされても困るのだが。
そうこうしているうちに献花の順番が回ってきた。
桃色の花を手に取った。桃色は小夏の好きな色だからそれを入れてやればきっと嬉しがるのではないかと思った。
小夏が入っている白い棺の前まできて清次郎は一度足を止めて参列者の席の隅に佇んでいる小夏を見た。小夏は無表情で清次郎のことを見ていた、そして自分が見られていることに気づくと複雑そうな顔で笑った。その笑顔を見てこちらの胸中も複雑になる。
小夏は自分の葬式を見て何を思っているのだろうか。
その笑顔には何が隠されているのか。
死んだ小夏は呼びかければ今にも起き上がりそうなほど普通に見える、寝ているだけのように見えてしまう。
もうすでにたくさんの色とりどりの花に囲まれている。その中でもまだ空いている場所があった。胸の上で組まれた手だ。
清次郎はその組まれた両手に桃色の花を差し込んだ。小夏が好きだった桃色の花を一番近くに自分が置きたかったのだ。
それから葬儀は着々と進んでいき火葬場へと行くことになった。
外に出た途端に清次郎は小夏を呼び人気のない建物の影へと入った。
「何、清ちゃん」
「……お前、何で自分の葬式に参列してるんだよ」
清次郎がセレモニーホールに来たときにはもうすでに小夏の姿はあった。
「通夜にも参加したよ」
「ああ、そうか。で理由は何だよ」
「やっぱり皆泣いてくれるのかなって気になったの。清ちゃんは泣いてくれなかったけど……」
「それは悪かったな、お前が隣にいるせいであまり実感が湧かなくなってんだよ。でも、悲しいぞ」
「本当?死んじゃってごめんね」
申し訳なさそうに謝る小夏を見て何だかいたたまれない気持ちになる。死んでしまったのは小夏のせいではない、自分が明日どうなるかなんて皆分かりはしないのだから。
項垂れる小夏の頭を撫でて励ましたいが触れられない。なんとももどかしい。
「謝らなくていい、お前のせいじゃないから」
「……清ちゃんが優しい、だと!?」
小夏のそんな発言にしんみりとした雰囲気が台無しになる。
「俺はいつでも優しいだろ」
「そうだね。じゃあそんな優しい清ちゃんに一つお願いがありますのよ」
「何だよその喋り方は」
生きている頃と何ら変わりない会話に清次郎は笑ってしまった。
「清ちゃんが笑った、さっきまでどんよりとした死んだ魚の目をしてたのに」
「そりゃ葬式でにこやかに笑ってたらそれはそれで怖いし不謹慎だろうが」
「それもそうだね。では本題に入ります、清ちゃんには私の未練をなくして私を成仏させてほしいの」
「未練……」
「うん、でもそれが何か自分でもよく分かんないから手伝ってもらいたいの。幽霊じゃ限界があるでしょ?それにまだまだ私は清ちゃんと一緒にいたいんだ」
断る理由は何一つなかった。
「分かった、手伝う」
「本当?ありがとう」
そうして清次郎は小夏の未練をなくして成仏する手伝いをすることとなった。
遠くから清次郎の名前を呼ぶ声が聞こえた、母の声だった。そういえばこれから火葬場に行かなければならないことを思い出した。
「俺はもう行くけどお前はどうする?」
「行かない、さすがに自分が焼かれるところなんて見たくないから」
「……そうだな、じゃあ俺は行くから」
「うん、ちゃんと骨拾ってね」
「……もちろんだ」
そう言うと小夏は消えてしまった。小夏がどこに行ってしまったのか気になったが清次郎は母親を待たせていることに気付き走って母親のところまで行った。
火葬場は車で十分ほどのところにあった。大きな白い建物に入るとすでに小夏の遺体の入っている棺が焼き場の前に置かれていた。
たくさんの人が見守る中、小夏の父親が焼き場の扉の横に設置されているスイッチを押した。目からは大粒の涙が零れていた、小夏の母親は泣き崩れた。葬式の時よりも皆泣いていた、そこで初めて清次郎は涙を流した。
そこで清次郎は思った。葬式に参列して火葬場には来なかった小夏の心情はきっと自分の大切な人たちのこんな姿を見たくなかったのだろう、清次郎だってきっと見たいとは思わない。焼かれてしまってはもうこの世に小夏は存在しなくなってしまう。
それを受けれるのは清次郎も小夏の両親も他の参列者も時間がかかりそうだった。
小夏の一生は大勢の参列者によって見送られてその短い人生に幕を下ろした。