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一日目「成仏できなかったよ」

 清次郎と小夏は幼馴染みだったが家は結構離れている。清次郎の家の方が二人の通う学校に近い。二人は清次郎の家の前で待ち合わせをしていた。

 次の日の朝、広がっていたのは爽やかな秋空ではなくどんよりとした曇り空だった。今にも雨が降りそうな空を清次郎は小夏を待っている間ぼんやりと眺めながら学校に着くまで雨が降らないといいななどと考えていた。


「あいつ、遅いな……」


 もう待ちはじめて十分以上経っている、小夏のことだから寝坊でもしたのだろうと思った。

 一応連絡しようと携帯を取り出し電話をかける、しかし小夏は出なかった。

 もうしばらく待てばやって来るだろうと思っていたが待てど暮らせど小夏は待ち合わせ場所に来ない。清次郎はだんだんと心配になってきた。今日は風邪でもひいたのだろうか、しかし風邪をひいたのならば連絡くらいはしてくるだろう。

 ふと時計を見てみると始業のチャイムがなる十分前になってしまっていた。

 どうしようか迷った挙げ句小夏にメールを送り、学校まで走って行った。


 秋とは言えどもまだまだ走れば暑く、シャツに汗が張り付く。遅刻寸前で教室に入ると担任はまだ来ていなかった。

 清次郎と小夏は違うクラスだ。なので小夏が休みかどうかは分からない、後で教室を覗いてみようと下敷きで火照った体を冷ましながら暢気に考えていた。

 朝のホームルームが終わると清次郎はすぐに小夏のクラスの教室へと向かった。廊下に出ると雨音が教室にいる時よりもはっきりと聞こえる。

 清次郎のクラスは1組で小夏のクラスは3組だ。

 教室を覗くと小夏の席である廊下側の一番後ろの席が空いているのが見えた。休みであることを確認すると清次郎は自分の教室へと帰った。

 教室に帰り自分の席につくとすぐにニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた清次郎の友人の大森誉おおもりほまれがやって来た。


「よお、おはようさん」

「おはよう」

「なあ、昨日はどうだったんだ?結果を教えろ清次郎」

「うん、付き合うことになった」


 付き合うと言うのが気恥ずかしくて俯きながら誉に言った。誉の表情を見るために顔を上げると口をだらしなく半開きにしている、何だかこの顔昨日も見たような気がする。


「ほ、本当かよ……」

「嘘は言わないからな」

「よかったな清次郎!」


 そう言って誉は清次郎の背中を昨日と同じく遠慮なしの力で叩いた。


「お前のお陰だ」

「何で俺のお陰なんだよ、お前が告白したんだろうが俺は関係ないよ」

「いや、お前に言われなかったら俺は言えなかったから……」

「情けないこと言うなよなー」


 話の途中で1時限目の授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り響いた。「じゃあな」と言って誉は自分の席へと帰っていく、その後ろ姿を見ながらやっぱりあいつのお陰だと改めて思った。


 雨は放課後になってもやむことはなかった。

 清次郎は帰り道小夏の家に寄ることにした。あれからメールの返事はない、風邪なのかもしかしたら他のなにかかもしれない。考えるよりも本人に聞いた方が早いと考えたのだ。

 ふと小夏の家に行くのは小学校の低学年以来だと思い出す。そう考えれば家を訪ねるだけなのに緊張してきた。小夏の母親が出てきたらどうしようか。小夏のことだから付き合っていることも母親に話しているかもしれない、小夏と小夏の母親は仲が良い。よく小夏の会話の中にも母親の話が出てくる、母親と洋服を買いに行った話や二人で料理を作った話など色々聞いている。

 もちろん清次郎は母親に小夏と付き合うことになったことなど言っていない。知られるのも時間の問題かもしれないが自分からは絶対に言えない。

 そうこうしているうちに小夏の家の前まで来てしまっていた。小夏の家はクリーム色の壁の普通の二階建ての一戸建てである。

 傘をたたみ、チャイムを鳴らす、しかし中から人が出てくることはなかった。ガレージを見ると車もなかった。

 留守なのは確かだった。病院にでも行っているのだろうか。

 そう思って清次郎は自分の家へと帰った。



 ある一本の電話が入ったのは夜の7時頃であった。電話を切った後の母親の表情は悲しみと驚きがごちゃ混ぜになっていたものだった。

 何の電話だったのか分からない清次郎は母親にどうしたのかと尋ねた。

 そして母親の口から信じられない一言を聞くことになる。


「小夏ちゃんが……亡くなったって……」


 一瞬耳を疑った。理解もできなかった。


「交通事故だって……」


 ああ、これはきっと悪い夢なんだろう。小夏を心配しすぎた自分が見ている悪夢なのだ。

 しかしどこか冷静な自分が夢なんかではないと囁く。

 清次郎は覚束ない足取りでリビングを出て行こうとした。


「どこに行くの」

「外に……ちょっと」


 母は何も言わなかった。


 いつの間にか雨はやんでいた。三日月が夜空に浮かんでいる。

 清次郎は夜道をただただ歩く、目的もなく何も考えることなく歩いた。三日月はそんな彼を照らし続けている。

 このまま歩き続けていたかった。歩き続けて夜の闇に溶け込めたらどれだけいいか。

 清次郎の頬に涙かつたった。それは止めどなく流れては落ちていく、人気のない夜道で清次郎は静かに泣いた。泣いたのは久しぶりのことだった。

 こんなことってあるのか、本当に夢ではないのか。

 まだ小夏は高校生でまだまだ人生はこれからだった。小夏は看護士になりたいと言っていた、その夢を叶えることもなく死んでしまった。

 そして自分たちは昨日各々の想いを伝え合い付き合い始めたばかりではないか。

 まだ生きたかっただろう。

 小夏のいない日常なんて考えたこともなかった。いつも近くにいてくれるのが当たり前だと心のどこかで思っていた。しかしそれは当たり前ではなかった、そんな簡単なことにどうして今の今まで気づけなかったのか。失ってからじゃないと自分はこんなこともわからないのか。

 清次郎は自分の愚かさを呪った。


「くそっ……」


 後悔の波が押し寄せてくる。もっと優しくしてやればよかった、もっと早くに想いを伝えていればよかった、いやそれよりも今日の朝家まで迎えに行けばよかったのかもしれない。どうすればよかったのかも分からない。どちらにしろ清次郎の後悔は消えなかった。


 どれほどの時間がたったのだろう、時計も携帯も家に置いてきてしまったことに今更ながら気づいた。結構な時間が経っていることは確かであろう。

早く帰らないと母が心配する、踵を返してもと来た道を歩いていると聞きなれた声が耳に入った。


「清ちゃん」


清次郎のことをこの愛称で呼ぶ人間はこの世に一人しかいない。確信は持てない、持てるものではない、だってそれは本当に非科学的な推測だから。

清次郎は震える声で恐る恐る心当たりのある人物の名前を呼んだ。


「小夏……」


名前を呼ぶと小夏は電柱の影からひょっこりと姿を現した。少しだけ気まずそうに笑いながらこちらに歩み寄ってくる。

これはどういうことなのだろうか。

死んだはずの人間が今こうして目の前に存在している。こんなことって有り得るのか、そして今目の前にいる小夏は幽霊なのか。


「えへへ……成仏できなかった」


清次郎が絶句していると小夏はいつものように人当たりのよい笑顔でそう言った。


「成仏って……まさか幽霊になっちまったのか?」

「そうだよ、ご名答!」


小夏は暢気に冗談を言っている。

とても変な話ではあるが清次郎は幽霊でももう一度小夏に会えたことが嬉しかった。


「この世に未練があったみたい、だから幽霊になっちゃった」

「未練?」

「そう、でもそれが何なのか覚えてないんだよね」


あっけらかんと小夏は笑いながら話した。結構深刻なことだと思うのだが本人はあまり気にしていないように見える。

一気に気が抜けた。やはり小夏は死んでも相変わらずだった。


「お前、ちゃんと思い出せよ」

「これからちゃんと思い出せるように頑張るよ。だから今日のところはもう帰るね、夜も遅いし。清ちゃんも早く帰った方がいいよ、おばさん心配してるよ」

「すっかり忘れてた」

「忘れてちゃダメじゃん」

「でもお前、帰るってどこに帰るんだよ」

「……とりあえず自分の家に帰ることにするよ」

「そうか」

「うん、じゃあまた明日清ちゃんに会いに行くから」

「ああ、またな」


小夏はそう言い残すとふっと姿を消してしまった。にわかには信じがたいことだが小夏はどうやら本当に幽霊になったしまったらしい、何らかの未練により。

でも幽霊でも何でももう一度小夏に会えることは清次郎にとって嬉しいことであった。この際幻でも悪霊でも何でもよかった。

小夏に再び出会えたことに対しての嬉しさからか清次郎の目に涙が滲んだ。

この時清次郎はあることを決心した。

これから先小夏の前で泣かないようにしようと。

たとえ写真の前であろうとも思いでの中であろうとも絶対に泣いたりはしない。

全ては小夏のためだった。小夏に心配をかけないようするためだった。



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