表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐夜話  作者: 行待文哉
25/29

思出夜

 シロガネの頭の中で、何かが弾ける音がした。

 眼前から、辺りが真っ白になった。


 金の里、タガネの屋敷。シロガネのよく知っている屋敷の門前で、タガネと誰かが話している。タガネと対面しているのは、背の高さはタガネより少し低いほどの、墨色の狩衣を着た男だ。タガネが神妙な面持ちで言う。

「本当に、それでいいのか……クロガネ」

「くどいな、お前も」

 クロガネ、と呼ばれた男が肩を上下させて笑う。その声は、たいそう低いが澄んでおり、聞き取りやすい。男は笑いながら続けた。

「俺は、この里と霊力を捨てる。真白(ましろ)と共に人の里で生きるよ」

 タガネが溜息を吐きつつ言った。

「お前は……昔からそうだ。一度決めたらてこでも意見を曲げん」

「そうだな」

「このままここにいれば、お前は必ず長になるだろうに」

「長になんて、はなから興味はねぇよ」

「生まれ持った霊力も強い、武術も一流、なのに……まったく」

「おい、武術はお前のほうが強いぞ。俺はお前と遊べるから修行してみただけだ」

「遊び半分で、俺と肩を並べるほど強くなられたのでは、俺の立場がない」

「タガネは、本当に真面目だな」

「真白殿は、いったい、お前のどこがいいんだか、さっぱり分からん」

「俺も分からん」

 男はふと笑みを消してタガネを真正面から見た。

「けど、こんな俺のことを思ってくれるのは……こんな俺でも家族になりたいと言ってくれるのは、人間の女、真白ただ一人なんだよ」

「……うむ」

 タガネが、ゆっくりと頷いて、その頑強そうな顔にそっと笑みを浮かべた。

「お前が幸せになるのを、俺が止めることはない」

 だがな、と付け加えてタガネが言った。

「住む場所が離れても……俺とお前が友であることは何も変わらん。いつでも頼れよ」

「……お前と友になれて、俺は本当に果報もんだな」

 男が、笑った。その足元から吹雪のように姿が消えていく。

「真白殿に、よろしく言っておいてくれ。俺の友を頼む、と」

「おう……じゃあな、タガネ」

「達者でな、クロガネ」

 タガネが笑った。その瞬間に、吹雪はばさりと一面を覆った。男もタガネもタガネの屋敷も、全てが白に塗りつぶされていく。


 白の中に、シロガネは立っていた。先程まで見ていた光景は、シロガネの知らない光景。二人の男が話している様子を屋根の上から覗いているように、その光景はシロガネの目に映っていた。それが真っ白く消えて、今は自分の他に何もなかった。

「……クロガネ……」

 聞こえていた名前を小さく口の中で呟く。自分と同じ真っ黒な、ばさばさと真っ直ぐに伸びた髪。細面で、鼻筋のすっと引かれた涼しい顔。柳の葉のような形の目に、金色に光った瞳。何より、

「かあさまの、名前」

 男が口にした、真白という名の女性。それはシロガネの母だった。大きな黒い瞳と、白く丸い頬。よくころころと笑う高い声。温かく優しい背中。少し癖のある日に焼けた長い髪も、死の直前の柔らかな笑顔も、全部シロガネは知っていた。

「……久しいな、シロガネ」

 低い、よく通る声がした。声のほうを見ると、墨色の指貫の男が立っていた。

 男は、微かに笑っている。男をじっと見ているシロガネの方へゆっくりと歩いてきた。

「…とう、さま……?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ