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狐夜話  作者: 行待文哉
22/29

筋月夜

「なんや、シロガネ、金の気使えたんか」

 シロガネの背に、地面でも木でもない感触があった。頭上からは、聞き慣れた低い声。

「ここやここ、こっち見てみ」

 見なくても分かっている。自分よりも少し大きい体に抱きとめられて、シロガネは感情と痛みを整頓できずにいた。

「……悪い、遅うなった。とかげは、役にたったか?」

 そう言いながらシロガネの頭をぽんぽんと撫でた手は、冷たい。相変わらずシロガネの足は宙に浮いていたが、ゆっくりと森の中へ向かって、階段を下りるように降りていく。

「シロガネ、大丈夫か!」

 足が草を踏んだ瞬間に、黒い短髪の大男がシロガネの肩に飛びついてきた。その勢いにぐらりとよろけると、冷たい手が笑いながらまたシロガネの背を支える。

「……タガネ……フウエン」

「おう」

「よく、一人で頑張ったな」

 にやっといつものように笑うフウエンと、険しい顔を泣きそうに歪めたタガネがそこにいた。シロガネは、しばらく月明かりに照らされた二人の顔を見比べていたが、タガネの言った一人という言葉にはっと正気を取り戻した。フウエンの腕に取りすがり、問う。

「一人じゃない!とかげ、とかげが」

「ああ、うちがシロガネの襟に忍ばせといた、護法童子な」

 首を傾げるタガネと必死の形相をしたシロガネに、フウエンは指の間に挟んだ紙の人形を見せた。人型に切り抜かれた幼児の手ぐらいのその紙には、朱文字で印が結んである。

「西の国の術の一つでな。これを身につけた人間を守るよう、呪ってある」

 勿論、守るという意味は広大だ。フウエンのものは、どうやら術者の意思をよく汲んだ護法童子らしかった。タガネはその小さな紙をじっと見ると、無骨な指でそっとその薄い紙に触れた。

「礼を言う、護法童子殿」

「どこまで几帳面やねん、タガネは」

 呆れた、というフウエンの溜息が終わらないうちに、夜空に大きな雷鳴が響いた。三人同時に音のした方へ振り返った。

 シロガネのいた空中に、木の龍と雷雲に乗ったクヌギがいる。クヌギは、恐ろしい目をして三人を見下ろしていた。

「どうして、君は、そんなに恵まれてるの?」

 怒りのあまりに震えている、クヌギはそう見えた。高い声もぶるぶると不安定になり、それに呼応するように龍の頭は激しく揺さぶられている。弾かれるように、龍は地面の三人目がけて突き進んでくる。風で、木の鱗がぽろぽろと落ちる。

 とっさにシロガネが木刀を構える前に、フウエンがシロガネを抱えてぴゅうっと後ろへ跳んだ。そして、二人を背にして、タガネが龍に向かって仁王立ちしている。その手には、既に愛用の大刀がしっかりと抜かれていた。低く、タガネが呟く。

「……ゆくぞ、ヤブサメ」

 ぎゅおお

 風を切って、龍は狂ったようにタガネに一直線に突っ込んでくる。それは、シロガネが最初に見た速さの比ではない。ほんの数秒で、龍は頭を地面に叩きつけるようにしてタガネを呑み込んだ。

 土煙が上がり、もうもうとシロガネの視界を悪くする。

「タガネ!」

大声に軽く咳をして埃を払うと、そこにタガネの姿はなかった。

次の瞬間、龍の首がごろりと落ちて転がった。その瞳はもう動かない。

「ヤブサメに、斬れぬものはない」

 タガネが、斬られた龍の首の後ろから姿を現した。下から上へ、龍の首元を斬り上げたらしい。金の里の誇る技術で作られたヤブサメ―乱れ丁子の黒漆柄の大刀―は、音も立てないで、巨木の如し木の龍の首をあっさりと真っ二つにしていたのだ。

 ふう、と小さく息を吐いたタガネに、クヌギの声がぶつけられた。

「よくもヒバリを!」

 びかびかびかっ

 クヌギの足元の雷雲から、鋭い雷が走った。それは何度か角度を変えながら、歪な直線を結んでタガネに向かっていた。シロガネがタガネに駆け寄る前に、フウエンがふわりと二人の前へ浮いていた。

「よくも、て。こっちの台詞やな」

 フウエンが高く手をかざす。見えない壁が、三人を守った。丸く大きく張られた結界。それに雷は阻まれて、龍の動かなくなった体へ当たった。クヌギが、フウエンを睨みつけている。

「さて、クヌギ様よ。全部話してもらうで」


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