変化夜
ハトバの話に聞き入っていて、シロガネはしばらく一言も発せなかった。ハトバは、シロガネの様子を窺いながら聞いた。
「ひょっとして、フウエン様から何も聞いてない?」
「……全然、聞いたことなかった」
フウエンはいつも曖昧に笑っていて、ふわふわとした雲のように暢気に生きているように見えた。シロガネに見えていたフウエンはどちらかというと穏やかで、怒ったとしてもそれはシロガネを諭す厳しさはあっても、芯から荒れたような様子ではなかった。ましてや死ぬだの殺すだのといった物騒な言葉をフウエンの口から聞いたことがない。フウエンが口調を荒げたことも、シロガネは知らなかった。
少し、シロガネは混乱していた。何日も一緒に生活していた自分が見ていたフウエンは、時折顔を合わせるハトバに見えている通りだったのだ。今初めてその過去を聞いても、その時のすさんだフウエンを想像できない。ただ、共に甘酒を飲んだあの夜の、寂しそうに笑った顔が浮かんだ。
(きっと今のフウエンにも、たくさんの『理』があるんだ……)
しばらく黙っていたが、シロガネはそのうちにぶんぶんと頭を振って立ち上がった。
「ハトバ、ちょっと修行つきあってくれ」
ぎょっとした顔でシロガネを見上げていたハトバだったが、のろのろと立ち上がった。
「どんな?」
「俺、まだ上手く金の気を錬れないんだ。教えてほしい」
「いいけど、僕だってとても上手って訳じゃないよ?」
「それより、俺よりは絶対上手だ」
シロガネがちょっと笑って見せると、ハトバもさらさらの髪を揺らして笑う。そして、部屋に散乱していた草紙の中から一冊を取り出すと、二人で見られるように大きく畳の上に開いた。開かれた頁には、刀の姿が色々と描いてある。二人で相談して、まずは脇差から作ろうと決めた。
シロガネは、今初めて、自分から霊力を扱いたいと思っていた。誰かを見返すため、馬鹿にされないためではなく、ただ自分のために霊力をきちんと身につけたいと思ったのだ。
二人が一刻も金の気を錬っていると、突然部屋の壁からするりと人影が現れた。
「フウエン!」
「フウエン様!」
「よお、シロガネ迎えにきたで」
いつもの羽織を肩にひっかけて、フウエンが笑っていた。思わず、シロガネもハトバも持っていたものを放り出してフウエンに駆け寄った。やはり少し疲れているのか、顔色は青ざめているように見えた。心配そうなハトバの肩をぽんぽんと叩いて、フウエンはシロガネの手をそっと掴んだ。
「さあ、帰ろう」
「フウエン様、ジンサ様は?」
「ああ、じき帰ってくるで」
どうやら、長たちの話し合いは終わったらしい。ジンサはミナトに用があって少しその場に残ったが、タガネもクヌギも既に里に帰ったので自分もシロガネを迎えに来たという。すぐに帰る、と伝えてくれと言い付かってきたとフウエンは笑った。
「ハトバが、心細おて泣いとるかもしれんて」
「なっ、そんなことないです!」
「あはは……ほな、さよなら、ハトバ」
フウエンはそう言うと、シロガネの手を掴んだままふわりと土の壁へ溶け込んでいく。二人の姿はたちまち壁の中へ消えていった。ハトバが、あっと口を開ける。シロガネが、すっかり消えてしまう前にハトバを見てこう叫んだのだ。
「こいつ、フウエンじゃない!」




