妹が俺の部屋に来て一緒にゲームするだけ
「兄ちゃん、入るよ~」
午後九時頃。
俺の部屋の扉をノックもなしにガチャッと開けて、妹が部屋に侵入してくる。
いつものことである。
「おっ、もうそんな時間か」
机に向かって勉強をしていた俺は、うんと伸びをして勉強を切り上げる。
そして妹から自分の机の引き出しのカギを受け取り、それを使って引き出しの中から携帯ゲーム機を取り出す。
妹にカギを預かってもらっているのは、意思の弱い俺が、勉強中に誘惑に負けてしまわないようにするためだ。
そして、妹と二人でベッドの上に座り、ゲームを始める。
この時間は、毎日恒例の儀式のようになっている。
「兄ちゃん、こいつの弱点って火属性だっけ」
「火と雷だな」
「おっけー」
ベッドの上、俺の対面にあぐらをかいて座り、自分も携帯ゲーム機と格闘している妹。
風呂から上がったばかりの妹は、上はランニングシャツ一枚、下は短パンという格好。
ボーイッシュだが綺麗なショートカットの黒髪は、今は艶やかに濡れている。
もう何年前になるだろうか──親父の再婚に伴って俺の新しい家族になった妹は、最初の頃は俺のことを警戒しており、なかなか仲良くなれずにいた。
親同士はよろしくやっているというのに、その連れ子は互いにギクシャクした状態だったわけだ。
が、ずっと一緒に暮らしていると、特に何をせずとも、壁が打ち払われることもあるようで。
今ではごらんのとおり、仲睦まじい兄妹へとランクアップした。
大変結構なことである。
……なのだが。
最近ちょっと、仲がよろしすぎるのも、いかがなものかと思い始めてきている。
「うわっ、やばっ、やっちゃった! 兄ちゃん、ヘルプヘルプっ!」
「おう、落ち着け、慌てるな。まだ慌てるような段階じゃない」
「にゃあああああっ! やーばーいーっ!」
妹が携帯ゲーム機を右に左にと物理的に動かして、ジタバタし始める。
もちろん、それでゲーム内容が好転することはない。
……だが妹よ、シャツがはだけてイイ感じにイケナイ様子になってきているから、少し自重したらどうだろうか。
俺が妹に、色香のようなものを感じ始めたのは、ごく最近のことだ。
俺が遅い思春期を迎えたせいなのか、妹が身体的に成長したせいなのか、あるいはその両方が原因なのか、よくわからない。
でも気になり始めたら、歯止めがきかなくなってきた。
今だって、ゲーム内容よりも、風呂上がりで上気した妹の柔肌のほうが気になってしょうがない。
そもそも風呂上りに、ランニングシャツ一枚に短パンなんて姿で俺の部屋に入ってくるとか、こいつ実は誘ってるんじゃないの? なんて疑ったりもする。
まあ実際には、こいつのことだ、自分が女だって自覚もないだけなんだろうが……。
「くっ、ぬっ、んぎっ! ──あっ、ダメダメダメっ、来んなこのバカっ!」
俺の妹は可愛い、と思う。
学校中探しても、こんな美少女ほかにいないんじゃないかって思うぐらい、最近ぐんぐんと可愛さを増している、気がする──兄のひいき目は、あるだろうけど。
妹は学校でも、どちらかというと男子と遊んでいることの方が多いらしいが、俺としては今すぐやめろと言いたいところだ。
こいつの同学年の男子たちも、そろそろこいつの魅力に気付き始める頃だろう。
何か間違いが起こるんじゃないかと、気が気じゃないわけで。
「ねえ、兄ちゃんってば! 何してんの、早く助けて! ボク死んじゃうってば!」
──おっと、いけない。
そろそろ助けてやらないと、妹が三日間ぐらい拗ねてしまう。
そんなわけで、俺の援護で妹、どうにか窮地を脱出。
ボスを倒し終えて、ホッと一息だ。
「ぶー、兄ちゃん援護遅い。死ぬかと思ったよホント」
妹がゲーム機の画面から目を離して、頬を膨らませてジト目で俺をにらみつけてくる。
悶死しそうなぐらいに可愛い。
ふと、俺の視線が妹の顔から、自然と下の方に動く。
はだけたランニングシャツの下の肌──首筋やうなじ、胸元などに目が行ってしまって、慌てて視線を逸らす。
そして、ちらっと妹の様子を見ると、きょとんとした顔が、にやりとした笑みに変わった。
「はは~ん……さては兄ちゃん、ボクの色気にメロメロになってる?」
そう言って、あはーんと古典的なグラビア写真のようなポーズをとってみせる妹。
その予想は実のところ大当たりなんだが、素直にそうと口に出すわけにもいかない。
「そういう寝言は、もっと女らしくなってから言え」
俺は本心を隠し、ゲーム画面に視線を落とす。
「何だよ! ボクだって最近、ちょっと胸大きくなったりしてんだからね!」
お色気攻撃が効かなかったのが悔しいのか、怒って抗議してくる妹。
ちなみに実際には効いているし、成長してるのも知ってるから。
知ってるから、そろそろブラジャーでもつけなさい──なんてことも言えないので、知らない態であしらうことにする。
「あー、はいはい、分かった分かった。分かったからゲーム戻るぞ」
「ぐぬぬぬぬ……!」
悔しそうな妹の声が聞こえてくる。
それでもわざと無視していると、妹がベッドの上を這ってくる気配。
俺は無視したふりを続けるが……一体何をする気だ、妹よ?
ベッドを這って進む妹は、そのまま俺の背後まで回り込む。
そして、あぐらをかいて座っている俺の背中に──子泣きジジイのように抱きつき、張り付いてきた。
「どぉだ! これでも分かんない!?」
妹から風呂上がりの火照った体で、ぎゅっと抱きつかれる。
妹の吐息が、俺の耳にかかる。
背後からふわっと香ってくる、シャンプーのにおい。
でもって、妹はその成長しかけの胸を、これでどうだとばかりに俺の背中に押し付けてくるわけで……いや、ムキになりすぎだからな、お前。
「この寒い冬には、そうやって張り付かれると温かくていいな。もうちっとそうしててくれよ」
本音を混ぜる。
木を隠すには森の中、嘘を隠すには本音に混ぜて、だ。
「う~っ! 何だよ! ボクもう、クラスの男子から告白されたりもしてるんだよ! どうして兄ちゃんだけ認めてくれないんだよ!」
妹の、不満の叫び──だがそれは、俺にとって寝耳に水だった。
──がたっ!
俺はベッドの上で立ち上がる。
「うわっ、わっ」
突然立ち上がられたことに対応できず、背中にへばりついていた妹が落下、ベッドの上に尻もちをつく。
俺はその妹のほうへと振り向き、しゃがみ込んで妹の両肩をガシッとつかむ。
「お前、クラスの男子から告白されたのか?」
「えっ……う、うん」
「それで今、そいつと付き合ってるのか?」
「う、ううん、付き合ってない。断ったから……」
それを聞いて、俺はホッと胸をなでおろす。
妹は、唐突な俺の変貌に、びっくりして怯えている様子だった。
「おっと、悪い。……でもいいか、クラスの男子には、今みたいにへばりついたり、絶対にするなよ。勘違いされるからな」
「う、うん……ていうかそんなの、兄ちゃん以外にするわけないし」
「よし」
自分でも何が「よし」なのか分からないが、今の妹は危険な爆弾のようなものだ。
迂闊なことをして導火線に火がつけば、どんな惨事が起こるか分からない。
……と、そう考えると、ちょっと気になったことがある。
「ところでお前、なんでその告白断ったんだ?」
俺がそう聞くと、妹は湯上がりのほのかに紅潮した頬を、さらに真っ赤にゆで上がらせた。
「それは……に、兄ちゃんには関係ないだろ!」
ムキになって言う妹。
その言葉に、俺は心の中で涙を流す。
そうか……兄ちゃんには関係ないか……そうだよな……。
妹もいつか、俺の元からいなくなるんだなと思うと、軽く発狂しそうになるわけだが、さりとて良い兄というものは、妹の幸福を願わなくてはならないのである。
ムッツリスケベでムッツリシスコンの俺も、いつかは妹離れをしなければならないのだ。
顔を赤くして恥ずかしがる妹可愛いなぁと思いながら、内心でしょぼーん(´・ω・`)とする俺なのであった。