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義賊のマテリア  作者: 夕日
老練なる者
99/102

2-030


棘のように隆起する竜骨断崖(ドラゴンズバレー)の道なき道を歩き続けると、明らかに風景が異なる場所へ到達した。

荒廃した大地と、凶暴な魔物が巣食っていた死の大地が、草木の生える峡谷へと変化したのだ。


「何よこれ、いつの間にか竜骨断崖から出ちゃったの?」


リナリスの問いも尤もだった。砂礫に覆われた風景から、突如として風景が一変しているのだから。

だが、その問いにフェイは答えなかった。峡谷の中を歩きながら真っ直ぐ歩を進めていた。


そして。


『到着だ』


短くそう言ったフェイに、俺たちはただただ絶句していた。


大きく開けた空間、棘のように突き出した岩石がまるで生き物のようにうねりながら、天蓋となって空を覆っている。その隙間から差し込む陽光が、この空間の有り様を照らし出している。


大きく螺旋を描いた、うねるように空を覆っていた岩石の棘は、この空間の中心に収束するように―――捻れた雑巾のように折り重なって地面に突き刺さっている。


そこに、人工物の石の玉座が鎮座していた。


その場所へ近づくフェイに、俺たちもまた続く。


『ここに至った人間は、お前たちが初めてだ。歓迎しよう、《魔剣》に魅入られた者たちよ。ここが竜骨断崖の中心。龍脈を監視し、正常化する任を負った者が鎮座する絶対不可侵領域、『竜の玉座(ドラゴンズスローン)』へ』


厳かに、フェイの声が響く。


「『竜の玉座』……だと?」


『竜骨断崖とは、龍脈の結集地だと言ったはずだ。ジルニトラはこの領域に棲み、龍脈の正常化を行う守護者の役目を負っている。それがこの玉座の正体(・・・・・)よ』


すると、フェイが玉座に近づいてぴょんとそこに飛び乗った。

瞬間、光の流動がその玉座を伝って、後ろで螺旋状に結集している岩石の棘へと移っていく。

領域の全てを流動する、光の線。

結集していた岩石を伝って、空間を覆う岩石の全てに光の線が走っていく。


「これはもしかして……『星の樹』ですか?」


その光景に、ミリアは愕然した表情でフェイに問う。

エトワール大森林にも存在する大樹。その力は、世界に偏在する『矛盾』を浄化し、魔力の滞留を防いでいる。

この領域に存在する螺旋の岩石は、確かに様体を見ればこの空間を覆う大樹のようでもあった。

その問いにフェイが頷く。


『螺旋の石樹は龍脈に繋がっている。玉座の力を持って龍脈の力を制御しているのだ』


「すっごいなー。お兄さんこんなの初めて見たよ」


「龍脈の天然操作盤、ね。龍脈を守護していたのがジルニトラっていう竜なの?」


『然り』


「それなら、そのジルニトラは今何処にいるのよ?クロスリードとかに現れてる竜がジルニトラだってのは大体予想がついてる。職務怠慢に磨きがかかってるわね」


『……』


フェイが黙り込んでしまった。俺もまた同様に疑問を持っているため、フェイに言葉をかける。


「俺とリナを襲った竜は、ジルニトラなんだろ?クロスリードにも頻繁に現れている。なぜ人里に姿を現すのか、ちゃんと説明してくれ」


しばしの沈黙の後、フェイは意を決したかのように、こちらへと金色の眼光を向けた。

そして、一言、ただ無機質に、言った。


『お前たちが探しているジルニトラは、足元にいるぞ(・・・・・・)


なに、とフェイの言った言葉が分からず、俺たちは足元へ目を向けた。

足元から生える草木。周囲に咲き誇る小花。なんの変哲もない、緑の地面だ。


―――いや。


「―――!!ち、ちょっと待ちなさいよ!これまさか……ッ!!」


リナリスは、驚愕のあまり周囲を見渡して放心状態となってしまった。

そうだ、おかしいのだ。


地面に在る草花、だが、その地面が不自然に隆起している。

その地面を目で追っていくと、隆起している地面はこの空間を縦断していた。


これは。


「竜の……死骸」


草に埋もれる形ではあったが、その様体を頭の中で構築して、その凹凸が埋没した竜の骨で作られていることが分かった。


『お前たちが探しているジルニトラは、とうに死んでいる(・・・・・・・・)


「ちょっと待ってくれ!有り得ない!これが、ジルニトラの遺骨だと!?」


『私が嘘をついていると?』


「そうは言ってない!だが、現実じゃ黒い竜がクロスリード周辺で出現している。死んでいるはずがない!」


いや、もしかしたら、ジルニトラに酷似する竜の仕業か?


『そうだ、その通りだ。あの竜はな、間違いなく(・・・・・)ジルニトラなのだ。だが、私が識るジルニトラはとうの昔に朽ち果てた。あれがジルニトラであるはずがない』


有り得ない、存在し得ない矛盾。

すでに死んでいるのにもかかわらず、黒竜はクロスリード近郊の空を舞っている。


「少年、竜を生き返らせるような《魔剣》ってあるん?」


「……有り得ない、とは言い切れないが……」


そもそも、生き返らせる対象の骨がこの場所に存在しているとなると、どうやって生き返らせているのだろう。

《魔剣》などという力は、どんな矛盾を孕んでいたとしてもその矛盾を現実に具現化する。

……しかし、生き返らせる方法なら、《魔剣》でなくても存在する。それは―――


『いやぁねェ、こーんなところにまで探しに来るなんて。ライツェ様が警戒するのも無理ないわァ』


何者かの声が周辺に木霊する。

ピクリと耳を動かしたフェイは、玉座から離れて周囲を見渡している。


今、確かに言っていた。憎むべき男の名を。


「誰だッ!!」


『なァに?アナタがライツェ様の言ってたボウヤ?』


すると、今まで辿ってきた道の先で、ボコリ、と地面が泡立った。そこからぬるり、と現れたのは、無数の人の顔を持った異形の化け物だった。人の肉を無理やりこねくり回したような肉塊が浮遊する。

その一つの顔の口元が、ゆっくりと動く。


『あらあらァ?なんか妙な組み合わせねェ。ハーフエルフの小娘も引き連れてくるなんて、ちょーっと想定外だったわァ。魔獣の狼さんもこーんにちは?あれだけ痛めつけたのに、よくもまぁ私にまた刃向かえるものねェ?』


ねっとりとした嫌悪の混じる口調に、眉間に皺が寄る。そして、続けて咳き込む声の主。

後ろを見れば、明確な殺気を放ちながら、フェイが異形の肉塊に鋭い視線を向けている。


『貴様……我が同胞を手に掛けたこと、後悔させてやるぞッ!!』


『やァだ、そんな怒らないでよぉ。ほんのちょっと死骸を回収しただけじゃない。繁殖力を計算してちゃんと殺したんだから、怒られる理由なんてないのよォ?』


「フェイ、死骸っていうのは……」


『お前の想像通りだ。我が同胞たちを蹂躙し、あの森に棲んでいた魔獣の三割を殺された。あの死霊術使いにな』


俺たちがフェイと初めて会ったとき怪我をしていたのは、コイツと戦ったからか。

と、俺たちの傍にいたミリアに気がついたのか、かすれた声でクスクスと嗤った。


「あらァ、お美しいお姫さん、こんにちは?吸血鬼の生活は楽しいかしらァ?傑作よねぇ、自分の願いで化け物になっちゃ元も子もないわよねぇ?アハハハハハハハッ!!」


「……ッ!!」


「無駄話はやめろ、死霊術使い。……いや、ミリエル・グラース」


『んーボウヤの言うとおりねェ。ライツェ様から聞いてたけど、血気盛んなボウヤだこと』


肉塊の顔たちがコロコロと笑った。


『言っておくけど、この子はただの伝達係。アタシは別の場所にいるから、いくらこの子を攻撃したところで意味ないからねェ』


「……舐め腐ってくれてるじゃない」


『だってぇ、面白いじゃない?どうすることもできない悔しい表情を見るのって』


「ふざけんじゃないわよ!!竜が現れてるのはアンタの仕業なの!!?」


厳密には(・・・・)、アタシの仕業じゃないわよォ。アタシはただ、死霊術で使う材料を集めてるだけ。竜骨断崖の『星の樹』に流れる魔力を汲み取ったり、ハーフエルフちゃんたちを回収したりねェ』


「……アンタ……今……なんて……」


『あらァ?聞こえなかったのかしら?アタシはね、ただ放浪するだけでクソ役にも立たないハーフエルフを死霊術の材料として回収しただけって言ったのよォ』


「!!アンタ……あたしの同胞を……死霊術に……!!」


『見ものだったわよォ!解体されるたびに、リナリス様、リナリスおねーちゃん、助けてぇ、って泣き叫んでさァ!そーんなことしても誰も気付かないのに、叫ぶわ叫ぶわ!アナタたちにも見せたかっ―――』


瞬間、蒼炎の矢が間髪入れずに叩き出された。全てを焼却する《魔剣》が、目の前の肉塊を焼き払う。


「死になさいッ!アンタの喉笛を焼き尽くして、その口を二度と開かないようにしてやるッッッ!!!」


……かに思えたが。


『ちょっとォ、いきなり攻撃しないでよ。アタシのかわいい最高傑作が傷ついたりしたらどうするのよォ』


蒼炎が生き物のようにうねって、肉塊の四方に吸い込まれるようにして掻き消えた。

引き起こされた異常に、リナリスが瞠目する。

金属製の鋭い何かが肉塊に埋もれているのがチラリと見える。


「あー、リナっち、あれよ。炎を吸収して切れ味を上げるマジックアイテム」


「『炎精の剣(フレイム・イーター)』……!?……ってちょっと何よリナっちって!?」


「え、呼びやすいかなーって思って」


「こんなときにバカみたいなこと言わないでくれる!?」


狂犬のようにヴェイルを睨むリナリス。……まあ、おっさんがいなければ、リナリスがこのまま暴走していたかもしれない。むしろ助かったと思うべきか。


『死霊の弱点なんて重々承知よォ。でね、ボウヤ、ライツェ様から伝言よォ』


「……あの男から伝言だと?」


ライツェから、伝言?不吉な予感に嫌な汗が滲み出る。

その様子に満足したかのように、肉塊がクスクスと笑う。


『クロスリードは『矛盾』に堕ちる、是非その目で見るように、って言ってたわ』


「―――!!」


あの男、今度はクロスリードで何をしようとしている。


『ライツェ様はそう言ってたけどォ、やっぱり不確定要素はちゃんと切り捨てないといけないわよねェ。ボウヤのこと買ってるみたいだけど、ここで死んでくれると色々と助かるのよねェ』


ぼご、と何か地面が蠢くような音が聞こえた気がした。


『足止め頼まれてたんだけど、とっとと死んで私の研究材料になってくれないかしらァ?』


ゴホ、とミリエルが咳き込むのが聞こえたと同時だった。

周囲の地面がぼごり、と盛り上がると、そこから甲冑を纏った重戦士が姿を現す。他にはハーフエルフの死骸から死霊術によって喚び出されたのか、弓を構えた兵士たちが、空間を蹂躙していく。

周辺の異常に、ミリアたちが驚愕の表情のまま棒立ちだ。


『じゃ、頑張ってねェ、ボウヤたち。アタシたちはまだやることがあるのよォ。【結実の徒花】の力を励起させないといけないの。じゃ、死霊ちゃんたち、いきなさァい!』


優に五百を超える死霊と、浮遊する肉塊。

竜骨断崖の奥深くで、死霊たちの甲高い咆哮が響き渡った。


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