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義賊のマテリア  作者: 夕日
老練なる者
95/102

2-026


「魔剣商人が盗賊で、風系統の固有魔術を使用できて飛行魔法も使える、魔獣とかいう存在を使い魔にしてて、しかも付き添いの護衛が吸血鬼、その下僕が魔剣商人自身って何言ってんのか訳分かんないわよ……」


毒舌を撒き散らしながら、俺たちの前に座る赤髪のハーフエルフの姿に頬を掻く。あの後落ち着いたミリアは普段通りの性格に戻り、いつの間にか森の奥深くの小屋に……俺を押し倒している状況を見て全てを察したようだ。

俺の後ろに立って涙目になりながらちらちらと視線を送ってくるため、それはもう気まずいことになっている。

ハーフエルフの少女はその後、剥いでいた装備の全てを俺に返却し、骨董品の置かれたテントの中にある椅子に座り込んでいた。横には、両手を頭の後ろに組んで、気の抜けた表情で辺りをキョロキョロと見回すヴェイルと、大きなリュックを背負ってなにやら考え事をしているアイン。

そして狼の魔獣フェイが俺に付き添うように無表情のまま身を屈めていた。


後ろからの視線を感じて、チラリと振り向くと、敵意むき出しのエルフの男の姿がある。

腰に提げた剣の鞘に手を置いたまま、俺をじっと監視しているようだ。

やれやれと肩をすくめて、俺は目の前で頭を押さえる少女に声をかける。


「なんで俺を解放したんだ?お前たちにとっちゃ明確な悪だよな?わざわざ俺の拘束を解く意味がない」


「アンタを解放しなきゃ、そこの吸血鬼に殺されるでしょ。吸血鬼相手に無謀な戦いなんてしたくないのよ」


「まー吸血鬼と戦うなんて、武器も持たずに熊と戦うようなもんだからねぇー、っていうかオレもびっくりしてるんだけどさ、お姫さんが吸血鬼だったなんて知らなかったわー」


「う……あ、あの、私が吸血鬼だということは周りの方には……」


「え、言うわけないよー。そもそも信じてもらえないよそんなの。まあ信じてもらったとしても、多分すぐさま逃走よ?冒険者ギルドとか傭兵ギルドのお偉いさんでも、戦闘は避けると思うねー」


「そ、そうですよね……」


しゅん、と小さくなるミリアに心が痛む。

……そういう顔を見たくないから、俺はクロスリードの長期滞在を渋ったというのに、なんという不甲斐なさだ。


「それにさ、少年がいればどうとでもなるっしょ?お姫さん、結構特殊な吸血鬼よね。太陽の光に耐性がある吸血鬼とか、それだけで恐怖よ?」


「あたしもそんな吸血鬼、聞いたことないんだけど。陽の光が弱点じゃない吸血鬼とか、化け物以上の化け物よ。対策しようがないじゃない」


「だ、大丈夫ですっ!人を襲おうなんて、思ったことなんて……」


「どうだかね。『血の衝動』が活性化すれば、無差別に人を襲うわよ」


「た、確かに記憶はその……なくなってしまいますが……」


段々と声が小さくなるミリアを見て、俺は口を開いた。


「ミリアが人を襲うことはない」


「なんでそう言い切れるのよ。相手は人の力なんて軽く凌駕する化け物よ。可能性がゼロとは言い切れないわ」


『いいや、皆無だろうな。確実に』


と、そこでフェイが会話に参加してくる。ヴェイルがおー、と気の抜けた声を出して大きな狼を見つめた。


『下僕である魔剣商人の首に刻んであるだろう。下僕を証明する魔術印がな。その印がある限り、この者は他者を襲うことはせんよ』


「魔術印って……あれ吸血鬼が刻んだ魔術印なの?」


『吸血鬼の上位種だけが行使する、下僕契約の魔術印だ。その人間を自らの食糧と定義し、その者の命が果てるまで他の者を捕食しない。他の吸血鬼にも所有物であることを知らせるものだ、魔剣商人がいれば、吸血鬼に遭遇することも少なくなるだろう』


「し、食糧……」


しょんぼりと気落ちしていくミリア。

フェイの言っていることは正しいのだが、如何せん、言い方がまずい。

ぎろり、とフェイの眼がアインへ移動する。


『だろう、観測者よ?』


「……そうだね、吸血鬼の魔術印があるかぎり、ミリアさんは他の人を襲わない。おにーさんが死なない限り、その効力は続く。……キミは、ボクのことを知ってるんだね」


貴様ら(・・・)が行ったこと、到底許されることではない。いずれ天罰が下ると思え』


「……」


フェイの言葉に、アインが息を呑んだのが分かった。

観測者という立場上遥かな時間を歩んでいるというのに、魔獣の威圧にただ怯んでいる。

……いや、それでも、フェイの眼光から目を逸らしていない。

無言のまま視線を交わすアインに、フェイは何か感心した様子だった。


『……ほう、言い訳の一つも口にしないか』


「当たり前だよ。ボクが魔女の下僕だったとしても、それを止められなかったのは事実だからね」


『小さな人の子の姿を取っているというのに、その精神はまるで大樹の如き、か。なるほど、魔剣商人に協力するのは贖罪のつもりか』


「……どうだろうね」


『よい。ただ協力するという意味でなら疑うべきであろうが、そういうこと(・・・・・・)ならば信頼に値する』


難しい顔をしているアインに何か声をかけるべきかと思ったが、余計なことを口にするのも悪いだろう。

その様子を見守っていたエルフの少女が、はぁと嘆息する。


「ま、あんたらの事情はあとでゆっくり聞きましょうか。で、ここにいる理由は分かってるでしょ?」


「……取引だろう」


ふん、と少女が鼻で笑う。


「あたしたちのことを周りに言いふらさない代わりに、あたしもアンタが陰で盗賊の真似事をしていたことを秘密にする。それでいいわね?」


「その他に何を要求するつもりだ」


「察しが良くてホント助かるわ」


厭らしく笑った少女は、膝に肘を置いて、ずいっと寄ってくる。


「最近、おかしなことが続いてる。あんたも見たと思うけど、謎の竜が頻繁に現れてんのよ」


「あの竜か。クロスリードの冒険者ギルド長にも、その調査の依頼を受けている」


「へぇ……あのギルド長が。周りにいる冒険者ほど無能じゃないってわけね」


黒竜の出現。クロスリードに出現したあの竜が、今度は俺たちを明確な敵と判断して襲い掛かってきている。

どこから現れているのか、なぜ現れているのか全てが不明な状況だ。


「あの竜、なんかおかしいでしょ。突然現れたと思ったら、突然消える。その繰り返しよ」


「お前は、あの竜のことを知ってるのか?」


「さあね、だけど、この前はクロスリードの上空に現れたと思ったら霧の中に溶けるように消えてるの。おかしすぎるでしょ」


存在の消失、か。


「でもね、どうやらアンタの使い魔はその理由を知っているみたいよ」


なんだと、と俺は横に座り込む狼に目を向ける。

沈黙していたフェイの眼がこちらを凝視した。


『《魔剣》だ。【結実の徒花】に類似する《魔剣》の力で間違いはない』


「《魔剣》の力?いや……だが……」


『竜を喚び、使役する力を持つ《魔剣》は存在しない、と言いたいか』



その通りだ。アインが言うように、竜を使役する力を持つ《魔剣》は存在しない。

俺の渋面に、フェイはため息をついた。


『随分と遠回しな言い方をするな。観測者よ』


「何を言って……ボクは何も……」


『……魔女の下僕、そこまで縛られているか。魔剣商人、この者の言うことを全て信用してはならん。裏に魔女がいることを忘れるな』


「どういうことだ。竜を呼ぶ《魔剣》は存在するってことか?」


『否』


くぃ、と顔を上げてミリアを見る。


『人ならざる少女よ。貴様の内に宿る吸血鬼の因子は、その全てが異端だ。魔女に存在を歪められたために、その存在の固定が曖昧なままこの世界に固着化している。吸血鬼のような存在、と妙な言い回しになるな』


「は、はい……でもあの突然何を……」


困惑するミリアを無視し、今度はヴェイルをその瞳で睨みつけた。


『そして、魔剣商人の傭兵。貴様の所持する《魔剣》、力の証明を言葉で済ませようとしたな?』


「おー、まあ、見てもらう方が分かりやすくて良いと思ったから、少年たちに俺の《魔剣》の力見せてるけどねー」


その様子に、フェイが舌打ちしたのが分かった。


『虚実を巧みに使う狡猾な道化め』


「……おい、さっきから何なんだ」


『……分からぬか?』


フェイの言わんとしていることに理解が及ばない。怪訝な表情をする俺に見かねたのか、ハーフエルフの少女が口を開いた。


「見かけじょう、という意味よ。《魔剣》の能力は単純なものじゃない。竜を喚んでいるわけじゃなくて、そう見えるだけの可能性が高いってこと」


つまり、竜を使役するように見えているだけで、本来の力は更に複雑なものである可能性が高いということか。

そこで、俺は商人ギルドから聞かされたあのメイドの話を思い出す。

【結実の徒花】に宿る力、その力は『治癒』だと聞いた。だが、それが妙だとアインは言っている。

【結実の徒花】に宿る力は、『治癒』に見えていただけの可能性がある、とも言える。


「まあ、だから魔剣商人であるアンタに調査を頼みたいのよ」


「竜を喚んでいるように見える《魔剣》の正体と、その力を行使する適性者が誰か、調査しろと?」


「そういうところは察しがいいのに、他のところだとなんでポンコツなのよアンタは」


……それは、申し訳ない。


「ちょっと待ってくれ。なんでそんな調査を要求するんだ。お前たちには何のメリットもないだろう」


『ハーフエルフの同胞が行方不明だそうだ』


フェイはすくっと立ち上がると、後ろで俺に殺気を送り続けていたハーフエルフの男に近づいていく。


『この一週間で十二人の行方が知れず、この集落にも不穏な空気が立ち込めているらしい』


「それと……《魔剣》の調査に何の関係がある?」


「消息を絶ったのが、竜が棲むと言われる『竜骨断崖(ドラゴンズ・バレー)』の近くだと言ったらどうだ」


剣の柄を握りしめたまま俺に厳しい視線を送っていた男が近寄ってくる。


「頻繁に出現し姿を消す竜、『竜骨断崖』の近くで消えた我が同胞たち。無関係とは思えん」


なるほど。そういう共通事項があるわけか。


「それとね、あんたに頼めば、快く受け入れてくれるだろうって、その使い魔が言ってんのよ」


その言い回しに違和感を覚える。フェイが言葉を続けた。


『黒曜石でできた鏡を探しているのだろう?』


そう切り返してきたフェイに、俺とミリアの表情が驚きに転じる。


『断言はできん。だが、一週間前にそれに似た骨董品を『竜骨断崖』に持ち込む、妙な雰囲気を纏った者を見た』


「そんなバカな!?【影写しの大鏡】の気配はクロスリードにしかない!竜骨断崖なんて危険地域に……」


『観測者である貴様の言うことは尤もだ。だが、《魔剣》を感知する力は完全なものではないのだろう』


「そ、それはそうだけど……でも……」


言いよどむアインは「そんなこと……」と繰り返し呟きながら床に視線を向けている。


「……フェイ、それは本当の話なんだな?」


『嘘を紡ぐ意味などない。それに貴様たちは識りたいはずだ、ジルニトラのことを』


周りの存在全てが息を呑んだのが分かった。

黒竜ジルニトラ。かつてクロスリードを救った竜。

目の前の狼は言っているのだ。

今クロスリードに出現している竜が、かつて崇められた黒竜、ジルニトラその竜であることを。


『私に付いてこい。そうすれば、ジルニトラという存在の全てを話してやる』


そう言ったフェイに、この場にいる全員が沈黙する。

……かと思ったのだが。


「いいねぇ、なんか面白そうだし、お兄さんもその話乗ったわー」


気の抜けた承諾。

ヴェイルがにへらっと笑って、フェイの前に跪く。


「俺ヴェイルね、ヴェイル・スカー。いやー魔獣とか初めて見たからちょっと警戒してたんだけど、結構話の通じる相手で良かったよー」


『全く……胆力のある道化よ』


「ねえーひどくない?さっきからバカにされてるような気がしてるんだけどー」


『私は正直に言ったまでだ』


「んーまあ納得いかないけど、仲良くできるんならそれでいいかー。じゃ、よろしくねぇフェイ爺」


『……貴様、無闇に他者に愛称を強要する悪癖を治した方が良いのではないか?』


「いいじゃん、いいじゃん、呼びやすい方がなにかと便利だしさー」


『……』


長命な魔獣が、明らかに呆れていた。


「取引に応じるってことで良いわよね?……あたしたちもちゃんと自己紹介しといた方が良いわね。あたしの名前はリナリス・シャーリット。皆からはリナって呼ばれてるからそれでいいわ。で、アンタの後ろにいるのがバルテアよ」


「……バルテア・ゴーディス。言っておくが、私はお前を信用したわけではないからな」


敵意を向ける濃緑の髪のハーフエルフは、俺に握手を求めてくる。

やれやれと嘆息しながら、俺はそれを受け入れた。


「アルト・ゼノヴェルトだ」


「あ、あの、ミリア・レルクレインと言います。き、吸血鬼なんですがその……警戒はしないで頂けると……」


「魔剣商人以外は襲わないんでしょ?ならいいわよ別に」


「!!あ、ありがとうございますっ!」


「な、なによ……そんなに喜ぶことじゃないでしょ?」


ニコニコと笑みを絶やさないミリアの気迫に押されたのか、リナリス―――リナが狼狽えながら握手をしていた。

……ああ、ここにも被害者が。


「……『竜骨断崖』に行くのか?」


『ああ、ここから一日かからん』


竜骨断崖。魔力汚染が発生する危険地域。

そんな場所に長居は出来ないだろう。ローガンにも連絡しておいた方がいいかもしれない。


「【結実の徒花】と竜についてローガンに報告することがある。できれば一旦クロスリードに帰りたいんだが……」


【砂上の傷跡】の力を使えばいつでもクロスリードに戻ることができる。

そう提案しようとしたが、


「あ、それならですね……」


ミリアは腰に提げたポーチに手を突っ込んでごそごそと何かを探している。


「これ、ローガンさんから貰ってきました!」


取り出したのは、真紅の結晶体。

遥か遠くにいる者と会話を行うマジックアイテム、『薄紅の伝書鳩(トランスポート)』だった。


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