2-025
◇
陽の光が目元を照らしている。そう認知した脳が、霞の残る意識を覚醒へと導いたようだ。
薄く目を開けると、朝日が薄汚れた窓ガラスから差し込んでいるのが分かった。
微睡みの中、頭の中で何が起きたのか思考し、断片的な記憶を辿りながら『竜』という単語を閃いて飛び起きた。
「ぐっ……!!」
その途端に、体に激痛が走ってたまらずうめき声を上げてしまった。
体中に包帯が巻かれている。誰かが応急処置をしてくれたのか。
鈍っていた意識は全て覚醒して、今陥っている状況を確認する。
両手には鉄製の拘束具。片足には鉄球のついた鎖が巻かれており、どうやら俺はこの小屋の中で囚われの身らしい。
王都で義賊を続けていたときから、いずれこういう運命を辿るだろうとは思っていたが、やはり居心地の良いものではない。
竜が現れ、俺はその後崖の下へ突き落とされたはずだ。なのになぜ、このような状況になっている。
頭に手を置こうとしたが、両腕を拘束されているために上手く身動きがとれない。
逃げ出そうにも、流石にこの拘束を断ち切るのは難しいだろう。
頭の中にある記憶を探り当てるように思考を繰り返し……。
そういえば、また妙な夢を見ていたような―――
『―――貴様、視たな。私を』
脳内で響いた声に、ぎょっとして辺りを見回す。
朝日の輝きで照らされた室内。あまり広くはない空間に枯れ草や農耕用の鍬などが置かれている。
日の光で部屋中を舞う埃がきらきらと輝き、そのために周囲を視認する情報が間違っているのだと、現実逃避をしそうになった。
こちらを見る、金色の双眼。
俺の体を越す巨躯を横たえながら、灰色の毛並みの狼がこちらをじっと見据えていた。
「―――!!なんで……こんなところに……!!」
逃げ場はない。拘束具で縛られている俺に、逃走という選択肢は消えている。
金色の眼と、露出する牙。極限の状況の中、俺はその狼の目をじっと見つめ返したまま動けない。
『【必識の呪詛】とでもいうのか、それは。悪趣味な呪いだ。深遠の魔女などという善悪を量れぬ者と取引など実に愚かしい。時に名を残す英雄か、それとも恐れを知らぬ凡愚か』
また脳内に声が響く。
そこで俺は、この声が誰のものなのかやっと理解が追いついた。
「お前が喋っている……のか?」
『私の他に貴様と言葉を交わす者がいるとでも?』
「……何なんだ。お前、一体……」
『聞いていただろう。夢という追憶の中で。私の名をな』
途端、ひどい頭痛が襲った。
霞のかかった映像がその瞬間晴れて、俺にその「情報」を展開する。
黒い鎧を纏った女性と、それと言葉を交わす男の姿。
あれは、夢などではなかった?
その夢の中で出てきた名を、恐る恐る呟く。
「……フェイ、か」
そう訊くと、狼はその場で座り込む。後ろ足に巻かれた泥で汚れた包帯。それを見た俺は、やっとその狼がミリアと俺が助けた狼だったと気付く。
『その左目に宿る呪いは、総てを識ろうとする。それは世界に存在するありとあらゆる表層の知慧や属性のみならず、他者の心の深層とその痛みもまた』
そう言われて、俺は左目を押さえる。
左目に宿る、魔女から対価として受け取った呪い。それが、俺の意思とは関係なくいつの間にか具現化している。
『忌々しきものよ。人の子にこれほどまでの枷を負わせるとは。早々に悪辣なる魔女を排し、その契約を破棄せねばなるまい』
「お前は深遠の魔女を知っているのか……?」
『知らんな、世界の観測者などという存在など』
「それなら、なぜ……」
『解るだろう。その左目が私の深層を視るというのなら、逆にそれを利用させてもらうまでだ』
狼の細長い瞳孔が縮まった。そこから金色に輝く魔力が溢れ出すと、俺の左目へと流れ込んでくる。
『人の闇に紛れる悪。希望という偶像。幼き身で、義賊などという存在に身を貶すか。その虚勢を魔女に利用されたな。幼年に殺戮者と成し、そして義賊と成し、今度は『矛盾』を売る悪と成るか』
この大きな狼は、左目の呪いを介して俺の記憶を探っている。そうと分かり目の前の魔力を振り払おうとしたが、消耗した体は言うことをきいてくれない。
仕方なく、俺は弱々しく口を開く。
「……全部、あいつのためだ」
『吸血鬼の少女か。なぜそこまで固執する。あの人ならぬ少女の咎を、貴様が背負う意味などない』
「お前には関係ないことだッ!!」
『であろう。だがな、おおよそ理解できぬのだ。自らのあり方を犠牲にして、他者を救う意味を』
それは苦痛の混じった言葉だった。狼の表情はわかりにくかったが、それでも何か痛むような表情に歪んでいる。
すくり、と狼が立ち上がる。
『……どうやら、お出ましのようだ』
と、巨狼は小屋の隅にその体躯を下ろした。それと同時に、小屋のドアが軋みを上げて開かれた。
そこに立っていたのは、長い赤髪をうなじで二つに括ったハーフエルフだ。体を極限まで軽くするため、上半身は革の防具を胸に巻きつけ、下半身はすらりと長い白い足が露出している。
貴族連中が、海水浴などという行事に纏う薄い布切れと同じような風体だった。
あの屋敷に現れた盗賊。それがまさか、ハーフエルフだとは予想外だったが……。
俺がベッドの上に座っているのを見て、ハーフエルフの少女は嫌悪に満ちた表情でこちらを睨む。
「なによ、起きてたの」
「……おかげさまでな」
「早々にくたばってくれたのなら良かったんだけど。あの狼は約束を守ってくれたのね。珍しい使い魔連れてると思ったけど、本当に規格外ねアンタ」
小屋の隅で体を横たえている狼を一瞥し、ハーフエルフは、木のトレイをこちらに突きつけてくる。
トレイの上にあったのは、山羊の乳と芋で作られたスープと、ライ麦のパンだ。
どうやら、このハーフエルフは小屋の中にいる狼のことを、俺の使い魔だと思っているらしい。
「ほら、食べなさいよ」
「早々にくたばって欲しいんじゃなかったのか」
「こっちにも事情があるの。食べないなら下げるけど?」
その質問にため息で返して、俺はトレイにあったスープの皿をなんとか持って口元に運ぶ。
……あまり、美味くはないか。囚われの身で贅沢は言っていられない。
「なぁ、なんで俺は生きてるんだ。確か、崖に突き落とされた記憶があるんだがな」
「アンタの使い魔が助けたのよ。壁面を伝いながら崖を登ってくるんだから、驚きを通り越して呆れたわ。しぶといのね、魔剣商人サマは」
「……」
なるほど、すべてこの狼のおかげか。
俺たちの会話に介入することが面倒なのか、狼は自らの足に顔を置いて、こちらをじっと見つめている。
「自分の立場は分かってるわよね?」
「……何をする気だ」
「決まってるでしょ。あたしの質問に答えなさい」
そう言うと、ハーフエルフは小屋の中にあったボロボロの椅子に座って足を組んだ。
「背中に大火傷、右足と左腕の骨折。大怪我を負ってたのに、なんでそこまで回復してんのよ。……その首にある魔術印はなんの魔法を刻んでるの」
「……さあな。元から体が丈夫なんでね」
あからさまに、少女の顔がまた嫌悪に歪んだ。
「そう。それなら、魔剣商人であるアンタがなんで【結実の徒花】を盗もうとしたの?あの《魔剣》を商人ギルドに売ったんじゃないの?」
「……何を言ってる。【結実の徒花】なんて、クロスリードに着くまで知らなかった。仕事上、あの《魔剣》を回収する必要があった。それだけだ」
「……仕事上?どういう意味よ」
「想像に任せるさ。だが、もう【結実の徒花】を回収する必要はなくなった。内包する『矛盾』が消え去ったからな」
「それよ。大事なのはそこ」
そういうと、ハーフエルフが立ち上がって俺と距離を詰める。こちらを見下ろす少女に、俺は視線を外さない。
「持ち帰った王冠は《魔剣》の力を失っていた。なんでアンタがそれを知ってるのか、どうして分かったのかちゃんと説明して欲しいんだけど」
俺をじっと見つめる瞳の奥に、殺気が見え隠れしていた。下手なことを話せば、どんなことをされるか想像に難くない。
「魔剣商人だから、で納得してくれ。……話せることは限られる」
「ふざけないで。私はちゃんと真実が知りたいのよ。魔剣商人が盗賊の真似事?そんな馬鹿なことあってたまるもんですか……!」
俺の都合を話したところで、この女は理解などしないだろう。吸血鬼であるミリアを元に戻すために、このような仕事をやっているなど。
『『矛盾』の消失か。なるほど、実に珍しい現象が起きたと見える』
そこまで黙り込んでいた狼―――フェイが、俺たちの会話に参加してきた。
「どういうことよ?」
『魔剣商人よ。深遠の魔女を名乗るあの女に、何も聞かされてはいないな?』
「……ああ。あの女が望んだときにしか接触できないからな」
『意図的な情報の隠蔽。魔女とはよく言ったものだ』
「ちょっと、あたしにも分かるように説明しなさいよ。深遠の魔女?誰よそれ」
『お前が識る必要のないことだ。しかし……魔剣商人、《魔剣》が生じるという状況、どのようなことが起きると考える』
「《魔剣》が生じる状況……?」
そんなこと、考えもしなかった。
人の想いの収束器。人が願い生まれいでる異端の品。それが、《魔剣》。
頭を捻るが、返答が出来ない俺の姿に狼は口を開く。
『人の想いという高負荷の力が、物に宿るとき《魔剣》が生じる。それを引き付ける強大な力が、『矛盾』という力だ』
つまり、とフェイは言葉を続けた。
『【結実の徒花】という《魔剣》よりも、上位の《魔剣》がその時、その場に存在していたと考えるのが妥当であろう』
フェイの説明に、必死に頭を動かす。
《魔剣》とは、『矛盾』と《人の想い》を内包したものである。
そしてその力は、各々の《魔剣》によって様々だ。強弱も、能力も全て。
だが、もしその力が類似しており、力の源泉が同じものであった場合―――。
「『矛盾』が、『矛盾』を吸収した、と?」
同じ性質を持った《魔剣》が、どちらかの強い《魔剣》の力に引き寄せられ、そちらに統合されてしまった、ということか。
『エルフの子よ。貴様の言う【結実の徒花】という《魔剣》は、世界に揺らぎを与えるほどの力ではなかったのだろう。近辺に存在していた《魔剣》に『矛盾』を吸い取られたと見て間違いはない』
そう静かに告げたフェイに、少女は俯いて拳を震わせている。
「……なによそれ……冗談じゃないわよッ!!」
怒りの声が、小屋の中に反響する。
「三年間、ずっと探していたのに!!ただの王冠に戻ったって……じゃああたしたちはどうすればいいのよ……もう、故郷に帰ることも……全部……!!」
『……ハーフエルフの迫害か。嘆かわしい。千年経った今でもその軋轢は消えぬか』
俯きながら、拳をぎりぎりと握りしめている少女の姿に、俺はただ無言だった。
ハーフエルフ。エルフとは異なり、別の血が混ざる混血種だ。清浄であることを望むエルフは、他の血が混ざった同郷のエルフたちを問答無用で追放したと、文献に書かれている。
【結実の徒花】を盗まなければならない理由が、その事情の中に含まれているようだった。
「……おい、なんで【結実の徒花】を盗む必要があったんだ。さっきから、妙な勘違いがある」
俺の問いかけに、少女は重々しく口を開く。
「【結実の徒花】はエルフの秘宝よ。あたしたちはそれを回収するために、ずっと旅をしてきた。もしその秘宝を取り戻すことができたら、もう一度故郷に戻れるはずだったのに……」
私たち、と言う少女。
つまり、あの男を含め、他にも混血エルフが存在していると考えていいだろう。
「ようやく、あたしたちはその場所を突き止めた。魔剣商人が【結実の徒花】を盗んだということを旅の占い師から聞いてね」
「……旅の占い師?」
「そうよ。あの占い師はなんでも知っていた。あたしたちの苦しみを、苦悩を、望みを。だから、その占い師に占ってもらったのよ。【結実の徒花】の在り処をね」
―――待て。
その占い師は、どうして魔剣商人が【結実の徒花】を商人ギルドに売り込んだなどということを言った?
真実は、この通りだ。
親父が昔、商人ギルドに【結実の徒花】を売ったというなら話は分かるが、ローガンやルシアが言っていたことと食い違う。
それに、魔剣商人として俺がクロスリードに訪れたのはほんの二日前だった。そんなときに、占い師がこのハーフエルフに対して、そんな言葉を……?
「……でも、アンタの話を信じる限り、騙されてたみたいね」
「おいおい、信じるのか俺の話を」
俺の言葉に、ハーフエルフの少女は弱々しく微笑んだ。
「あたしを助けてくれたでしょ。それに分かりやすいのよ。嘘かどうかなんて、表情の変化で判断できる」
か細いため息をゆっくりと吐いて、俯いた。
「どう説明すればいいのよ……あたしを頼って付いてきた皆に……」
ぼそぼそと呟く少女は、そのままよろよろと木の椅子に座り込んだ。
『その占い師というのは、どのような人物だったのだ』
「どんな人物って……フードを深く被ってたから分かんないわよ」
「声は聞いたんだろ?男性か女性ぐらいは判断できたんじゃないか」
「声を聞く限りは女だったけど、酷く咳き込んでたから本当に女性だったかは分かんないわ」
「咳き込んでいた?」
『ふむ……』
何かの手がかりにはなるのか、とは思ったが、そんな些細な情報だけでその占い師を特定するのは至難の業だ。
が、そこでフェイが言葉を繋げた。
『一つ可能性があるとすれば、魔力汚染だろうな』
「魔力汚染?なんでそんな……」
『貴様、王都で汚染された者を見たのではなかったのか?』
……記憶を探られて、一体どこまで視られたのは定かではないが、不快なことこの上ない。
フェイにそう言われて、王都で関わった人物を思い浮かべる。
そこで、閃く。
王都の貧民街で保護した兄妹。その妹が発症していた症状。明らかに呼吸器に問題が発生していた。
よろしい、と狼の顔が縦に動く。すると、巨狼は腰を上げてさらに小屋の片隅に移動した。
『人の場合、魔力汚染は初期に呼吸器を侵す。その者は、魔力感応術式などの場に立ち会う者であった可能性が高い』
「なるほど、例えば錬金術の魔力感応実験とかか。……なんでそんな隅に移動したんだ?」
『……気付かんのか?』
はぁ、と狼の声が頭の中で木霊する。
『愚か者め。そろそろ来るぞ』
なにやら、妙な言い回しだ。
と、その刹那、立て付けの悪いドアがバンッ!!と開かれた。
何事かと思ってそちらを見ると、エルフの男が息を切らせながら扉の前に立っていた。
「……バルテア?なによ、どうしたの?」
「どうしたの、じゃない!いいから早く逃げろ!巻き込まれるぞ!!」
「ちょ、ちょっとなに!説明してよ!!」
少女の腕を掴んで、小屋から連れ出そうとしている。この男もハーフエルフなのだろうか。……と、声を聞いて気づいたが、あの屋敷で俺と対峙したもう一人の男だ。
まさか、おっさんと警備兵たちから逃げ切っていたとは。
少女の言葉に返答することもせず、イライラした表情で、だがありったけの大声で告げる。
「吸血鬼だ!!俺たちの里を襲いに来たッ!!」
……おや?
「吸血鬼?なに言ってんのよ、こんな場所に吸血鬼なんて現れるわけないじゃない」
「いいから早くこい!もう集落の全員避難させている!後はお前だけだ!!」
……んん?
俺は大変申し訳なさそうに、囚人の立場丸出しで少女に確認を取る。
「……すまないんだが、俺はどのくらい眠ってたんだ?」
「はぁ?そりゃあ丸一日ずっとよ。今は二日目の朝」
……いや。
……いやいやいやいや。
「外せ」
「は?」
「いいから外せ!この拘束具を早く!!」
「アンタまでなに慌ててんのよ。吸血鬼なんてヘクトグランにいるわけないじゃない。アンタには他にも確認を取りたいことがあるの。だから―――」
「この場所が消し飛ぶぞッ!!」
「……はぁ?」
と、気の抜けた声を出した少女の言葉が小屋の中で掻き消えた直後だった。
小屋の横壁が、何かの圧力によって崩壊した。
バァン!と木を割る音。木屑と埃、藁束が宙を舞う。
圧倒的な風圧が小屋中を荒れ狂う中、その突然の襲撃に……どうやらハーフエルフの少女の方は無事のようだが、その傍らにいた男は砕かれた木片が当たったのか昏倒している。
妙なデジャヴを感じながら、その先にいる人物を確認する。
「お、少年見っけー」
にへらっと笑いながらこちらに手を上げる者。
「おにーさん……ごめん……」
気まずそうにこちらへと微笑む、大きなリュックを背負った者。
「アールートっ♪とっても探したんですよぉ♪」
猫撫で声でこちらをうっとりと見つめる、王女。
しかも、その周囲を赤い幕と化した血の塊が飛翔している。それはミリアたちを包み込むように浮遊しながら変形を繰り返していた。明らかに吸血鬼の力を行使している。
……こちらへと近づいてくる。
「もう……一日も待って帰ってこないなんて本当にアルトはひどい人ですよね……♪」
「いや……ま、待てミリア」
「ああ……!!怪我を……怪我をしているんですね……可哀想です……とっても可哀想なアルト……」
「そ、そんなことはどうでもいい。だから少し落ち着け!!血ならすぐに―――!!」
「……魔力も、こんなに少なくなってるなんて……」
「ミリ―――」
「はい、アルト。こっちを見て下さい。こっちを見てくださいね♪」
「な、なにをんぐっ!!」
両頬を抑え込まれ、無理やり口づけされた。ぬるりと口に舌を入れられたと思ったら、そこから血が流れ込んでくる。
おそらくほんの些細な時間なのだろうが、俺にとっては一分近くキスをされているのではないと思ったぐらいだ。
口を離すと、その間に出来た銀の糸が細く引いて消えた。
「はぁい、これでもう大丈夫ですよー♪」
にっこりと微笑んだミリアに、俺は茫然と座り込む。
……赤い両目が、また妖しく細まった。
これから成すだろう行動に、俺は怖れを持って後ろへと退く。
「魔力はこれで大丈夫ですよね♪では、失礼して……頂きますねー♪」
「や、やめ……」
俺の制止の言葉も虚しく、寄りかかってきたミリアに押し倒された。圧倒的な筋力に抗う術もなく、俺の悲鳴が小屋の中に木霊する。
ただただ血を吸われる吸血鬼の下僕。
血を吸われて身動きが取れないまま、周りにいる者たちの声が小さく聞こえてくる。
「……ねぇ、おじさん」
「んーなに、アイアイ」
「どうしてボクの目を塞ぐのかな?」
「アイアイにはまだはやーい。もう少し大人になってからねー」
「……本当はおじさんよりも年上なんだけどなぁ」
「んー?なにか言った?」
「……なんでもない」
「魔剣商人の私兵が吸血鬼って……本当にどうなってんのよ……」
『……』
体を突き抜ける快感の中で、「話してないで助けてくれ」という言葉を口に出来ないまま、俺は黒ずんだ木の天井を見続けた。
……踏んだり蹴ったりだ。