2-021
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ディモンの店を手伝っていたときにああいう奴らがいたから、それに準じて対応してみたが、逆に悪いことをしてしまったかと反省する。
商品に傷がついていたから金を返せだの、こんな粗悪品を売る詐欺師め、だとか、難癖をつける連中は早々に話を切り上げて追い出すのに限る。
だがそれはあくまで商人だからであって、こういう冒険者ギルドの対応とは異なってくる。
……相手が商人ギルド長であったならば尚更だ。
目の前に置かれた空のティーカップを見つめながら、申し訳ないことをしたなぁとシエラへの謝罪の言葉を考えている最中だ。
シエラはあの後他に仕事があると言って部屋を出ていった。俺の状況を見越してか、この部屋を提供してもらい、この静かな部屋で用意された紅茶を満喫していた訳だ。
部屋には本棚もあったがなにやらマニアックすぎる本ばかりだったので遠慮しておいた。……なんだよ「これであなたも恋愛マスター!?男を口説く三つの方法」って。受付員が女性しかいないからって本の内容が偏りすぎだろ。
「お、少年やっと見つけた。見つけるの苦労したよー」
受付カウンターの後ろにあった休憩室に身を隠していた俺の場所をどうやって知ったのか―――まあどうせシエラから聞いたのだろうが―――おっさんが部屋の中に入ってきた。
そのまま俺の向かいの席に、よっこらせと腰を下ろす。
「ミリアはどうしたんだ?」
「お姫さんなら魔法適性の確認中っぽいよー」
そう言うと、机の上に置いてあったクッキーを一つ手にとってかじった。もごもごと口を動かして、次のクッキーに取り掛かろうとしている。試験後の糖分補給、なんだろうか。
と、ちょうどそのタイミングでお目当ての人物が部屋の中に入ってきたようだ。銀の髪を踊らせて、るんるん気分で。
「お待たせしました!私、Dランクの冒険者になれそうですよ!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、俺の隣に座ってくる。
「試験結果まで時間がかかるのか?」
「明日には結果が出るらしいですっ!これでギルド内の依頼を受けられますし、アルトの役にも立てそうで良かったです」
結果の合否まで、随分と早い。ローガンが気を利かせて特別に期間を短縮してくれたのかは不明だが、有り難いことだ。
いつの間にか腰に革のポーチを巻いていたが、ローガンから貰ったのだろうか。例の魔術書がしまってあるのか予想以上に大きいポーチだ。
「ってかお姫さんすっごい魔力よ?適性も炎と地の系統だけ使えるってわけじゃなくて、全系統にある程度適性持ってるみたいでさ。ちょっと羨ましいー」
そりゃあそうだ、と心の中で唱える。吸血鬼の魔力など、人間の限界を超えている。系統適性も人間のそれから逸脱しているのだから。
「……おっさんの魔法適性はどんな感じだったんだよ」
「オレ、魔法の適性ゼロだからねぇ。全系統使えないの。魔法に関してはこの【変幻なる真理】でどうにかなってる感じあるからねー」
おっさんが座る時に傍らにおいた、布に包まれた銃剣の《魔剣》、【変幻なる真理】。
その力が、『銃弾を魔法に変える力』とは……。
「銃弾を魔法にか……おっさんへの負担はないんだな、その《魔剣》」
「おおー。さすが少年。伊達に魔剣商人やってないねぇ」
気だるい表情でにへらと笑ったヴェイルは、布に包まれた【変幻なる真理】に手を置いた。
「銃弾を魔法に変える、ってのはさ、『魔力の励起』っていうプロセスをスキップしてるのよー。銃を打てば、魔法が具現化するっていう、めちゃくちゃな性能?チート的な?」
「それってつまり、精神的摩耗がないっていうことですよね……?」
「そうそう。魔力を励起させるのって精神エーテルが作用しないとダメなんだけど、この《魔剣》はそれすらも必要としないからね。銃弾があれば魔法が使えるのよー」
……なんだそのトンデモ《魔剣》は。
ミリアが説明していることを要約すると、魔法の発動には一連のプロセスがあるという。
つまり、詠唱によって魔力を励起させ―――魔法を発動させる状態にして―――系統を固定化させた後、魔法効果の範囲を指定し、魔法を具現化させる。
その一番始めのプロセス、「魔力を励起させる」というプロセスそのものが必要ないということらしい。
本来、精神力のエネルギー、精神エーテルによって魔力を励起させなければいけないというが、それをせずとも魔法が発動するというのだ。
つまり、術者自身に負荷がかからないことを意味する。
「でもまあ、【変幻なる真理】を使うためには前提が必要だからねぇ。やっぱり《魔剣》だし、使いにくいのはあるかも」
「《魔剣》を使用するための『理解』か。その前提はなんなんだ?」
すなわち、《魔剣》の力の根源。その《魔剣》が《魔剣》であるための『矛盾』だ。
俺が使用している【砂上の傷跡】は、ミリアと俺が共に歩いた場所でなければ転移することができない。
そして、王都でライツェが使用していた《魔剣》、【朔夜の影絵】は、夜という状況でなければ力を具現化できない。
それが、《魔剣》という力を使うための前提条件である。
つまり、おっさんが持つ【変幻なる真理】も、その前提条件が存在する。
俺の質問に、おっさんはまたにへらっと気の抜けた笑顔を返した。
「それは秘密。流石に教えられないでしょー」
「……まあ、あんたに《魔剣》を持っているっていう自覚があるのは分かったよ」
そこまで話されたら、逆に信用できなくなる。
「ごめんねーなんかオレの《魔剣》の話になっちゃって。一応ここでやることも終わったし、宿に帰る?お腹も空いたし、どこかで食べて帰ったり―――」
「その前にやることができた。おっさんは一人で帰っていいぞ」
「ええ?ちょっと一人は寂しいよ。なに、なんか用事?」
「商人ギルドに行くことになった。賊が現れて、警備の人員を募集してるらしくてな」
ほほーとヴェイルが何か感心したような声を出して、またクッキーを頬張る。
「ひゃあひょうへんはひにふいへひふほー(じゃあ少年たちについてくよー)」
「クッキーを食べながら喋るな、汚ねぇよ」
絶対口の中の水分持ってかれるぞその量は。
あ、とミリアは腰に巻いていたポーチの中身をまさぐっている。
「ローガンさんから書類を預かってるんです。商人ギルドに行くなら、これを見せないと通してくれないとのことで……」
と、ポーチから一つの便箋と、依頼証を取り出した。ローガンからの直筆のようで、俺たちの身分を証明してくれるもののようだ。
……しかも、ご丁寧に三人分用意してある。
まあいい。人数が多いほうが、厄介事に巻き込まれる可能性は格段に低くなるだろう。
……後は、魔剣商人である俺をどこまで信用してくれるかどうかか。
冒険者ギルドを後にしようとしたが、シエラに声をかけたほうがいいかもしれない。
休憩室から出ようと扉を開けると、目の前にちょうどその人物が現れてくれたので、少し安心した。
手を上げて挨拶すると、ぺこりとお辞儀を返してくる。
「悪かったな、部屋を使わせてもらって」
「い、いえいえ!もっと良い部屋を用意できれば良かったんですけど」
「冒険者の視線がこないところならどこでも問題ない。これから商人ギルドに行くから、挨拶しとこうと思ったんだが……」
……一応、先程のことを謝っておくか。
「それと、さっきは……悪かった。出過ぎた真似だったな、冒険者ギルドそのものに影響があるだろうし」
そこで、シエラは俺が何について謝っているのか分かったようだ。またぺこりと深くお辞儀をして、
「そんな、お気になさらず!むしろ、ルシアさんはちょっと苦手だったので結構清々しかったといいますか……い、いまのセリフはローガンさんには言わないでくださいね!?」
慌てて弁解する様子に、苦笑せざるを得ない。
この少女も、ギルド仕事で色々と鬱憤が溜まってるんだろう。
「分かってる分かってる。心配するな。じゃあまたな」
俺たちが冒険者ギルドを出て行くまで、シエラはずっと手を前に重ねたまま、お辞儀を継続していた。
……どこまでも、仕事順守の真面目な少女だな。
冒険者ギルドを出て、広場前のひび割れた地面を見ながら、俺は商人ギルドへ向かおうとした、が。
「……あ」
―――そもそも、商人ギルドはどこにある。
肝心の場所について確認していなかった。竜を喚ぶ《魔剣》などというものに考えが偏りすぎて、目的の場所の確認を忘れるとは、何をやっているんだ俺は。
「なあ、おっさん。商人ギルドへの道って―――」
この都市に詳しそうなおっさんに道を確認しようとして、固まる。
……なぜか、ミリアとヴェイルが俺を見てポカンと口を開けていたからだ。
「な、なんだ?どうした?」
「いやぁね。少年が笑うところなんて初めてみたからめちゃくちゃ驚いてるのよ」
「アルトが……他の人に笑うなんて初めてなので……」
―――お前たちは、俺を何だと思っている。
◇
商人ギルドは冒険者ギルドと同じく巨大な建物であったために、簡単に見つけることが出来た。
おっさんから道を教えてもらったが、分かれた大通りの先にずっしりと構えているものだから、商人ギルドを知らない者でも容易く見つけられるだろう。
入り口前に行くと、衛兵たちが商人ギルドに用がある者たちを見定めている。
俺はその衛兵の一人に近づいて、ローガンからもらったものを受け渡した。
冒険者ギルド長のローガンから、例の依頼について派遣されたと訪問理由を説明すると、
便箋と依頼証を受け取った衛兵は訝しそうに俺たちを見つめていたが、それが本物だと分かったのか、すんなりと中に通してくれた。
そこで、メイドドレス姿の茶髪の女性がこちらに近づいてくる。
「ローガン様からご紹介頂いたアルト様、ミリア様、ヴェイル様ですね?」
姿勢を崩すことなく、事務作業のようにお辞儀をする眼鏡をかけた背の高い女性は、真顔でこちらを注視する。
すると、くるりと踵を返す。
「こちらへどうぞ。ルシア様がお待ちです」
商人ギルドの入り口の先には、多くの商人が物品の鑑定や取引を行っている。それを離れるように、喧騒から隔絶された廊下へと歩を進める。
そして、最初に覚えた違和感についてメイドの背中へ言葉を投げかける。
「……あんた、よく俺たちがその人物だと分かったな」
「ローガン様からすでに連絡を頂いております。人物の特徴は把握済みですので、ご安心を」
人形のような、完璧な応対だった。
もし俺たちが目当ての人物でなかったら、色々と問題があるだろう、というセリフを察して全て答えてくれるのだから、このメイドはなかなかのやり手だ。
あのマジックアイテムが壊れてしまったことを連絡済みなのだろう。新品の『薄紅の伝書鳩』を使って、改めてローガンが連絡したか。
手回しの早いローガンに感心しながら俺たちはメイドに連れられて長い廊下を歩いていく。
後ろにいるミリアは、置かれている壺や絵画に夢中なようで、通りかかった途中にある全ての骨董品を覗き込みながら辺りを見渡している。
ヴェイルはこれまたやる気のなさそうな表情をしながら、両手を頭の後ろに当てながら歩いている。……おいおっさん、欠伸をするな欠伸を。
およそ二分ほど歩いたところで、応接室だろう部屋の前に到着した。
コンコンと、メイドが扉を二回叩く。
「ルシア様、お客様をお連れ致しました」
と、扉の向こうで、入りなさい、という声が聞こえた。少々不機嫌そうな声だったが、あの時『薄紅の伝書鳩』で聞いた声に間違いない。
扉が開け放たれると、豪華に装飾された部屋の様相が目を刺した。商人ギルドならではの、一級品の品ばかり用意された応接室だった。
複雑な刺繍の入った絨毯に、金の額縁で飾られているどこかの草原を描いた絵画。流線的な芸術品を成しているような机とソファーがシンメトリー状に置かれている。
その片方のソファーに、腕をかけながら座っている女性が、不機嫌そうな表情でこちらを睨んだ。
深い藍色のショートヘアと、片方の耳にさしたピアスが印象的の女性だ。
メイドはお辞儀をすると、その場を立ち去っていく。
「何突っ立ってんのよ。早く入りなさい」
と、棘のある口調で言われ、俺たちはしぶしぶ向かい側のソファーに座ろうとするが……
「……いっ……!?」
その向かい側のソファーに座っている人物に一瞬息を呑む。童顔を微笑ませたその人物に、俺は頭痛を催しそうになった。
たった今、商人ギルド長のルシア・メディンと話をしているのは俺たちがよく知る人物。
「なにその顔。取り込み中だったんだけど、ちょうどいいでしょ。同じ要件はまとめて処理したほうが効率が良いってこと分かんないの?ほら、早く座ってよ」
ため息を吐きそうになりながら、俺はその向かいの席に座る。
(……なんでお前がここにいるんだよ)
商人ギルドで、【結実の徒花】強奪のための侵入ルートを確保しておくとは聞いてたが、まさかギルド長と話をしているなんて普通は思わない。
……俺の横にいるアインが、ニコリと笑った。




