2-020
◇
山積みの資料を持ち運びながら、シエラははぁ、と嘆息する。
日々の疲労が楽に思えるほどの疲労だった。魔剣商人に、その護衛二人。ギルド前の広場で騒動を起こして、しかも自分が巻き添えになったのだから、いまこうして書類整理の作業に戻っている自分が奇跡に思えてならない。
「疲れた……」
自然に出てしまった言葉に気付いて、シエラはぶんぶんと頭を横に振った。
ローガンもローガンだ。まさかすんなりと魔剣商人を名乗るあの少年をギルド内に―――しかも自分の執務室内に入れるなんて。
魔剣商人は危険な存在。それが周知の事実。その認識について、自分は何も間違っていないはずだ、と何度も心の中で繰り返す。
―――自分に任された仕事はちゃんとやるけども。
先程ローガンの執務室に戻ってみれば、魔剣商人であるあの少年は姿を消していて、護衛の少女が魔術書を読み耽っていた。
Dランクの試験を受けてもらうために恐る恐る声をかけてみると、とても話しかけやすそうな雰囲気で、ニコリと笑って頷いた。
「ミリアさんはいいんですよね、ミリアさんは……問題は……」
あの少年だ。
一度も表情をピクリとも動かさず、仏頂面のままこちらに話しかけてくるものだから、自分に対して何か怒っているのだろうかと思ってしまう。
……それとも、一方的に嫌われている?
「魔剣商人なんて……本当は関わりたくないんだけどなぁ」
かつての故郷、フィロニアは魔法至上主義国家だ。魔法こそが全てであるし、魔法がなくては生活できないと豪語するほどの魔術師上位の国である。
世界に存在する魔術師が全人口の三割程度とは言われているが、フィロニアの魔術師はその三割の中にどれほど含まれているのか、想像に難くない。
「そりゃあ悪かったな。この都市に長く留まるつもりはないんだが……」
と、そこで自分の後ろから男の声が聞こえて、ビクッ!と体が跳ね上がる。その拍子に手に持っていた山積みの書類が地面へバサリと落ちた。
「あ……アルト、さん?」
「知った受付員が見えたから、相談がてら声をかけたんだが……迷惑だったか。悪い」
東洋人特有の黒髪に、やや吊り目がちの少年だ。だが、立ち振舞はどこか様になっていて、今まで見てきた冒険者の立ち振舞と重なる。
紫がかった瞳が少し下を向いていて、申し訳無さそうな表情だ。
シエラの血の気が引いていく。
「い、いいいいいいいいえいえいえいえ!!迷惑だなんてそんなっ!い、今のは言葉の綾というやつっていうかですね!そう、仕事上でどうしても出てきてしまう愚痴というか……あは……あははははは……」
「弁解してくれるのは嬉しいんだが、嘘の付き方が下手だなあんたは」
魔剣商人の少年はそう言うと、床に散らばった書類をかき集めていく。シエラはそのままぽかんとしたまま動けず、気がつけば書類が綺麗に整頓されて、シエラの腕の中に戻ってくる。
ただし、その半分は魔剣商人の少年が持つ形となっているが。
「!?!?!?も、申し訳ありませ……といいますか、お手伝いなんて恐れ多い……い、いいんですよ!?いつも慣れてるから手伝いなんていいんですよ!?魔剣商人さんにお手伝いなんて!?お手伝いなんて!?」
「いいから。どこまで運べばいいんだ。ミリアたちが戻るまでやることがないんだ」
「そ、それなら、共同酒場でゆっくりすればいいのでは……」
「あれを見ても、そういうことが言えるのか?」
くぃっと、少年が顎を動かす。へ、とシエラはその方向に振り向いてみると、物陰から複数の冒険者たちがこちらをじっと見ているのが見えた。
ただし、それは自分ではなく目の前の少年に向けられている。
「……お手伝いお願いします」
目の前の少年の苦労が垣間見えてしまい、素直に書類運びの仕事を手伝わせることにする。
ギルド内の通路を歩きながら、シエラは横に並んで書類を運ぶ少年に目をちらっと向ける。
自分より頭半分ほど背が高く、袖の先から伸びている腕を見ると、程よく筋肉がついているのが分かる。
護衛二人がいるのにもかかわらず、この魔剣商人の少年も相当なやり手に違いないだろうと、シエラは思考した。
「……なんだ?」
「ぃ、え?」
突然話しかけられて、変な声がでてしまった。顔を上げると、訝しげにこちらを見る少年の顔がある。
「い、いえぇ……なんでもないですぅ……」
震える声と機械じみた仕草で笑みを返すが、それを見た少年がはぁ、と嘆息した。
「なあ、魔剣商人ってのがそんなに怖いのか?」
「え、あ、、い、いいいえいえいえ、そういう訳では……」
「それなら、ちゃんと目を見て話してくれるか?」
うっ、とシエラが硬直する。
極度の人見知りかつコミュニケーション力の乏しい自分に、それは酷というものだ。マニュアルが用意されているギルドの受付係だからこそやれているものの、見た目が怖そうな冒険者との応対に関しては、常に依頼内容の書類と管理簿に目を向けながら話しているのだから。
流石に「自分はコミュ障なんで気使って下さい」なんていうつもりもない。建前だけでも言っておかなければ。
「な、なんといいますか……私、フィロニア生まれなので、魔剣商人さんにはちょっと抵抗があるといいますか……ね?」
「……フィロニアで、魔剣商人はどんな風に伝わってるんだ」
「え、あーえーと……魔法を否定する、魔剣を売る異端者とかなんとかですね……あ、アルトさんを悪く言っているわけではないんですよ!?ただフィロニアにはそういう感じで伝わっていましてデスネ……ハイ……」
あははは、と愛想笑いをする自分に呆れているのか、目の前の少年はなにやら難しい顔をしていた。
「……ミリアに正体がバレた時の俺は、こんな感じだったんだろうな……」
「は、はい?いまなんて?」
「なんでもない。独り言だ」
めちゃくちゃ悲しそうな表情で自分と一緒に書類を運ぶ少年に、シエラは冷や汗をかいたまま、「?」を浮かべるしかできない。
「そうだ、あんたに訊きたいことがあった」
「へ?あ、はい!私に分かることならなんでも!」
―――え?何を聞かれるの?
元気に返事をしたのはいいが、魔剣商人から聞かれる質問に心当たりがなくて頭の中で焦燥の熱風が荒れ狂う。
ずいっと近づいてきた少年にびっくりして一度目を瞑る。
「おそらく周りにバレちゃいけないことだから小声でいうけどな、ローガンから竜が現れたと聞いた。あんたもその竜を見たんだろ?」
「―――!!竜について聞いたんですか!!」
大声で言い放ってしまい、慌てて口を抑えようとするが、生憎両手は書類の山で塞がったままだ。
じとっとした眼差しを向けてきたのが分かって、すぐに口を噤む。後ろを振り返ってみると、物陰に隠れるように冒険者たちがこちらを覗き込んでくるが、先程の大声は聞こえなかったようだ。
「し、失礼しました。昨日現れた竜について、ローガンさんから聞いたんですか?」
「ああ。あんたもその竜を見たってこともな。その竜について、ローガンから調査の依頼を受けてる」
まあ、調査というか確認か、と少年が呟いた。
「とにかく、あんたにも一応確認しておきたい。見た竜は幻影でもなんでもなかったんだな?」
「は、はいっ夕焼けに照らされた鱗とかも遠目ですが見ましたし、幻とか、そういうものじゃないとは思います……」
「……そうか」
と、なにやら考え事を始めるように、目線を下に向けたままぶつぶつと呟いているのが聞こえた。
恐る恐る、今聞いた内容の疑問について確認してみる。
「あ、あの……魔剣商人さんが調査というのは……?」
「……俺の存在ならではの話でな。竜を喚び出す《魔剣》がないか確認するつもりだ」
「り、竜を喚ぶ―――!?」
そこで少年から向けられる視線が鋭くなったのを感じて、シエラがまた口を閉ざす。
「俺もそんな力を持つ《魔剣》について聞いたことがない。……まあ、在庫ぐらいは確認しようとは思ってる」
「な、なるほど……魔剣商人さんでも知らない《魔剣》があるんですね」
「あるに決まってるだろ。……ああ、だからああいう奴らがいるのか」
自分が陥っている状況の分析をする疲れた表情の少年に、シエラは苦笑した。
「魔剣商人さんも大変なんですね……」
「ギルド受付員のあんたに比べれば、楽なものかもしれないな。毎日冒険者の相手なんてやってられないぞ俺は」
「そ、そんなことないと思いますけど……魔剣商人さんも盗賊とかに襲われやすかったりとか……」
「……もっと考えなくちゃいけない存在が、他にたくさんいるんだよ」
はあ、とため息をもう一度吐き出した少年に、こんどこそシエラは笑ってしまった。
なんだ、話をしてみたら自分と同じ悩みを持つ普通の人間だ、と。
クスクスと笑い始めたシエラに、少年が複雑そうな表情をしていた。
「……そういえば、ちゃんと自己紹介できてなかったな。アルト。アルト・ゼノヴェルトだ」
「す、すみません、そういえば私も……。リーシェラ・エレンティといいます。冒険者の皆さんからシエラと呼ばれているので、それで」
「……シエラ?」
と、なにやら不思議そうな表情で、シエラを注視する。
「リーシェラなのに、シエラなのか?リーシェじゃなく?」
うっ、とシエラの表情が強張る。確かにその通りだ。わざわざ後ろの名前を取るより、いいやすい上の名前で愛称をつける。
が、シエラはその言葉を聞いて固い笑みを浮かべた。
「え、えーと……リーシェはちょっと……シエラと呼んでもらえれば。ふふ、ふふふふふふ」
「深くは追及しないからそんな顔をするな。悪かったから」
めちゃくちゃ強張っている筋肉と、怒気のようなものを内包したシエラの表情に、アルトが一瞬たじろぐ。
と、目の前にやっとギルドの受付カウンターが見えてくる。机の上に書類を置いて、一息つこうとしたが……
「……あ」
シエラが気付く。カウンターの後ろに置かれた赤銅色の拳大の水晶が淡く光っている。
慌ててシエラはその結晶を手のひらに掲げて、三角錐状の結晶の上を二回叩いた。
「申し訳ありません。通信を頂いて―――」
『おっそいわよ!いままで何やってたの!?』
水晶から勝ち気な女性の声が聞こえてきて泣きそうになった。横をちらりと見ると、不審そうな表情をした魔剣商人の少年―――アルトの姿。
「し、書類整理と冒険者たちの対応で少し取り込んでいまして……あの、ローガンさんとの面会の件ですが―――」
『そうよ!?なんで面会時間ずらされなきゃいけないのよ!?私が先にダーリンと約束してたのに!ちょっと責任取りなさいよアンタ!!ねぇ聞こえてる!?ねぇ!?』
ああ、もう嫌だ……この人と会話するのは。
涙目になっているシエラを見越したのか、アルトが恐る恐る声をかけてくる。
「誰だ?」
「商人ギルド長のルシア・メディンさんです……。どうやら商人ギルドの人員増強についてローガンさんへ話があるらしいんですが、面会時間をずらしたせいで苦情が……」
遠回しに魔剣商人が来たせいで困ってますと言っているのが自分で分かって、思わず謝ろうとしたが、アルトが手を伸ばしてくる。
―――シエラが持っていた水晶を、奪い取る。
「あっ!?ち、ちょっと……!?」
「おい、聞こえてるか。商人ギルド長」
『はあ?いきなりなによ?アンタ誰?』
「ローガンからあんたのところの警備人員増強について聞いている。俺が後でそっちに向かうから待ってろ」
『はあっ!?いきなり何言ってんのよ!?アタシはね―――』
そこで、アルトがシエラに水晶を突き返した。ひたすら文句を吐き出しまくるマジックアイテムを一度凝視した後、シエラはぐっと目を瞑って通信を遮断した。
―――ごめんなさい、ルシアさん。正直ダーリンはきついんです。
という言葉は吐かなかったが。
すると、通信を終えた結晶の光が収まっていく。次の瞬間、パキリ、という音を立てて水晶が砕け散ってしまった。
「あ……」
小さく声をあげたシエラと違って、アルトは目を大きく見開くと頭をぽりぽりと掻いている。
「俺のせいか?マジックアイテムなんだろそれ……」
その言葉に、シエラは小さく笑った。
「気にしなくて大丈夫ですよ。『薄紅の伝書鳩』って呼ばれる他者との通信ができるマジックアイテムで、ある程度使い続けると壊れちゃうんです。あまり効率も良くないので、魔術師たちがもっと便利な『薄紅の伝書鳩』を精練しているらしいんですけど、あまりうまくいってないみたいで」
と、そこで、アルトが今商人ギルド長に言ったことを思い出して、ピキリ、と石像にように固まる。
「そ、そんなことよりも、商人ギルド長に何言ってるんですか!?そんな大切なこと勝手に決めるなんて―――」
「勝手じゃないさ。ローガンから許可はもらってる。ミリアたちの試験が終わったら、この後商人ギルドに向かう予定なんだ」
―――本当になにしてくれちゃってるんですか、あの人は。
言葉もでなかった。驚きのままぽかんとしているシエラは、思考が追いつかない。
「……私が何言っても無理な感じですよね」
「まあ、そうだろうな」
……ですよね。
明日も更新予定です。宜しくお願い致しますm(_ _)m




