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義賊のマテリア  作者: 夕日
矛盾の一矢
85/102

2-018



「やれやれ……魔剣商人というのは騒ぎを起こさないと気が済まないのかい?」


冒険者ギルド内の執務室で、ローガンは椅子に座りながら呆れ顔だった。

広場で行われた決闘の賑わいは、目の前の優男風の獣人―――ローガンが来た途端に沈静化した。

皆がローガンを恐れるように、ギルド内へと戻っていったのだ。

ローガンはメガネを外すと、机の上に置く。


「シエラくん、君も大変だったろう?」


「大変なんてものじゃ……い、いえ、なんでもありません」


俺たちが目の前にいることで空気を読んだのか、その言葉が続かずに、目を泳がせながら手をもじもじさせていた。

本当にこの少女には悪いことをしたと反省する、と同時に。


「おっさん、ちゃんと謝れよ」


「えー?シエラちゃん断らなかったしさー。別にいいかなって思ったんだよね?」


無理やり立会人の役目を負わせたのに、よく言う。

俺がじっと睨みつけているのが居心地が悪いのか、うーんとヴェイルは唸る。


「オーケーオーケー。ちょっと遊びがすぎたよ。でもさ、あの状況で事を収める方法なんて、あれぐらいしかなかったっしょ?」


「話し合いが通じる相手ではないのは明白でしたよね。……アルトにも謝って頂けなかったですし」


ミリアがむっとした表情のままだ。

ああいう連中に絡まれるのは慣れているので、俺は別にどうでもいいのだが、ミリアは許していないようだった。


「君たちには迷惑をかけた。あの冒険者たちの処分については後ほど決めるつもりだ。Bランクに昇格をしたようだったが、どうやらマジックアイテム頼りで試験に合格してしまったようでね。どうやって試験官の目を欺いたかは不明だが……今度こそ、しっかりと昇格試験を受けさせる」


「マジックアイテム頼り……?あの炎を吸う剣か」


ああ、とローガンは肯定する。


「『炎精の剣(フレイム・イーター)』と呼ばれるマジックアイテムだ。比較的安価で精練できるものでね。フィロニアから仕入れたものを使っていた可能性も高い」


「フィロニアからの物資ですか?……正式な流通ルートがあると聞いたことがありますが……」


「基本的には、この都市の商人ギルドが要になっている。彼らが所持していたものは未完成品だ。あんな劣化品、回ってくるはずがないんだが……それも含めて調査するよ。安心したまえ」


優しくローガンが微笑む。

ギルド内の酒場で呑んだくれていた冒険者のイメージもあって、どんなギルド長なのだろうと心配していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。


ふぅ、とローガンが息を吐き出した。


「それでは、ヴェイルくん……だったかな。Dランクの試験については、別室を用意している。簡単な筆記試験と、魔法適性に関する計測を行うから、シエラくんの指示に従ってくれたまえ」


「お、了解―。それじゃシエラちゃん、いこっかー」


「は、はい。それでは案内しますので、ご一緒に……」


やる気のなさそうな表情でシエラに先導されるヴェイルは、ドアが閉まる寸前に俺たちに手を振ってくる。

……終わったらまた後で、ということなのだろうか。

二人が執務室から出ていって数秒後、ローガンが口を開いた。


「さてと……ふたりとも。君たちには色々と聞きたいことがある。関係者以外の人間に聞かれては困るだろう」


「……ああ、そうだな」


俺の仏頂面に、ローガンは微かに口元を綻ばせた。


「うむ。それで、師匠は元気かい?」


聞かれた質問に、思考が追いつかなかった。二人一緒に頭の上で「?」を浮かべている様子を見て、ローガンが声を上げて笑った。


「いや、すまない。ディモンのことだ。ディモン・メルクーリ。私の師匠だよ」


……は?


「はああああああああああああああああ!?」


「いやぁ、面白いね。やはり、そういう人物には見えないのだろうか」


俺の驚愕の叫びに、ローガンは終始笑い続けている。


「ディモンが……師匠って……?ば、馬鹿な冗談は……」


「冗談ではないさ。ディモンと私は師弟関係にあった。もちろん、彼から戦いの指南を受けたこともある。なんだね、今の彼はそんなにだらしない姿をしているのかい?」


あのディモンが、冒険者ギルド長の師匠だと?

……いや、確かにギルド長との繋がりがあるとなると、それ相応の理由が存在するのだろうとは思っていたが、それが予想の斜め上を通り越して百八十度回ってしまった。


「ディモンは……王都で商人をやってる。抜け目のない商人だよ、あいつは」


「そうか、商人にね……それを聞いて安心したよ」


「『豪腕』ディモンってのは聞いた。だけどな、いくらなんでもあんたの師匠っていうのは想像できないだろ……」


「昔は凄い冒険者だったんだけどね。あの人も歳だろうし。獣人の私と違って、肉体の老化も早いから仕方のないことだ」


頭の上にあるぴょこりと出ている獣耳を見て、俺は不思議に思う。

本来、獣人はこの国に数%ほどしかいない種族だ。人間と違って老化のスピードも遅く―――ローガンも同様に、見た目は二十代後半ほどの姿をしているが、本来の年齢は更に上を言っているだろう。

それも、ディモンよりも上の年齢だろうということは分かる。

そして、獣人のプライドの高さは有名だった。エルフという種族を除いて、身体能力が段違いの獣人は、人間たちを見下しているとも聞いたことがあった。

そんな獣人が、冒険者を束ねるギルド長の座についていることが不思議でならなかった。


「あんたはなんで……獣人でありながらこのギルドのトップになったんだ?」


「まあ、師匠との約束があったからね。それに……」


いや、とローガンは区切る。


「他人の個人的な話は、あまり褒められたものではないね」


なにか、複雑な事情でもあるのだろうか。

あの冒険者ギルドの受付員―――シエラから出された紅茶を口に含む。


「ミリアくん。君の事情も聞いているよ」


「―――えっ?」


「吸血鬼になってしまったそうじゃないか」


ローガンから放たれた言葉に、俺たちは顔を青ざめた。

……あいつ、どこまでローガンに俺たちの事情を伝えている?


「そう警戒しなくていい。私は君たちを牢に追いやることも、この場で処断することも考えてはいないよ」


「……ディモンから、どこまで聞いてる?」


「それは、君たちの話で確認しよう」


かちゃり、とティーカップが皿に置かれた。その音が、やたらと大きく聞こえた気がして、心の中がざわりと揺れた。


「私に、君たちの事情を教えたまえ。全てだ。隠し事は許されないよ」


威圧的、とまではいかないが、それでも穏やかに話すローガンの言葉の中に、絶対的な畏怖のようなものが込められていた。

俺は唾をごくりと飲み込む。

こちらをじっと見つめる瞳が、見定めるように俺たちを射貫く。


「……ミリアを元に戻すためにこの場所にきた。【影写しの大鏡(ミラージュ)】という《魔剣》を探してる」


「君は多くの《魔剣》を所持しているはずだ。その《魔剣》を探さなくてはいけない理由は?」


「【影写しの大鏡】は、適性者の願いを叶える力を持つ《魔剣》なんです。本来は、王都の国宝でしたが……盗まれてしまいました」


「君はこの王国の姫君だと聞いた。そこから、なぜ吸血鬼などという存在に?」


ミリアが絶句したように両目を見開いた。

ディモンは、この男に全てを伝えている。全て。


「魔女と名乗る方に、私の存在を書き換えてもらったんです。私は……私は本来……人間では……」


「もういい。ミリアやめろ」


「で、でも……」


困惑するミリアの様子に、俺はローガンを睨みつけた。


「ローガン。あんたは全部聞いてるはずだ。俺が王都の義賊だったこと。王都で起こったこと。ミリアがなぜ吸血鬼になったかもだ」


ローガンは口を開かなかった。

俺たちをじっと見つめて―――そして微笑んだ。


「―――なるほど。師匠から伝え聞いた通りだ」


先程とは打って変わって、柔和な雰囲気を纏ったローガンに、俺は拍子抜けする。


「魔女という存在と、その魔女と敵対する者たち。《魔剣》によって引き起こされる異変について。全て信じがたいことばかりだが―――世界というのは、かくも広いものだ」


魔女。観測者。《矛盾汚染》。そんなこと、簡単に信じられることではない。


「信じたのか?ありえないような話を」


「信じるもなにも、師匠は昔から嘘の一つも言えない正直者だったからね。しかし、そんな師匠でも、義賊である君の手伝いをしていたというのはいささか驚いた」


「……本当に俺を捕まえなくていいのか?」


ローガンは首を横に振った。


「私はね、善人ではない。人を殺めたことも無数にある。ただ冒険者ギルドの上に立つ、一介の冒険者に過ぎないんだよ」


「……どうして、ディモンのように、あんたもそんなに甘いんだろうな」


「そんなこと、君の隣にいる彼女がよく分かっているのではないかい?」


そう言って、ミリアに視線を移した。

それを聞いたミリアは、ローガンに微笑む。


「もちろんです。私はその痛み(・・・・)を知っているから、私はアルトの傍にいたい。……その痛みを分け合いたいんです」


そうか、とローガンは小さく呟いた。


「いいかね、アルトくん。義賊は悪だ。間違いない。けれども、私は他者の覚悟を貶めたくはないんだ。それだけなんだよ」


「……」


―――ディモンもそうだった。

俺が成していたことが、悪だと分かっていた。だが、ディモンは俺に協力し続けていた。

それは、商人としての利益に繋がるからではない。

きっとそれは、俺が悩みに悩んで出した覚悟を、切り捨てたくなかったからなのだろう。


……理解者はいた(・・・・・・)。俺は、それに気付くのが遅すぎた。


俺の様子に、ローガンはこほんと咳払いをした。そして、席を立つ。


「……さて、師匠から、君たちに協力して欲しいと頼まれたのは良いんだが、何か手伝えることはあるのだろうか」


「……あの、実は人を探しているんです。ミリエル・グラースという方はご存知ですか?」


ローガンの表情が、強張った。


「今も逃亡中の大罪人か。なぜだ?」


「魔女との取引です。……取引の内容は、察して頂ければ……」


流石に、その女を殺す、なんて言えないのだろう。ミリアが口を閉ざして俯く。


「ミリエル・グラースか。冒険者ギルドにもその人物の捕縛依頼がきてはいるが、どこにいるかも不明な状況だ」


「……まあ、そりゃそうだろうな」


冒険者ギルドは情報屋ではない。逃亡中の極悪人の居場所など、それこそ本人しか分からないだろう。


「そ、それでは、【結実の徒花(エターニティ)】の―――」


「!?」


口走ってはいけない情報を言う前に、俺はミリアの口を押さえる。

むぅ!という声を発して、手をバタバタし始めた。

冒険者ギルドの長という立場に、商人ギルド内にあるという【結実の徒花】のことを話すなど、自殺行為に等しい。

そもそも、【結実の徒花】の場所は、アインが調査中だ。あとで忍び込む予定だったというのに、これが原因で警備が厳重になるなんてことは絶対に許されない。

それに、このことを話して後ほど疑われでもしたら、弁明の余地がなくなってしまう。


「【結実の徒花】?」


「な、なんでもない!」


「いや、【結実の徒花】というと……商人ギルドが回収したというあの《魔剣》のことかい?」


……弁解もさせてもらえなさそうだ。


「なんだね、君たちもあの騒ぎについて知っているのか?」


「……騒ぎ?」


なんのことか分からない俺は、ローガンをまじまじと見つめた。


「昨日だけどね、商人ギルドに賊が侵入したそうだ。まあ、結局はギルド内の警備兵が追い払ったらしいがね」


―――待て。それは……


「まさか、【結実の徒花】が盗まれて―――?」


「いやいや、何も盗まれなかったようだよ。商人ギルドから、警備を更に厳重にしたいと要望があってね。冒険者をいくらか派遣しようと思ってるんだ」


【結実の徒花】が盗まれなかったことは安心するべきだろうが……ここに来て警備が厳重になるとは、どこまでも運がない。

……いや、待てよ。


「なあ、ローガン。その警備、俺たちで引き受けることはできないか?」


「君たちが?」


ふむ、とローガンは顎を撫でる。


「……まさかとは思うが、その《魔剣》を盗もうなんて考えてはいないだろうね」


……俺たちの事情を知っているだけあって、その考えに至らない方がおかしいか。

弁明の一言もなく無言を貫いていると、ローガンは盛大にため息を吐いた。


「いいかね、アルトくん。商人ギルドの警備は、どんなものでも寄せ付けない。魔術結界や、手練の警備兵たちも多い。君が手練だろうと、商人ギルド内にある商品を盗むことなど不可能だ」


「……肝に銘じておくよ」


「まあ、商人ギルドの商品が盗まれたとしても、私にはなんら関係がないよ。好きにやればいい」


と、ローガンは机の上に置かれた書類の山から一つの書類を手にとって、ペンを走らせる。


「……警備に君たちを推薦しておこう。いいかね、くれぐれも冒険者ギルドに影響がないように頼むよ」


この男、なんだかんだいって俺に協力的だ。

こういう気質は、ディモンからの受け売りなのだろうか。


「それとね、アルトくん。あと一つ言いたいことがあるんだが」


「なんだ?」


「彼女、そろそろ気絶しそうだよ」


え、と声を出して―――俺は今、ミリアの口を押さえていることに気がつく。

……その後、窒息寸前まで追い詰められたミリアにこっ酷く怒られたのは言うまでもない。



「首尾はどうだ?」


「ええ、いろいろ誤算はあったけど、問題ないわ」


昼過ぎの、影の差す路地裏に、その二人組はいた。

深くローブを被った二人組が、現状報告として話し合いを行っていた。


「でも、あの魔剣商人の護衛やり手ね。まさか初級の定式魔法であいつらを倒しちゃうなんて」


「魔剣商人も、ほんの少しではあったが風の魔法を行使していた。あの傍らにいた護衛の男も、妙なマジックアイテムか《魔剣》を持っていたな」


「人質にして交渉しようかと思ってたけど、私たちだけじゃ荷が重いわね」



「どうする?これでは確実な手が存在しないぞ」


「さっきいったでしょ、問題ないって。上手くいった(・・・・・・)わよ」


ローブを被った女性の口元が、にやりと歪む。


「魔剣商人がこの都市で有名になれば、私たちの視線も紛れるわ。これで心置きなく監視できる」


冒険者たちを唆し、魔剣商人が現れたことを噂してくれるだけで良かったのだが、まさか決闘を行うとは想像できなかった。

だが、一石二鳥だった。魔剣商人たちの戦力を把握できたのは大きい。


「……我らの宝を取り戻す。必ずだ」


「ええ、もちろんよ。私たちを侮辱した奴らを見返すために。私たちの誇りを取り戻すために」


必ず取り戻す。

それが、彼らの動力源だった。


―――【結実の徒花】を盗んだ、魔剣商人を絶対に許さない、と。


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