幕間 - 愚直と後悔-
枯れ草の生える不毛の丘の上に、女性が佇んでいる。
二十代前半ぐらいだろう。黒の髪に赤髪が混じる長髪が乾いた風によって靡く。その丘の下を睥睨しながら、鋭い眼差しをじっと動かさない。
身に纏う黒檀の鎧が、存在感の異質さを際立たせている。
―――征くのか。
女性の背に、低い声が投げかけられた。
その言葉の主へ振り返らないまま、小さく呟く。
それを聞いた男は、憎々しげに言い放った。
―――それほどまでに、なぜ望む。
女性の覚悟を、その男は理解できなかった。
眼下を覆い尽くす絶望は、どう足掻いても抹消することなどできはしない。
―――愚問ね。
男には、解らなかった。
―――あらゆるしがらみに囚われていたけど、私はもう後悔などしたくはないの。
そういった彼女の言葉も、理解などできるはずはなかった。
赤熱に燃える赤い目が、微笑みによって細まる。
―――ふざけるな。目の前の絶望を打ち払うことなど不可能だ。
理解不能。
ゆけば死ぬ。なのに、なぜその瞳に灯る焔は、なおも燃え続けるのだ。
男は、理解できなかった。
自ら望む死。そんな愚かな結末を、目の前の女が望むはずはない。
それを、男は識っていた。
識っていたのに、この瞬間、男は自らの友の言葉を理解することはできなかった。
―――……後は頼んだわ、フェイ。私がいなくなっても、代わりはいくらでもいる。
覚悟の灯る、堂々とした笑みだった。
理解できない。
……理解など、したくもない。
―――ならば死ね。後悔することが耐えられぬと言うのなら、絶望に抗って果てろ。
男の悪意に満ちた言葉に、しかし女はクスッと声を出して笑った。
―――本当、最期の瞬間になっても、貴方は貴方らしいわね。
笑い続ける女に、男は無表情のまま眉間に皺を寄せていた。
ひとしきり笑って、女は目の前の丘の下を再び見下ろした。そして、囁くように呟いた。
―――じゃあね、フェイ。私の覚悟を踏みにじらなかったこと、とっても感謝しているから。
女の言葉が、脳裏に響き続けてエコーのように掻き消えていくまで、数刻かかった。
その数刻が経った後でも、男は丘の上で腕組みをしながら、目の前から立ち去った女性の残影を捉え続けた。
今もなお、彼女の言った言葉を理解することなどできない。
―――なぜ、自ら命を絶とうとしたのだ。我が朋友よ。
そしてこれからも、その理由を理解することなど、できはしないのだろう。




