表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
義賊のマテリア  作者: 夕日
継ぐ者の名
79/102

2-014

短いですが更新です。

明日も更新予定となります。



夕食を終えると、おっさんは自分が借りた部屋へと戻っていった。俺の金で借りた部屋に。

……あのおっさん、本当に金を返してくれるんだろうか。

冒険者の証明書再発行まで、最短二週間。その間、あのおっさんのことを監視しなきゃいけない仕事も増えた。


―――先が思いやられるな。


小さく息を吐いて席を立つ。

その後借りた部屋に戻ろうと長く続く通路を歩いていると、一緒についてきたミリアが小さく声を上げた。


「あの……少しいいですか?」


おずおずとした口調で、ミリアが俺に話しかけてきた。

一緒に着いてきているアインも、一緒にミリアへと振り向く。


「アルトと、アインさんに話をしたくて……」


「なんだ、急に改まって……アインにもか?」


「はい。お願いがあるんです」


俺はアインと顔を見合わせて、首を傾げた。


「私、今までアルトに訊けてなかったんです。アルトのために何をしなくちゃいけないのか」


「……前にも言ったけどな、ギブアンドテイクの考えで何かをしようとするなんて―――」


「違いますっ!」


そこで、ミリアが大声を上げた。


「確かに……今まではアルトに恩を返したいと思っていました。でも、それじゃダメだってわかったんです」


それは、俺が貧民街にいたあの少年からも感じ取った、覚悟という意思だった。

真剣な表情で、上手く言葉にすることができないのか、それでもミリアは自らの想いを辿々しく綴る。


「私は、アルトの覚悟を守りたい。でも、納得していない自分もいるんです。誰かのためになら自分が傷ついていいなんて、いくらなんでも横暴です。……だから、私はアルトを守りたい。背中だけを見続けるだけなんて、とても耐えきれません」


そう言って、ミリアは俺の手を握った。


「私は、アルトと一緒に歩きたいから……。だから、私は貴方を守れるような存在になりたいんです」


決死の覚悟だ。その瞳に揺るぎは生じていない。

それは恩返しのためではない。自らの真実の意思だった。

自分の喜びも辛さも、あらゆる想いを誰にも言わず、自分の内に閉じ込めていたミリアが、俺に対して言った本当の自らの『想い』。

その表情を見て、俺は息を忘れそうになった。


――――どうして、お前はそうやって俺の『憧れ』でいてくれるのだろう。


傍らにいたアインが、にこりと笑った。


「おにーさん、何か言ってあげないとダメだよ」


「……何を言えばいいんだよ」


返す言葉はない。俺はミリアと違って、自分の想いを他者にぶつけられるほど、器用ではないのだ。


「ミリアさん、ボクにも話があるんだよね?大体想像はできるけど、言葉で訊かせてもらえるかな?」


俺の手を離して、ミリアはコクリと頷いた。


「アルトの『対価』を、私にも分けて貰うことはできますか?」


そう言ったミリアの言葉に、アインは満面の笑みを浮かべた。


「どうするの?おにーさん。ミリアさんはこう言ってるけど」


「……」


正直な気持ちは、拒否の一言だった。

もし俺の背負った『対価』とミリアと分け合えば、ミリアが危険に陥る可能性は大きくなる。

俺は、ミリアを危険に晒さないためにも、自ら一人でその悪意を受け止めようとしていたからだ。


「私が背負わなくてはいけないものまで、アルトは背負わなくてもいいんです。だから……」


そう言って言葉を切ったミリアは、アインへと視線を向けた。


「ボクは別に構わないよ。だけど、この『取引』の中心はおにーさんだ。おにーさんが承諾しないことには、ボクはミリアさんと『取引』できない」


観測者、という存在故の、ルールのようなものか。

『取引』の起点は俺だ。

それに関わろうとする行動を取る者は、俺の許しがない限り『取引』を行うことができない。


「……危険な目に遭うぞ。それでもいいのか?」


「今更じゃないですか。さっきだって、誰かに監視されていましたし!」


……それを言われると、言い返せなくなってしまう。

俺自身が人々の悪意全てを受け入れようとしても、俺と関わっている限り、ミリアもその悪意の余波を受けてしまうのだ。

結局、こうなることは運命だったのかもしれない。


「私は、アルトと一緒にいたいんです」


そう言葉を切った。

俺は息を深く吐き出して、目を一度瞑る。


「……アイン、ミリアと『取引』してくれ」


しぶしぶ受け入れた俺の反応に、アインは苦笑した。俺の言葉に、ミリアはぱぁっと表情を明るくする。


「了解。じゃあミリアさん、ボクと『取引』だ」


アインはそう言って、右手を前に差し出した。その途端に、手のひらを中心として、複雑な幾何学模様が光を結ぶように展開していく。

ミリアを覆い尽くす光の束は、数秒ほどで収束する。

何が起きたのかわからないのか、ミリアは目をぱちくりとさせながら放心状態だ。


「簡易な『取引』だけどね。これでミリアさんも、ボクの『管理領域』に入ることができる。……魔女の領域への侵入には、ボクの権限でも無理なんだけどね」


「あ、ありがとうございますっ!これで、アルトと一緒ですね」


ニコニコと微笑んだミリアの表情に、俺は気恥ずかしくなって自分の首を撫でた。

……喜ぶのは良いが……


「じゃあミリアさん、おにーさんの『対価』を分け合うという願いの『対価』を貰うね」


まあ、そうなるよなぁと呟く。

観測者、という存在のアインに取引を行う以上、願いには『対価』が付き纏う。

ミリアは一瞬驚いた表情を見せたが、その意味が分かったようだ。一度魔女と『取引』をしているからだろう。

一呼吸置いて、アインはその『対価』の内容を口にする。


「ミリアさんには、冒険者になってもらう。それもただの冒険者じゃない。……最高の冒険者、Aランクの冒険者にね」


「Aランクの……冒険者に」


「ちょっと待て!!」


その対価の内容に、黙っているわけにはなかった。


「Aランクの冒険者だと!?そんな存在になれば、国や上級貴族から引っ張りだこになる!!王都から逃げてきた意味がない!!」


Aランクの冒険者、とは国や貴族が指名で依頼するような仕事を請け負う凄腕の冒険者だ。

ミリアは今吸血鬼となっている。体内魔力は人間の数百倍を超え、身体能力も向上している状態だ。


―――Aランクになることも不可能ではない存在。


もし本当にAランク冒険者になったとしたら、ミリアの名は大陸中に轟くことになる。

もはや、ミリアを元に戻すこともできなくなるかもしれない。


「……ごめんね、おにーさん。ボクは『取引』を言い渡すことしかできないから……」


「お前なにを言って……」


アインの影の差した笑顔に、俺は察してしまった。


「あの魔女か……っ!!?」


今、『取引』を行ったのはアインではない。アインという存在を使役する、『深遠の魔女』。


アインという存在の口を借りて、ミリアと『取引』をしようとしている。

目の前に立つ小さな存在の襟首を掴もうとして思いとどまった。

アインは悪くない。悪くはないのだ。全てを傍観し、自分が益になると思った時に姿を現す……


「……ちっ!!!」


舌打ちをして、俺はミリアに向き直る。


「ミリア、この取引は無効だ。今すぐ破棄を―――」


「……アルト」


ミリアはかぶりを振って、俺に微笑んだ。


「……私は、どんな取引でも受けます。貴方を守るために。絶対に後悔しないためにも……たとえどんなに理不尽な『取引』だとしても」


「―――!!」


―――俺に、その覚悟を踏みにじる権利などない。


自分の意思を、自分の想いを伝えるミリアに、自らの意思を隠し続けた俺が否定することなど、できはしない。


「部屋に戻りましょう!アインさんと『取引』した内容を、教えて貰わないといけないですよね!」


パタパタと駆けていったミリアの背を見つめながら、俺は無様に立ち尽くすことしかできない。


「……おにーさん」


「……アイン、ミリアに取引の内容を教えといてくれ。俺は少し頭を冷やしてくる」


「うん……ボクもミリアさんに『取引』の内容を教えたら、自分の領域に戻るよ。【結実の徒花(エターニティ)】の情報は必ず伝えるから」


アインはそう言うと、ミリアを追うように通路の先へと駆けていった。


静寂という帳が降りた通路の先を俺はじっと見つめ続ける。

端に置かれたランタンの火が、ゆらゆらと揺れていた。


―――俺は、ミリアのように、変わることができるのだろうか。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ