2-011
―――親父はかつて、《魔剣》を売る、裏の商人だった。
《幻狼》という傭兵が親父の表の顔、そして裏では《魔剣》の売人。
いつも、どこかから仕入れた《魔剣》を荷馬車に入れて、見ず知らずの人に話しかけ、それを格安の値段で売りつけていた。
親父がいつ、どこでそんな大量の《魔剣》を仕入れてきているのか不思議でならなかったが、親父の人柄は広く知れ渡っていたし、ガキだった俺は、
(《魔剣》を譲ってくれる人がいるのかもしれない)
と勝手に思い込んでいた。
親父が言うには、《魔剣》を浄化するために、人に売っているんだ、と言ってたが、難しい話を理解する頭もなかった当時の俺は、ただ分かったふりをして親父についていくだけだった。
親父の《魔剣》、【砂上の傷跡】を欲しがっていたのは、親父と同じ視点で、《魔剣》を知りたかっただけなのかもしれない。
そこで、立て続けにアインから言われた言葉に、俺はただ茫然とすることしかできなかった。
「キミのお父さんはね、ボクの大事な取引相手だった。そう言えば、見えてくるものはあるよね?」
取引……相手?
「親父が……お前と取引をしていただと?そんな、嘘だろ……」
「嘘じゃないよ。キミのお父さん、ギルワース・ゼノヴェルトは、ボクと契約して、《魔剣》を浄化するために、『魔剣商人』の仕事をしていたんだ」
「……一体なんのために、親父はお前と契約をしたんだ?」
「もちろん、願いを叶えるため。キミのお父さんには願いがあった。どうやっても叶えられない願いがね。だからボクと契約して、その願いを叶えようとしていた」
愕然とした。
いつも飄々とした物腰で、多くの者たちに対応していた親父に、アインと契約をしなければならないような願いがあったなど、思いもしなかったからだ。
「だけど、結局キミのお父さんは死んでしまった。……ライツェに目をつけられてね」
収束していく情報の終着点。
目を見開いた俺に、アインは視線を下に伏せる。
「待ってくれ……そんな……親父は盗賊に殺されて……それで……」
「……キミのお父さんを助けられなかったのは、全部ボクの責任だ。だけど、こうやっておにーさんに対価を強いらなきゃいけない自分の存在に嫌気が差すよ」
理解が追いつかなかった。
ライツェが、親父を殺した?
そんなことあるはずがない。確かに、親父は盗賊に殺されたはずだ。
確かに俺は見たのだ。
親父の背中から、刃が突き出したところを。
その前に、黒装束に身を包んだ男が血に濡れた剣を下ろして、森の中に消えていくのを。
―――いや、だからなんだ。
あれが盗賊であった、という証拠はない。
何者かに親父は殺された。それだけが、俺が理解できる現実だったはずだ。
「ライツェは【砂上の傷跡】欲しさにギルワースを追い詰めた。だけど、殺害した時に彼は【砂上の傷跡】を持っていなかった。……おにーさんに預けていたからね」
「ああ……そうだ。親父は、なぜかその日だけ、俺に【砂上の傷跡】を持たせてくれた。狩りの競争だ、なんていって、ハンデとして《魔剣》を俺が預かったんだ」
「……そのとき、すでにギルワースは死ぬことを確信していたのかもしれない。おにーさんに【砂上の傷跡】を渡すことで、ライツェの目を欺いたんだ」
今まで、違和感のあった事象が、全て繋がった気がした。
親父の力であれば、盗賊などいとも簡単に撃退することができるはずだ。伊達に、『幻狼』の名で呼ばれてはいない。
それに、親父が死んだ時の荷馬車の中には、大量の荷物が遺ったままだった。
盗賊であったならば、荷馬車の荷物はなくなっているはずだ。
全て……。
目を見開いて、拳を握りしめる。
すべてが、あの男が起こした悲劇。
そう確信した途端、湧き水が決壊するように、どす黒い感情が胸中を満たしていく。
「……おにーさん、ボクは……」
「お前のせいじゃない。全てはライツェが原因だ。……今度あったら、四肢の全てを切り裂いて野ざらしにしてやる。絶対にな」
あの男……。
片腕を斬り裂いただけでは収まらない。このクロスリード内でまた妙なことを企んでいるのだ。
見つけ出して、微塵に斬り刻んでやる。
落ち込むように視線をずっと下に向け続けていたアインは、俺の言葉を聞いて、真正面に向き合った。
「これはおにーさんだけの問題じゃない。ボクの問題でもある。……ギルワースはボクの大切な取引相手でもあり、大切な友人だった。……唯一、ボクを理解してくれた人間だったから。だから、ボクも出来るだけおにーさんを手伝うつもりだよ」
「心強いな、それは」
拳を突き出して、アインの小さな拳と突き合う。
《魔剣》の観測者などという人物が、俺を手伝うと言ってくれているのだ。これほど頼もしいことはない。
と、アインはにっこりと笑った後に、またため息を吐き出した。
おや、と思ってアインの顔を覗き込むと、何やらすごく嫌そうな顔をしている。
「……なんて言ってみたはいいんだけど、魔女からもおにーさんへの依頼事項があるんだよね」
「あの魔女、本当に死んでくれ」
くたばってほしい。
そもそもの原因は、ライツェを野放しにしているあの魔女だ。
魔女がライツェをどうにかしてさえすれば、親父が殺されることもなかった。
……とは言っても、魔女自身が、あの領域から出たら負けになるような状況なのだろう。
結局のところ、あの魔女を批難するだけ無駄だということだ。
アインは気落ちするように目の前の半透明の壁に手を這わせる。
「えっとね……まず一つ目なんだけど、商人ギルド本部にある、王冠の形をした《魔剣》を盗んできて欲しいらしいんだ」
「またアバウトな……」
「あ、えっとね……その《魔剣》はこんなやつ」
と、アインは半透明の壁をさっと払う。すると、俺の目の前にその壁が出現した。
見事な装飾の施された、美しい王冠だった。数多の宝石が王冠を彩り、王冠の一つ一つの部品が光り輝いている。
「《魔剣》の名前は、【結実の徒花】。どんな能力かはボクも分かっていないんだけど……」
「いや、問題ない。商人ギルドから盗んで、お前に渡せばいいのか?」
「うん。ボクが代わりに魔女に渡すよ。……行きたくないけど」
……大変素直でよろしい。
「あともう一つの依頼なんだけど……」
何か、歯切れの悪い。
アインはうーん、と唸ったまま、目の前の半透明の壁に手を置いて悩み込んでいた。
「どうした?何か問題でもあるのか?」
「……いや、問題っていうか……暗殺依頼なんだよね」
……おいおい。
『必要悪』になれと魔女に言い渡されたが、まさか殺しまでやらないといけないのか。
「……ミリアを元に戻すためだ。暗殺対象を教えてくれ」
俺の言葉を聞いても迷っているアインは、やっと気持ちの整理がついたのか、半透明の壁を俺に見せてきた。
画面の前に、ウェーブのかかった深い紫色の髪を肩まで伸ばした女性が映し出されている。
目は三白眼気味で、睨まれれば大の男でも狼狽えそうな、嫌な雰囲気を纏った女性だ。
「その女性の名前は、ミリエル・グラース。かつてフィロニアの魔術師だったけど、問題を起こして消息不明になってる人物だよ」
「問題ってのは、どんなことをやったんだ?」
「死霊術だよ。フィロニア全域で死者へ干渉を行う死霊術は禁止されてるんだ。だけど、ミリエルは飢餓で滅んだ村を使って死霊術を行ったんだ」
ライツェに続いて、コイツも死霊術の使い手か。
フィロニアのみならず、死霊術は大陸全土で禁止されている呪法だ。
不死を目指した魔術師が編み出した、負のエネルギーを生み出す禁術。
下手に儀式を行えば、土壌の汚染や環境の変化が発生、更に深刻なものであれば、極大の《魔力汚染》が発生する。
「死霊術を行ったせいで死霊が溢れて、フィロニアの南に大きな《魔力汚染》が発生したんだ。沈静化するために魔術師一千人が駆り出された大事件だったんだよ」
「……肝心のこの女はどうなったんだ」
「言わずもがな。死霊術が失敗してすぐ逃亡。大陸全域で指名手配されてる」
そんなやつを暗殺しろとは、魔女も無茶なことを言う。
「どこにいるかもしれない奴を殺せって、いくらなんでも不可能だろ」
「とは思うけど、魔女がこのタイミングから言ってきたってことは……」
そこで、アインと俺は顔を見合わせた。
「この都市に潜伏している……?」
「可能性大、だね」
次々と面倒なことが、この都市で引き起こされそうだ。
そこで、俺は何か妙な違和感を覚える。
……いや、待てよ。
「アイン、ちょっと待て。そもそも、魔女は自分の領域にいるかぎり、『本』を使って《観測》できるんだよな?」
「え?うん、まあ、本を見ればその人物がどんな人か―――」
と、そこでアインがピタリと固まった。
どうやら、俺が言いたいことが分かったらしい。
「……わざわざ、この人の暗殺をおにーさんに依頼する必要ないね。自分がその本を焼却するか破棄すれば全部解決するんだから」
「俺にわざわざ依頼してきたってことはだ……」
今、魔女の領域に、『ミリエル・グラース』という本が存在していない、という意味になる。
「……まあ、破棄権限の行使手順が複雑だから、魔女が嫌厭してる可能性もあるんだけどね。つまり、ライツェと同様に、『本』が管理領域にないか……もしくは」
「ライツェに与してる可能性があるってことだ」
アインが言うには、『本』がない状況は極めて不可思議な現象らしい。
魔女もまた、ミリアの『本』があの管理領域になかったと言っている。そのために、新たな『本』を編纂したとも。
ライツェの『本』の管理権限を、ライツェ自身が持っている、という状況は、どういうことを成してそうなったのか、魔女から詳しく聞いておけば良かった。
だが、『本』が無い以上、『ミリエル』を観測できないということなのだが……。
「……あれ、でもそれじゃ、ミリエルの居場所も《観測》できないはずだよね。今、おにーさんに依頼してくるってことは、ミリエルの居場所が分かってるってことだから……やっぱり『本』持ってるのかな?」
「……なんだか妙にきな臭いな。魔女のやつ、一体何を考えてるんだ」
あの魔女を《理解》することは、到底無理な話、ということか。
立て続けに、ため息。
「まあ、暗殺の期限は設けてないから、居場所が分かり次第対応って感じだね。ボクも手伝うから、安心して」
「ああ、本当に悪いな。……お前だけが俺の心の拠り所だよ」
「おにーさん……それはボクよりミリアさんに言ってあげようよ……」
もう、あの魔女にとやかくいう気力を失せてきている。
魔女からの依頼事項は二つ。
一つ目は、商人ギルド内にあるという《魔剣》、【結実の徒花】の強奪。
そしてもう一つが、魔術師ミリエル・グラースの暗殺、か。
そして、アインから言い渡された対価。
『魔剣商人』。
親父がかつてやっていた、裏の仕事。
また俺の考えを呼んで、アインがニコリと笑う。
「ギルワースの表の仕事は傭兵、裏の仕事は『魔剣商人』だったけど、おにーさんは逆だね」
表の仕事が『魔剣商人』、裏の仕事は『義賊』……もしくは暗殺者になるってことか。
「望むところだ」
ミリアを元に戻す。その願いは絶対に変わらない。
ライツェを拘束し、【影写しの大鏡】の在り処を聞いたら、四肢を分断して殺してやる。
―――そうして始まる、クロスリードでの俺の仕事。
王都では義賊という『旗』だった俺は、このクロスリードでは『魔剣商人』という『旗』となり、皆の悪意を受け止め続けなくてはいけない。
……ってちょっと待て。それは結局、クロスリードの滞在が長引いてしまうという結果に結びつくのでは。
「……アイン、ミリアの吸血行動のことなんだが」
「あ、おにーさん。それボクに頼んでも無理だから」
……泣きたい。
次回、来週の土曜日更新予定です。




